四高日誌

校長からのメッセージ

3年生 進路分野別説明会について

 3年生は、今日の6時間目の総合的な探究の時間に、進路ガイダンスを

行いました。今日のガイダンスの目的は、

『進路を実現させるための準備の方法を知り、実践的な対策を立てる一助とする』

ということです。

 したがって、大学・短大、看護・医療、専門学校、就職、公務員の

5つの分野に分かれて説明会を実施しました。 

 自分の進路について、希望を見据え、どのような目標を立てていくのか。

そして、その実現のためにどのような取り組みをこれからしていくのか、

しっかり考えていきましょう。

    大学・短大の説明会は体育館で行いました

      【大学・短大の説明は体育館で行われました】

 

【令和6年度 入学式 式辞】

 令和6年度 入学式が4月9日に行われました。桜の花が、ほぼ満開で

新入生を迎えてくれました。途中、雨が強く降る時間帯もありましたが

参加された皆さんと学校の職員の協力で、無事に終わることができました。

本当にありがとうございました。

 

※ 下部の「令和6年度入学式式辞」をクリックすると、ご覧になれます。

 

令和6年度入学式式辞.pdf

PTA研修会

 本日は、5限に授業参観、6現にPTA研修会を実施しました。
 PTA研修会では、視聴覚室で船橋情報ビジネス専門学校課長、笹子様を講師に迎え
「1・2年生向けの進路講話」を行いました。
 講話の内容は、進路選択を考える上でのアドバイスや、進学する際にかかるお金の
こと、自治体による奨学制度のことなど具体的な説明をしていただきました。ご参加
いただいた保護者からは「とても参考になった」という意見をいただきました。


令和5年度学校説明会

 8月2日、3日と学校説明会を四街道高校で開催しました。
 連日、とても暑い日であったにもかかわらず、中学生と保護者の皆さん
あわせて、2日間で約1500名のご来校をいただきました。

         
          【昇降口での受付の様子】

 2日、3日ともに9時、10時、11時と3回に分けて、まず教室で
ビデオによる説明を視聴してもらいました。

     
       【教室でビデオによる説明】

  その後、校舎内と部活動の見学を行いました。
     
         【案内板です】

       
        【2階フロアの賞状やトロフィです】

     
        【グラウンドで活動中の部活動】   

 この説明会が、皆さんの進路選択に役に立てていただけたらとても
嬉しく思います。
 今後ともよろしくお願いいたします。

校長室から


 
 昨日、学校に出勤したところ、校長室に写真の花が生けられていました。いつも殺風景な部屋になっているのですが、
このような花が生けられているだけで、心が晴れやかになっていく気持ちがしました。
 この花は、技能員さんが、学校に庭に咲いていたものを、生けてくれたものです。
 4月ももう20日が過ぎで、あっという間にゴールデンウイークがやってきます。
 四街道高校では、4月28日に校外学習が予定されています。1年生は、八景島、2年生は、東京駅に集合し、修学旅行の集合場所を確認した後、限られた時間の中で、東京散策を行います。3年生は、TDRに現地集合の予定です。
 それぞれの学年で目的をもって計画されています。
 校外学習を通して、新しい自分を発見して、友達との絆が深くなることを期待しています。
 ちなみにこの花の名前は、「キンギョソウ」だと聞きました。
 今週もあと一日です。頑張っていきましょう。         

授業風景

  1学期が始まりました。
 
 4月も第3週になり、授業も1年生から3年生まで本格的に始まりました。今週は、担任の先生との面談週間に充てられています。普通であれば、50分の授業ですが、45分の短縮授業で、放課後の時間で面談を行っています。
 1年生は、高校生活が始まったばかりですが、通学時間が長くなったり、電車やバスなど公共の交通機関を利用したり、慣れないことが多いかもしれませんね。
 2,3年生は、部活動の大会が始まったり、1年生が見学にきたり、忙しい時間を過ごしていることでしょう。
 下の写真は、今日の5時間目の体育の授業を写したものです。3年生の体育は、自分たちで実施できる種目を選択して、授業をしているようでした。まだ、始まったばかりで、試合ではなく、基本を行っている種目もありました。
 これから、運動には適した季節になっていきます。運動と学習としっかり両立して取り組んでいきましょう。

   


       
 

      


 






令和5年度 入学式



       
【入学式会場】
  
 4月7日(金)令和5年度の入学式を四街道高校体育館で行うことができました。
 昨日までの天気予報では、雨模様でありましたが、開始時間には、日も差し込んできました。強い風の中ではありましたが、320名の新入生全員が新しい門出を迎えることができました。
 PTA会長からの祝辞の中で、「これからつらいこともあるかもしれませんが、それを乗り越えいくことが、自分自身の成長につながることを信じて高校生活を送ってください。」との暖かい励ましをいただきました。
 これからたくさんの思い出と生涯を通じた友達を作ってください。
 皆さんの活躍を期待しています。

 ※下記 「令和5年度入学式式辞」をクリックしていただくと、本日の校長式辞がご覧になれます。

         

令和5年度入学式式辞.pdf


令和5年度が始まります!

 
 


          令和5年度が始まります!

 
   
               【職員玄関前にある八重桜です】
 今日は、4月5日です。部活動や新学期の準備で登校している人も多いようですね。
明日は、始業式です。いよいよ、令和5年度のスタートです。コロナ禍から、少しずつ
通常の生活に戻りつつありますが、今まで取り組んできた、手洗いをはじめとした感染症の予防については、継続していきましょう。
 4月は、出会いと別れの季節です。この4月に四街道高校に来られた先生や、クラス替えで新しいクラスメイトとの出会いが新鮮案気持ちにしてくれるのではないでしょうか。明日、皆さんと出会えることを楽しみにしています。

桜がもう少しで満開です


    もうすぐ春ですね!


 四街道高校の桜ですが、現在五分咲きから七分咲きのようです。今年は、気温が例年と比べて、早く暖かくなっているようです。満開の予測も、3月22日ごろと言われています。
 なぜ、今日、写真を撮影したかというと、明日から、雨模様ということでしたので、
写真を撮ることにしました。
 もうすぐ春休み、そして、新しい年度が始まります。新たな目標を掲げて、令和5年度が充実するようにしましょう。

   

第52回卒業証書授与式

  四街道高校 第52回卒業証書授与式について

 令和5年3月8日、晴天の中、四街道高等学校卒業証書授与式が行われました。
 保護者の方の出席の人数は、コロナ禍の前に戻して、多くの方に参加していただけました。校歌も、マスクを着用しながらでしたが、全員で歌うことができました。厳粛な中にも、暖かい雰囲気で進めることができました。
 卒業生の活躍を大いに期待したいものです。

      
【卒業式で壇上に飾られていた花です】
 

2年生 レクリエーション大会

  2年 レクリエーション大会が開催されました!

 2月9日(木)の5,6限に、クラスで協力して、団結力と体力の向上を目的に、レクリエーション大会が行われました。この日は、風が強く、体感気温も低かったため、当初予定されていたグラウンドでの種目を変更して行いました。
 各種目の優勝クラスと総合順位は、以下のようになりました。2年生全員大きなけがもなく、楽しくクラスの親睦が図れたようです。令和4年度も残りわずかになりましたが、しっかり締めくくれるよう取り組みましょう!

 各種目 優勝クラス
ドッジボール F組、男子バレー C組、女子バレー E組、卓球 G組
 【総合優勝】 G組


 


                
    <柔道場でドッチボール>         <レスリング場でドッチボール>

          
   
<卓球場>              <体育館 男女バレーボール>
    

1年生 進路後援会について



 1年生 進路講演会を行いました!

  
 2月2日(火)の5,6時間目1年生は、「総合的な探求の時間」で、進路講演会を体育館で行いました。
 とても寒い中でしたが、教室から椅子を持参して、防寒対策をしっかりとして行いました。(株)マイナビ 未来応援事業本部から、竹内 美紗 様を講師をお迎えして、ワークシートを活用した講演会でしたが、自分の進路先を考えるとき、まず情報を集めることが大切であり、その情報をいかに、生かしていくか、その方法を丁寧に教えていただきました。
 自分の進路選択に役立てていけるよう、頑張っていきましょう! 

祝・JRC同好会・安田教育振興会から助成金贈呈

 この度、本校JRC同好会が、高校生ボランティア・アワード2022~持続可能な未来〜」(全国大会)出場や青少年赤十字創設100周年賞受賞が評価され、公益財団法人 安田教育振興会 様から「高校の教育研究に対する助成」部門での助成金を贈呈されることとなりました。
 そして、本日、安田教育振興会常務理事・片岡様、管理部長・稲積様立ち会いの下、
本校応接室にて贈呈式を執り行いました。
 贈呈式の中で、JRC同好会の生徒たちに
受賞の感想やこれまでの取組について話をしてもらい、今後の目標についても語っていただきました。

公益財団法人 安田教育振興会は、千葉県の高校生を対象に奨学金の給付を行う育英奨学会として、安田栄司(元扇屋百貨店、ジャスコ株式会社(現イオン)各会長)様によって1961年に創設されました。

2年生福祉講演会

  2年生 福祉講演会の実施について

      

 1月26日(木)6時間目の総合的な探究の時間で、2年生は、千葉県在宅サービス事業者協会副会長の 島田 晴美 様を講師に招き、「支えあう」をテーマに福祉講演会を実施しました。実際に介護事業を行っている島田 様のお話をみんな熱心に聞いていました。超高齢化社会の現状と課題、福祉の仕事、今若者に求められていることを講演していただきました。みんなの質問にも丁寧に答えていただきました。
 これからの進路選択にも役立った人も多かったと思います。
 思いやりの気持ちや支えあうことの大切さを知ることができた時間だったと思います。島田様、本当にありがとうございました。

2年生小論文ガイダンス

 1月12日(木)2年生は、総合的な探究の時間で、第一学習社から
講師の方をお招きして、「小論文ガイダンス」を体育館で行いました。
 大学入試や就職試験において、小論文を課することが多いため、
小論文と作文の違いは何か、書くときの注意点、入試の小論文の
課題文は、どのような本から選ばれるのか、詳しいお話を聞くことができました。
 これから、計画的に取り組みながら、3年生になってから、4月に
小論文の模擬試験を実施する予定になっています。
 しっかりと目的をもって取り組んでいきましょう!
 
 
   
  
  
     


   

3学期始業式

 
 令和5年1月10日、第3学期の始業式を行いました。
 今回も、感染予防対策を考えて
放送による始業式を行いました。
 話の内容については、下部にある
 令和4年度第3学期始業式式辞 を
クリックしてください。
 今年が、良い年になるよう、みんなで頑張っていきましょう。

   令和4年度第3学期始業式式辞.pdf    

1年生 四高学年スポーツ大会

  11月17日(木)5,6時間目に1年生「四高学年スポーツ大会」が行われました。
 今日は、天気も良くグラウンドでは男子のミニサッカーを2面で、
 南グラウンドでは、女子のドッヂボールを4面で、体育館では男女バレーボールを
 それぞれ1面ずつでクラス対抗で行いました。
  どの試合も白熱して、出場した生徒を応援して盛り上がったスポーツ大会となりました。
  これからクラスのきずなをさらに強くできるよう、頑張っていきましょう。
  審判や記録など、大会運営に携わった部活動や体育委員のみなさん、ご苦労様でした!

       
  【体育館バレーボール】  【体育館バレーボール】  【南グラウンド      【南グラウンド 
                             ドッヂボール】       ドッヂボール】
 
     
  【南グラウンド      【南グラウンド      【サッカー】       【サッカー】
     ドッヂボール】     ドッヂボール】

学校を核とした1000か所ミニ集会

 11月15日(水)、四街道高校で、開かれた学校づくり委員会とともに、
学校を核とした1000か所をセミナーハウスで行いました。

 
 【JRC同好会の皆さんです】

 そのなかで、JRC同好会が「青少年赤十字社創設100周年賞」の受賞報告を
行いました。新型コロナウイルスの感染拡大前の活動とそれ以降の活動、どのような
ことを目標に取り組んできたか、発表してくれました。これからも目標をもって
取り組んでいくことをみんなそれぞれの言葉で話してくれました。千葉県赤十字社
のかたも見学してくださり、有意義な一日となりました。
 保護者の方も授業参観に参観してくださり、生徒の活動を見ていただきことができました。これからも、魅力ある学校づくりを目指して、頑張っていきたいと思います。

     
         【JRC同好会の紹介です】

秋の学校説明会

  11月12日(土)に、学校説明会を行いました。
 9時と11時の2回に分けて、中学生と保護者の方
 合わせて、585名の方に参加していただきました。
 体育館での全体の説明と、その後の学校見学と
 部活動への見学や参加など、四街道高校の一部に
 触れていただけたのではないかと思います。
  これから、どんどん寒い日が続くと思いますが、
 中学3年生の皆さんは、健康に留意されて、目標とする
 学校、もちろん四街道高校も含めて、入学を目指して
 頑張ってください。
 
  
   
        【体育館での説明です】

芸術鑑賞会

 今回、特選寄席「江戸の風」と題して、1・3年合同の「芸術鑑賞会」を体育館で開催しました。
 太鼓や三味線の解説からはじまり、「落語」、「紙切り」、「江戸曲独楽」の演目に、生徒は大いに楽しんでいるように見えました。生徒は本物の古典芸能に触れ、何かを感じとったようです。

2年生 学年集会

 
 今日の5時間目に、2年生は体育館で修学旅行前の学年集会を
行いました。
 明日の朝、荷物を旅行先に送るため、普段とは違って大きな
スーツケースやカバンを持ってくることになっています。
カバンの中に、出発の日に必要なものを入れないよう気を付けてください。
 明日は、結団式も行われます。
 昨日も言いましたが、健康に注意していきましょう。

      
     【体育館にて先生からの注意事項を聞きました】

修学旅行が近づいていきました

 
 今年度の修学旅行は、10月30日から3泊4日で関西方面で実施します。
 27日には、学年集会が行われます。細かな注意事項や大切な連絡が
あると思います。係りの先生からの話をよく聞いて、早めに準備を
しましょう。
 28日は、荷物を積み込み、結団式が行われます。
 ここのところ、朝晩かなり気温が下がり、一日の寒暖差も大きく
なってきています。健康に注意して、体調管理に気をつけましょう。

第3学年 学年集会

 昨日、今日と急に寒くなりましたが、このような中、3年生は、昨日の5時間目に体育館で学年集会を行ないました。
 まず、学年主任から、えのき祭の講評がありました。文化の部については、3年生はクラスや部活動の発表に前向きに取り組んでくれたこと、保護者の方に見てもらえたこと、体育の部は3学年そろって開催できたことなど、思い出の多い行事にできたことへの感謝の言葉がありました。また、これからは、進路に向けて、自分の目標を達成するために取り組むことの大切さ、そして、緊張感が抜けてくる時期なので、もう一度自分の生活を見つめ直すことを話してくれました。
 次に、JRC同好会から各都道府県の代表が全国から集まった「高校生ボランティアアワード」に参加した報告がありました。たくさんの学校との交流を通して新しい刺激を得られたことをスクリーンに映してその思いを語ってくれました。これからも、いろんな活動を通して、頑張ってもらいたいですね。
 最後に、現在、教育実習に来ている2人の先輩から、高校生活に必要なことや進路に関する取り組みを話してもらいました。
 少し寒さを感じる体育館でしたが、充実した時間を過ごすことができました。
 これからの3年生の活躍を期待しています。


【学年主任のおし】   【少し寒さを感じます】       【JRC同好会の報告です】   

学校図書館 library

 学校図書館から、『library』が発行されました。皆さんの教室にも
掲示されていることでしょう。
 食欲の秋、運動の秋、とよく言われますが、読書の秋も
忘れてはいけません。10月27日から11月9日は、読書週間です。
『library』には、次のように書かれています。
 『良書の普及と読書の推進のためにさまざまな催しが行われます。
(10月27日は文字・活字文化の日です)この機会に学校図書館に
足を運び、学校図書館でお気に入りの一冊を見つけてください。』
 さあ、みなさんも、読書週間になる前に読書の習慣を身に付けて、
学校図書館に足を運んでみましょう!

えのき祭 体育の部

 
 9月22日(木)にえのき祭体育の部が3年ぶりに開催されました。
今年の体育祭のテーマは、
「笑顔絢爛(えがおけんらん)~キミが感動のタネになる~」となりました。
 以前行われていた応援合戦は、感染予防対策で実施できませんでしたが、
体育委員会を中心に、種目を工夫して行うことができました。
 クラス対抗リレーや長縄跳びなどクラスの団結力が必要な種目だけでなく、
学年を4色に分けた色別対抗も行い、大いに盛り上がることができました。
 大きなけがもなく、無事に終わることができたのは、しっかり準備を行って
くれた体育委員会の生徒のみんなとそれを見守ってくれた体育科の先生方を
中心に取り組んだすべての先生のおかげです。
 来年も体育祭が無事に開催できることを祈っています。

えのき祭 文化の部

 9月16日(金)、27日(土)にえのき祭 文化の部を
開催しました。一昨年度は中止、昨年度は校内発表のみ
でしたが、今年度は日時に制限はありましたが、保護者の
方にも見ていただくことができました。
 このHPのMENU 「生徒会」 から、えのき祭の
様子や準備の取り組みなど見ていただくことができます。
ぜひ、ご覧ください。
 来年度は、さらに、もう一歩従来の形で実施できると
うれしいですね。また、一般の方にも見ていただけるよう
コロナの状況が終息していることを願っています。
【大階段の装飾です】

 

優勝記念碑

 下の写真は、昭和56年に埼玉県熊谷市で開催された
インターハイ男子ソフトボール大会で、本校が全国優勝したときの
記念碑です。正門を入った左手に設置されています。
 プログラムの結果では、決勝戦、神奈川県代表の伊勢原高校に
5対4で勝っています。
 選評には次のように書かれています。
『四街道初回の先制は見事であった。また、追い上げた伊勢原の攻撃も
立派である。後半は、1点を争う白熱したゲーム展開は決勝戦に
ふさわしいものであった。』
 現在、男子ソフトボール部はなくなってしまい、女子の
ソフトボール部が活動しています。
 これからも新しい歴史の創造者となるよう、頑張っていきましょう!
 

2学期になって

 2学期になり、時の経つのは早いもので
もうすぐ10月になります。
 四高では、文化祭と体育祭が当初の
計画通り、開催することができました。
 これは、生徒のみんなと先生方の協力が
あってこそできたものであると確信しています。
 遅くはなってしまいましたが、これから、少しでも
その時の様子がわかるよう、この校長のページで
紹介していくつもりです。
 これからも、頑張っていきましょう。
 ※今日は、四高の正門の写真をご覧ください。

 

1学期 終業式

 今日で、令和4年度 第1学期が終わりました。
 終業式での話を載せますので、読んでもらえると
幸いです。
 暑い日が続く予報が出ています。
 熱中症とコロナウイルス感染に十分気を付けて
有意義な夏休みにしましょう!

       1学期終業式 式辞.pdf

2年生体験模擬授業

 5月26日(木)の5、6限に、2年生は、自分の進路を
考える時間として、大学・短大、専門学校、公務員、就職
の中から、さらに23の部門に分かれて、模擬授業を
行いました。実際にどのようなことを学ぶのか、将来の
進路計画・進路実現のために毎年実施しています。

【動物関係の専門学校の説明。実際に、犬を連れてきて
くださいました】



【調理・製菓の説明です。実際におかしを作ってみました!】


【大学の先生が外国語の授業を行ってくれています。
 初めてのドイツ語で戸惑ってしまいました】

スクールカウンセラーの先生の紹介

 今年度からスクールカウンセラーを担当してくださる
西川朋子先生が、本日来校されました。
 5時間目の時間に、各学年ごとにご紹介を兼ねて
カウンセリングの方法や耐殺さについて
お話をしてくださいました。
 2,3年生は新しいクラスになって、また、
1年生は入学してから、1か月が過ぎました。
 新しい生活に慣れた部分と、気持ちのうえでも
体の面でも疲れが出てくる時期だと思います。
 心配なことや、相談したいことがあれば、
先生や家族の方だけではなく、スクールカウンセラー
先生にのってもらいましょう。

3年生進路ガイダンス

 5月12日(木)6時間目の総合的な探究の時間に
3年生対象の進路ガイダンスを行いました。
  
 【写真は、地学実験室で行われた
  看護・医療のガイダンス】
 自分の希望する進路に関して、5つの分野に分かれて
外部の講師の先生から説明をしてもらいました。
 5つの分野は、大学・短大、看護・医療、専門学校、
就職、公務員です。
 自分の進路実現に向けて、しっかりと準備をして
対策を立てて、計画的に取り組んでいきましょう!








【公務員希望者のガイダンスです】

令和4年度 着こなしセミナー

 5月12日(木) 5時間目に1年生を対象に四街道高校の
制服に関するデザイン、ネクタイやリボンの仕様、着こなしのチェック
に関して、明石被服の方からお話をいただきました。
 四街道高校の制服がどのように作られているのか、
また、私服と制服の違いや、TPOに合わせて、しっかりと
着こなしていくことを話していただきました。
 最後に生徒指導部の先生から、四街道高校生として
制服をしっかり着こなして、学校生活を充実させていくことを
話していただきました。
 3年間制服を大切にして、たくさんの思い出を作っていきましょう。
 【着こなしセミナーを体育館で行いました】

3年生 進路分野別説明会

4月14日(木)の総合的な探究の時間で、3年生は進路分野別説明会を
実施しました。大学・短大、看護・医療、専門学校、就職、公務員と5つの
分野に分かれて、自分の進路希望に応じた分野についての説明を受けました。
 進路指導部の先生方が中心に、昨年度の結果、今年度の展望、これからの
取り組みについて、詳しい説明をしてくださいました。
 3年生は、みんなメモを取りながら真剣な表情で説明を聞いていました。
 
 【写真は大学・短大の説明です】
 人数が一番多かった、大学・短大分野の説明は、増田塾の中村徹生先生、
英語担当の梶山大河先生、そして、卒業生でチューターの村岡優大さんを
講師に迎え、これからの勉強方法や入試に関する情報の説明を聞くことが
できました。
 3年生の皆さん、自分の進路の実現に向けて目標を決めて取り組んで
行きましょう!

令和4年度 入学式

 4月7日に入学式を行うことができました。桜の花も何とか持ちこたえてくれて
新入生を歓迎してくれました。
 これから、たくさんの友達や先生方との触れ合いを通して、たくさんの思い出を
作ってください。
 
 下記の 「式辞 令和4年度入学式」をクリックしていただき、式辞の内容をご覧ください。

    式辞 令和4年度入学式.pdf

令和4年度 始業式

    始業式での式辞をご覧ください。
   下記の「1学期終業式式辞」をクリックしてください。                         令和4年度が充実した1年になるように取り組んでいきましょう 

    令和4年度 1学期始業式 式辞.pdf

中学生の皆さん

 8月18日と19日に行う予定でした学校説明会は、緊急事態宣言が発令され、
感染者防止の観点と、例年と同じ内容を実施することができないことから
延期することとしました。
 今後の予定については、現在、検討しているところです。
 内容が決まりましたら、ホームページで連絡いたします。

 そこで、本日は、学校説明会で話す予定であった内容を
皆さんへのメッセージとして、ホームページに載せることにしました。
 下記の「中学校性の皆さん」をクリックして、ご覧ください。
 皆さんの進路を考える際の参考にしてください。
 よろしくお願いいたします。

        中学生の皆さん.pdf

創立記念日


 創立記念日について
 四街道高校の創立記念日は、6月28日です。
 この日が創立記念日とされたのは、創立50周年記念誌「えのき」に以下のように
説明されています。
 
 本校は、昭和26年4月1日に千葉県立佐倉第二高等学校千代田分校として創立されました。
当時の千代田中学校の一部を校舎として授業が開始されました。
 そして、校名変更や校舎移転など幾多の変遷を経て、昭和41年4月1日に千葉県立四街道
高等学校が発足され、この年の6月28日に、独立昇格し、校旗・校歌が制定され、記念式典
が挙行されたことによるものです。


 今年で創立71周年を迎え、この間に数多くの卒業生の皆さんと学校発展のために尽くして
いただいた多くの先生方、保護者の皆様、そして、関係者の方々の取り組みによって、現在の
四街道高校があることをわたしたちは、決して忘れてはなりません。
 これからの四街道高校をさらに発展させていくために、みんなで協力して取り組んでいき
ましょう。

 

【校長室だより】まん延防止等重点措置の適応に伴う対応について


                                                                    令和3年4月20日

保護者 様

                        千葉県立四街道高等学校
                        校  長  張能 正昭


              まん延防止等重点措置の適用に伴う対応について


 春暖の候、保護者の皆様におかれましては、ますます御清祥のこととお喜び申し上げます。平素は、本校の教育活動に御理解、御協力を賜り、誠にありがとうございます。
 さて、この度、国が本県に対し、まん延防止等重点措置の適用を決定いたしました。これにより、4月20日から5月11日まで、市川市、船橋市、松戸市、柏市、及び浦安市を対象区域として、必要な措置を講ずることになりました。
 こうした状況を踏まえ、県教育委員会より、まん延防止等重点措置の適用期間中については、対象区域であるか否かにかかわらず、感染予防を万全にした上で、教育活動を進めていくための通知が出されました。
 本校のあります四街道市では、まだ、その対象区域にはなっておりませんが、今までと同様に感染予防対策を行い、教育活動に取り組んでいく所存です。
 また、お子様に発熱や風邪症状がある場合は、毎日入力しておりますスタディサプリの健康調査に記録の上、自宅で休養するようにしてください。
 どうか、下記の内容を御理解の上、御家庭での感染予防も含め、御協力お願いいたします。

                                  記


1 登校時、部活動開始前に、確実に発熱や何らかの症状の有無について、健康観察を実施する。
2 手洗い・マスクの着用・3密の回避等、基本的な感染防止対策の励行について、繰り返し指導する。
3 昼食を含む飲食場面では、マスクを外す時間を最小限とし、向かい合わせ等にならず、身体的距離がとれない場合は会話をしない等、繰り返し指導する。
4 部室や更衣室等のマスクを外した状態で密になりやすい場所は、使用ルールを明確にし、遵守させる。
5 下校時の飲食等は慎み、寄り道をせず、速やかに帰宅するよう指導する。
6 登下校で公共交通機関を利用する場合は、マスクを着用し会話を慎むよう指導する。

校長だより【令和3年4月】

 
 四街道高等学校のホームページをご覧の皆さん。

 この4月に、第20代校長として着任しました 張能 正昭(ちょうのう まさあき)です。
 歴史と伝統のあるこの「四高」の校長として、その責任の重さと、新しい未来を築いていく喜びを感じています。
 ここでは、令和3年度第1学期の始業式で話をした内容をまとめました。この1年間を振り返ったときに、もう一度この内容を振り返りたいと思います。

 まず、1つめは、新型コロナウイルスの感染拡大防止に対する取り組みです。
 3つの密、密接・密集・密閉を避けることや、毎朝の検温と健康チェックの取り組み、手指のアルコール消毒、マスクの着用など、自分たちができることを確実に行うことがとても大切なことです。学校が以前の形に戻るには、まだまだ時間がかかることが予想されます。しかし、私たちは、物事を工夫してどのようにすれば、実施できるのか。やれることとできないことをしっかり判断して、学校全体でこの状況に適応していけるよう取り組んでいくことが大切です。みんなで協力して、この状況を乗り越えていきましょう。

 2つめは、現在の世の中は、将来の予測が困難な社会と言われています。
 AIやコンピュータの発達によって、今後、人間の行う仕事の約半分が機械やロボットに奪われるのではないかという予測もされています。
 でも、この世の中には、人間にしかできない仕事もあるのではないでしょか。
 例えば、相手の立場になって、話を聞き、お互いに考え、悩み、1つのものを作り上げていくような仕事。自分の意見を、正確な資料や合理的な考えを根拠に、論理的に説明し、このことがいかに必要なことなのかをしっかりと主張し、相手との相違点を議論しながら取り組んでいくこと。
 これは、人間が今までの歴史の中で培ってきた、知性や理性と言われる分野であり、これからも社会で必要な力です。そして、この力を発揮するためには、コミュニケーション能力を身につけることが、とても重要であると考えます。
 では、この力はどのようにすれば身につくのでしょうか?
 それは、授業や部活動、学校行事、先生や友達との語らいなど、学校生活での経験をとおして、身につけられるものではないでしょうか。ぜひ、コミュニケーション能力を身につけ、自分の将来の目標を見つけられるようにしていきましょう。

 最後に3つめです。それは、一日一日を後悔することなく過ごして欲しいということです。
 ある人の言葉で「人生で一番もったいないのは、『あれをやっておけばよかった』と後悔することである」というものがあります。2つめの話の中にもありましたが、今の世の中は、将来を予測することが困難な社会と言われています。この言葉の意味をしっかりとかみしめて、これからの学校生活や、卒業して社会人となってからも、悔いのない充実した日々を過ごしてください。

 
令和3年4月
校 長  張能 正昭
 

【校長室だより 令和3年3月】


【校長室だより 令和3年3月】

 緊急事態宣言下の3学期でした。1月7日、一都三県に緊急事態宣言の再発出が決定し、その延長を経て、3月21日をもって宣言解除となりました。2か月半にわたり緊急事態が続き、平常時との境目が曖昧になってしまった感じがしていましたが、ふと気づくと、もう桜の季節になっています。校内の桜も満開に咲き誇り、年度末の学校を見守ってくれているかのようです。春休みの中の部活動の声が心地よく響いています。
 
 3月9日(火)に第50回卒業証書授与式を挙行し、卒業生317名の門出を保護者と本校教職員とで祝福しました。最小限の列席者と常時換気の中、短時間で行った式でしたが、終始厳粛な雰囲気の中で進行し、素晴らしい節目の儀式となりました。3年間の高校生活の締め括りの1年間、コロナ禍の影響により、避けることや控えることばかりが求められてしまいましたが、皆で共有したこの貴重な経験は、卒業後の人生においてもきっと役立つことと思います。卒業生の前途に幸多かれと心から祈ります。
 
 22日(月)、23日(火)に行われた各学年集会で、部活動等で活躍した生徒の賞状披露を行いました。コロナ禍であったにもかかわらず、写真、書道、ダンス、テニス、意見発表会等で多くの生徒が活躍し、成果を残しました。また、1学年には校長講話の時間をもらい、「Aha moment(そうか、なるほどと思う瞬間)を大切に」という話をしました。スライドを見せながら、短時間でたくさんの情報を盛り込みすぎたと反省していたところ、翌日、ある生徒からAha momentのことで話しかけられ、主旨が伝わっていたことを知り安心しました。疑問に思ったことについて、自ら考え行動し調べることを通して、多くのAha momentを体験してほしいと思います。
 
 24日(水)は校長として最後の終業式でした。ちょうど1年前の3学期終業式から数えて7回目となる放送による始業式・終業式で、コロナ禍の影響から1年以上も全校集会を開くことができていません。式辞の中では、2か月半にわたる緊急事態宣言下にもかかわらず、臨時休校や学年閉鎖などなく学校生活を続けてこられたのは、生徒たちが先生方と共に感染拡大防止対策を誠実に確実に実行してくれたからこそであり、自覚をもった行動と長期にわたる協力に感謝しました。そして、健康観察、手洗いや消毒の仕方、飲食時の留意点などは、他の感染症の予防としても生涯役立つものであると話しました。最後に生徒に伝えたいこととして、2006年に開催されたアンジェラ・アキさんの武道館ライブに係るエピソードを紹介し、夢の実現に向けた目標設定と行動計画、そして行動し続けることの大切さについて訴えました。そして、「やり抜く力」を伸ばしてほしいこと、様々な場面でやり抜く経験をたくさんしてほしいことを強調しました。“Keep on dreaming all your life.”「いつでも夢を持ち続けよ」というアンジェラ・アキさんの言葉に、私自身がずっと励まされてきました。今後も新たな夢を持ち、新たな行動を始めたいと思います。
 
 平成31年4月に四街道高校に着任し、その1か月後に令和に改元され、あっという間に2年間が過ぎました。本日をもって定年退職となります。魅力いっぱいの生徒たちと教職員に囲まれ、保護者の皆様や同窓会、後援会の皆様、そして地域の皆様に支えられ、校長としての職責を果たすことができました。心より感謝いたします。【校長室だより】をお読みいただきありがとうございました。
 
 令和3年3月31日
 校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和3年2月】

【校長室だより 令和3年2月】
 
 2月7日までの予定で再発出されていた新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言が、2月2日、栃木県を除く10都府県で3月7日まで延長されることが決定されました。新規感染者が減少傾向にあるけれども依然として高い水準にあり、医療現場のひっ迫が続いているためとのことです。今後改善すれば3月7日を待たずに解除するという方針も示されました。本日2月26日現在、愛知、岐阜、京都、大阪、兵庫、福岡の6府県で2月末をもって宣言解除の見込みとなっています。
 
 先月も示しましたが、緊急事態宣言が再発出された1月7日からここまでの木曜日ごとの県内の「直近7日間平均感染者数」の推移を見てみると、感染者数は減少してきていますが、なかなか二桁台に落ち着くことがありません。2月15日の「直近7日間平均感染者数」118.4人を最少として、下げ止まりの傾向にあります。17日からは医療従事者を対象としたワクチン接種が国内で始まりましたが、宣言解除はまだ先のことでしょうか。
 1月 7日(木)260.0人
   14日(木)426.4人
   21日(木)451.7人
   28日(木)343.3人
 2月 4日(木)243.0人
   11日(木)158.9人
   18日(木)126.1人
   25日(木)122.1人
 
 緊急事態宣言下でしたが、24日~25日の二日間、千葉県公立高等学校入学者選抜が実施されました。本校では321名の志願者全員が無事に受検を終了することができました。コロナ禍での高校入試に当たっては、本人はもとより、ご家族や中学校関係者の皆様の心配は計り知れないものがあったかと思います。本県での高校入試が1回だけになる初年度ということもあり、コロナ禍と併せて大変な時期であったはずです。無事に実施できて本当によかったと思います。
 
 また、25日から国公立大学の2次試験前期日程が実施されました。初の大学入学共通テストの実施と併せて、コロナ禍での大学入試が無事に実施されていることに安堵しています。
 
 日付は前後しますが、12日に女性蔑視発言の責任を取って東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長を辞任した森 喜朗氏に代わり、18日に橋本聖子氏が新会長として選出されました。また、1月3日の箱根駅伝での「男だろ!」の檄は一部で炎上したようですが、その後大きな話題とはなりませんでした。ジェンダー・バイアス(社会的・文化的な性差に対する固定観念や偏見)は依然として身の回りにあるのです。
 
 もうふた昔も前のことです。勤務していた高校が平成13年~14年に「総合的な学習の時間」に係る県の研究指定校となり、校内の研究主任を任されました。平成11年に改正男女雇用機会均等法が施行され、求人票から性別欄がなくなり、当時女子高であった勤務校の生徒たちの求職先として多様な選択ができるようになりました。そこで、生徒たちに今までの固定観念にとらわれない生き方を選択するきっかけとなればよいと考え、ジェンダーについて学習することをテーマとして設定し、2年間の授業研究をスタートしました。大学教授の講演や書籍を活用したことに加え、自作教材としてジェンダー・バイアスのかかったTVCMを活用しました。任意の民放局を360分間VHSテープに録画しておき、早回しでCMだけをスキャンし、教材として使えそうなものを集めました。夫婦が登場する自動車のCMではメーカーを問わず常に夫が運転していたり、食品のCMでは料理するのが常に女性であったりと、現在の基準でみればかなりベタにバイアスのかかったCMが少なくなく、容易に集められました。現在では、家族が自動車に乗って出かける場面のCMではお母さんが運転席にいるものをよく見ます。また、男性が料理をするCMも多くあります。意図した変化だと思いますが、ジェンダーへの認識は確実に変わってきています。2年間の取組で、当時の生徒たちの「当たり前」を少しは変えることができたと思っていますが、彼女たちは今どんな思いで令和を生きているでしょうか。昔話が長くなってしまいましたが、研究を開始した平成13年4月時点、内閣総理大臣は森 喜朗氏でした。
 
 話を四高に変えます。昨年6月以来実施している生徒の健康観察結果の入力状況を見てみると、2月に入り、37.5度以上の発熱がある者が各学年1名いるかどうかで推移しています。風邪症状のある者も毎日一桁台であり、ある程度の健康状態が維持され、落ち着いた学校生活が送れています。生徒自身の感染防止対策が緩むことなく徹底できており、家庭での協力も得られているお陰と考えています。高校入試による登校禁止期間も適切に自覚ある行動ができれば、新型コロナウイルスに限らず、広く感染症予防対策を身に付けた生き方ができるのではないかと今後に期待したいものです。
 
 学校生活が落ち着いていることで、学習面だけでなく部活動でも成果が出ているようです。書道部では、第73回千葉県小・中・高校書き初め展で、1年生部員が千葉日報社賞を受賞しました。また、第47回千葉日報書道展の第12回高校生展において、最優秀賞5名の中の1名に2年生部員が、優秀作品10点の中に2年生部員の作品が2点選出されました。緊急事態宣言の延長により県立美術館での展示がなくなり、新聞紙面での掲載だけになったことが残念です。
 
 令和2年度も残りひと月余りとなりました。最終月がコロナ禍収束の時になることを願い、高校入学者選抜の結果発表や卒業式、そして新年度の準備を進めていきます。
 
 令和3年2月
 校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和3年1月】

【校長室だより 令和3年1月】
 
 今朝出勤途中、西の低い空に浮かぶ白銀の満月をしばし眺めながら、このひと月を振り返りました。
 2021年、令和3年の新学期は緊急事態宣言と共に始まりました。1月7日夕方、1月8日から2月7日までの1か月間の予定で、本県を含む1都3県に緊急事態宣言が再発出されました。13日には7府県が追加され、計11都府県がその対象となりました。
 県内では昨年末の12月31日に新規感染者数が252人と過去最多を更新しましたが、1月7日には450人と急増し、8日、9日と連続で過去最多を更新し続け、15日の504人が現在のところ一日当たりの新規感染者過去最多となっています。
 
 緊急事態宣言が再発出された1月7日から、木曜日ごとの県内の直近7日間平均感染者数を見てみると、千葉県の発表データによれば、
  7日(木)260.0人
 14日(木)426.4人
 21日(木)451.7人
 28日(木)343.3人
と推移しています。直近7日間平均感染者数のピークは19日(火)の456.4人で、それ以降少しずつ減少傾向にありますが、依然として医療機関のひっ迫が心配される状況が続いています。
 
 1月7日、緊張感に満ちた新学期開始の朝をむかえ、放送で行った始業式では感染防止対策の更なる徹底を呼びかけました。また、次のように問を2問出し、自分たちを取り囲んでいる様々な情報を鵜呑みにしないで疑ってみることが大切であると話しました。
 
 
第1問 世界中の一歳児で、何らかの病気に対する予防接種を受けている子どもはどれくらいいるでしょうか。
     A: 20% B: 50% C: 80%

第2問 世界で、いくらかでも電気が使える人はどれくらいいるでしょうか。
     A: 20% B: 50% C: 80%


正解は2問ともCの80% です。この問は「FACTFULNESS」という本に紹介されていた、世界の真実に関する13問の中の2問です。スウェーデンのハンス・ロスリングさんが2018年に出版した本です。思い込みや先入観にとらわれずに、事実やデータに基づいて世界を正しく見ようという内容です。私たちが日々接している報道や広告などによって、世界の現状が事実よりも悪く悲惨な状況にあると多くの人びとが思い込んでいるというのです。確かに50年前の世界では、今出題したような医療やエネルギーの分野では、発展している国々とそうでない国々とでは大きく二極化していましたが、21世紀の現在、状況は好転しつつあるのに、思い込みから逃れられない人が多いと指摘しているのです。著者は、世界各地の科学者などに、貧困や人口問題、教育、健康、エネルギーなどについて先ほどのように尋ねたところ、第1問の予防接種に関する世界の平均正答率は13%と低く、スウェーデンの21%が最も高く、アメリカでは17%、日本はフランス、ドイツと同じ6%だったそうです。この正答率の低さが、人々が思い込みにとらわれていると著者が主張する根拠となっています。

著者の主張全てに賛同するわけではありませんが、しかし、自分が思い込みや先入観にとらわれているのではないかと疑ってみることが大切です。私たちは多くの情報の中に毎日生活していますが、特にインターネットの普及に伴って、ネット上で自分が得ている情報が、実は自分が興味関心を持っていることに次第に偏ってくるということに気付いていると思います。ネットやテレビなど様々なメディアを通して、知らず知らずに与えられてしまっている情報を鵜呑みにしないこと、難しいことかもしれませんが、疑問を持つこと、批判的に考えることを是非すすめます。

今年は十二支で言う丑年ですが、干支では辛丑(かのとうし)にあたります。辛(かのと)は痛みを伴う幕引きを、丑(うし)は殻を破ろうとする命の息吹を意味するそうです。コロナ禍の痛みはまだ続くかもしれませんが、その幕引きは必ず訪れるはずです。そして命の息吹、希望をもって2021年を踏み出し、全うしたいものです。

 
 
 今月は修学旅行について最終決定をしました。12月に2学年の保護者に依頼していた修学旅行参加承諾の可否を、今月中旬に取りまとめました。3割以上の保護者が不参加の意思表明をしており、更に、緊急事態宣言の再発出と新規感染者数の増加、感染の収束が見通せないことから、生徒の安全と安心を考慮し、今年度の修学旅行を中止することにしました。非常に残念ですが、命に代えることはできません。1月以降に実施を予定していた修学旅行はいずれも中止となったようです。
 
 高大接続改革の一環として初めて実施される大学入学共通テストのうち、第一日程が16日、17日に無事に終了しました。現3年生は昨年度英語4技能検定や記述問題の件で翻弄されましたが、一つの区切りとしての共通テストが無事に終了しました。コロナ禍と入試改革の影響から、本校でも総合型や学校推薦型選抜を希望する生徒が多くなりました。進学と就職を合わせ、進路決定率は12月現在で77.9%と、昨年同時期と比べて8.1ポイント高くなっています。看護・医療系に40名が決定し、昨年度の38名を越えました。また、国家公務員一般職として外務省に内定した生徒もおり、コロナ禍の制約や困難を克服して努力し、素晴らしい成果をあげた生徒がたくさんいます。今後予定されている個別の大学入試については予断を許さない状況ですが、受験生の健康維持と持てる力を安心して発揮できる環境が保障されることを祈り、成果を期待します。
 
 
 令和3年1月
 校長 渡 邉 範 夫

 

【校長室だより 令和2年12月】


【校長室だより 令和2年12月】

 冬らしい寒さがしばらく続いています。21日の冬至を過ぎ少しずつ日が長くなっていくことを思うと、何かが良くなりそうな予感、期待感が生まれるのは身勝手でしょうか。

 先月下旬から3週間が正念場とされたコロナ第3波への対応でしたが、残念ながらこの効果はなかったようです。千葉県では、10日に一日当たりの感染者が150人と過去最多を更新し、その後も100人台を推移していましたが、22日に152人と再び最多を更新しました。GoToトラベルの一時停止や飲食店の時短営業要請などの対策が12月23日から1月11日まで講じられますが、これらの対策の効果が少しでも表れてほしいと望みます。

 学校が6月に再開されて以降、ここまで学校で私たちが講じてきた感染防止対策にはかなりの効果があったと考えています。県内複数の高校で感染が確認され、部活動を起因とするクラスターとなった学校もありましたが、「感染源を断つ・感染経路を断つ・免疫力を高める」という感染症予防の3原則を絶対におろそかにしてはならないことを再認識する必要があります。特に、飲食時、休憩時、更衣時に身体的距離を確保し、会話をしないことなどを徹底するよう終業式に確認しました。

 12日に修学旅行保護者説明会を体育館で開催し、約70名の2学年保護者の方の出席を得ました。11月20付の県教委の通知では、「県内又は旅行先における感染状況等により、生徒の安全確保が十分にできないと判断される場合には、無理に実施せず、改めて延期、旅行先の変更や旅行期間の短縮または中止の判断をすること。」とされていることを挨拶でお伝えしました。学年主任からは現時点での修学旅行の予定を説明し、それに伴うリスクについて日付やキャンセル料など具体的な数字を示して説明をしました。旅行業者さんには交通機関やホテルでの感染防止対策の状況や旅行保険等について説明してもらいました。保護者からいただいた質問や要望を踏まえて、説明会の内容について23日にすべての2学年保護者に文書でお伝えしました。1月中旬までに参加承諾の可否を集約する予定です。

 本日23日、第2学期終業式を放送で実施しました。補助プリント1枚を生徒に配付し、感染防止対策の徹底のほか次の2点について話しました。1点目は「三密」について、WHO世界保健機関ではそれを3Cs(3つのC)と表現していることと、密集にあたるCrowded places、密接にあたるClose-contact settings、密閉にあたるConfined and enclosed spacesという英語表現を紹介し、感染拡大を防ぐための対策として3Csを回避することが世界でも評価されていることを話しました。

 もう1点は、Black Lives Matter運動の広がりの中で、全米オープンテニス女子シングルスに出場し、犠牲者の名を記したマスクを身に付けて入場することで人種差別に抗議の意を表しながら、見事に優勝した大坂なおみ選手の言葉を紹介しました。
 “We can’t let the ignorance of a few hold back the progressiveness of the masses.”「一部の人の無知によりみんなの前進が阻まれてはならない。」人種差別についてみんなに考えてほしいと発したこのメッセージを、次のように変えて生徒に訴えました。「一部の人の無謀な行動によって、コロナ禍収束への前進が阻まれてはならない。」高校生として求められている一層の自覚的な行動を促しました。

 令和2年の子年が幕を閉じ、もうすぐ令和3年丑年が幕を開けます。新しい年がすばらしい年となることを、心の底から願います。受験生、最後まであきらめるな。

 令和2年12月
 校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和2年11月】

【校長室だより 令和2年11月】

 7日の立冬を過ぎた今月中旬頃に小春日和が続きました。同時期に、残念ながら新型コロナウイルスの感染状況が過去最多を更新し始めました。千葉県では14日の一日当たりの感染者が88人となり過去最多を更新しましたが、19日には106人、21日には109人と更新を続け、28日には113人と過去最多となりました。本県を含む9都県でGoToイートのプレミアム付き食事券の新規発行を28日から12月18日まで一時停止することにもなりました。この3週間が正念場とされていますが、学校での感染第3波を乗り切るには、今まで実施してきた感染防止対策の徹底しかありません。

 このような状況でしたが、14日土曜日に秋の学校説明会を本校体育館で開催しました。Web上で事前申し込みを受け付け、検温や健康観察等の感染防止対策を施した上で、当日は中学生と保護者合わせて332名に参加していただきました。本校の概要と入学者選抜の特徴を説明し、部活動と施設の見学を行いました。例年に比べ規模は縮小しましたが、この時期に無事に実施できて安堵しています。

 16日には、1000か所ミニ集会・意見交換会を開かれた学校づくり委員会主催で開催しました。今年は保護者を含めて地域の方々の参加はご遠慮いただき、「家庭・地域と連携した魅力ある学校づくり」をテーマに事前に生徒を通じて保護者の皆様からのご意見を募集し、開かれた学校づくり委員会委員の皆様で意見交換することにいたしました。また、地域の高齢者施設と特別支援学校小学部との非接触型ボランティア交流について、JRC同好会の3名の生徒に発表してもらいました。委員の方々との質疑応答もあり、コロナ禍であきらめかけていたボランティア活動にもまだ可能性があるとの感想を頂戴しました。
 
 JRC同好会は、21日土曜日に開催された聖徳大学主催「第5回高校生の体験発表会」に、本校コンピュータ室からZOOMによるオンラインで参加し、非接触型ボランティアの取組について発表しました。コロナ禍ならではの工夫とアイデアが形になった、持続可能なボランティアの好例であると言えます。

 芸術の秋らしく、写真部が素晴らしい成果をあげました。3年生部員が、北海道東川町の写真甲子園実行委員会が主催する個人参加型の「ソロ写真甲子園」で全国2位となる銀賞を受賞しました。また同部員はニッコールフォトコンテストで特選も受賞し、2年生部員が同コンテスト入選を果たしました。更に、第45回全国高等学校総合文化祭(わかやま総文)写真部門への千葉県代表10名の中に1校あたり最大となる4名(1年生1名、2年生3名)が選出され、令和3年8月に和歌山県で開催される全国大会に出場が決定しました。そして、別の4名(1年生1名、2年生3名)が、令和2年度関東地区高等学校写真展への県代表20名の中に選出されることになり、四高写真部のレベルの高さを証明する活躍を見せてくれました。

 演劇部が27日に柏市において第73回県高校演劇研究中央発表会に出演し、マスクをしたままの演技の様子が28日の東京新聞に取り上げられました。感染防止対策により多くの制約がありながらも、生徒たちの発表の場が確保されています。

 久し振りにレスリング部の話題です。今年度初の大会となる新人戦、関東高等学校選抜大会千葉県予選に出場し、団体戦で県3位となりました。また、個人戦では6階級6名の関東選抜大会出場が決まりました。令和3年2月の関東大会が予定通りに開催されることを祈ります。

 コロナ禍での生活にある程度慣れることは必要ですが、決して油断してはならないことを今月痛感しました。「【A】あたりまえのことを、【B】ばかにしないで、【C】ちゃんとやる。」そしてそれが【D】できることが大切です。

 令和2年11月
 校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和2年10月】

【校長室だより 令和2年10月】


 令和2年10月は、満月がひと月に2回めぐってきます。このことを blue moon と呼ぶそうですが、決して月が青く見えるわけではなく、その由来は定かではありません。1日は、雲間の月も見たいと思うほどの贅沢な中秋の名月が秋の夜空に輝いていました。29日の十三夜の月も、ほんのりと欠けた見事な後の月、栗名月でした。明日のハロウィーン満月はどんな月になるでしょうか。

 台風14号が今月10日から11日にかけて関東に接近する動きを見せましたが、進路を東南に変え、日本列島から遠ざかったため幸い大きな影響はありませんでした。It never rains but it pours.(降ればどしゃ降り)という英語の諺があります。最近の雨はまさにこのことわざ通りに降ることが多く感じますが、一つのことが起きると同じようなことが次々と起きるという意味にもなり、「二度あることは三度ある」という諺にもあたるそうです。今回は昨年の令和元年東日本台風(台風19号)のような被害はありませんでしたが、風水害などの自然災害に対する防災意識は常に持っておきたいものです。

 15日は「Global Handwashing Day(世界手洗いデー)」でした。「きちんと手洗いをすることが、病気になったり他の人に病原体をうつしたりするのを防ぐためにできる最善策の一つであることを、年に一度思い出してもらうための日」として、国際衛生年であった2008年に制定されました。コロナ禍の現在は毎日が手洗いデーとなっていますが、手洗いというアナログな行為が、確実に感染症予防対策につながっていることは明らかです。インフルエンザ予防にもつながるはずです。

 「四高オリジナル 感染予防のための一日のルーティン」を6月に教室掲示し、10項目のルーティンを生徒に呼びかけてから5か月になります。その中で手洗いについては「教室に入る前に」「休み時間のたびに流水で」「お昼の前は石けんで」「下校前にも」「帰宅したら」の5項目あり、全体の半分を占めています。コロナ禍の今、手洗いが非常に大切な行為であるということを物語っています。何らかの事情で手洗いができないときには、手指消毒液で消毒することもできるよう校内にスプレーボトルを置いて対応しています。

 開催予定であったオリンピックの影響で、10月の第2月曜日のスポーツの日が8月に移動したため、今年は祝日のない10月となりましたが、スポーツや芸術の秋らしく、部活動も少しずつ充実してきました。卓球部、ソフトテニス部、ソフトボール部などが新人戦の地区予選を勝ち抜き県大会に出場します。演劇部もビデオ審査で地区予選を勝ち抜き県大会出場です。県大会での健闘を期待します。

 中間考査が終わり一息ついた22日午後、1学年の進路ガイダンスが行われました。職業と適性を理解する目的で、29分野から自分で2つ選択し、外部講師から指導を受けました。2学年は体育行事を生徒企画で実施し、秋晴れの下、クラスTシャツを着用し、ドッジボールや大縄跳びなどの競技を通じクラスの絆を深めました。3学年は進路決定に向けてお互いに面接し合う時間を設けました。面接官の視点を持ってみることで新しい気づきを持った生徒もいたようです。各学年とも、生徒の主体的な学びの機会を活かすべく奮闘中です。2学期後半の充実、実りの秋を期待します。

 
 令和2年10月
 校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和2年9月】

【校長室だより 令和2年9月】

 9月前半は残暑が厳しく、短時間で局所的な雷雨にも悩まされました。「暑さ寒さも彼岸まで」のとおり、後半には厳しい残暑も落ち着きを見せ、秋らしい気候となりました。24日に台風12号の影響が心配されたものの、大事に至らず何よりです。


 新型コロナウイルス感染は未だに収束のめどは立ちません。県内の複数の高校で生徒や教員の感染者が確認されました。四街道市内の中学校でも生徒の感染がありました。それぞれの状況に応じて長短はあるものの、臨時休校を余儀なくされています。


 本校では、9月に予定されていた「えのき祭」文化の部を7月中に中止としましたが、体育の部についても9月3日に中止決定をしました。生徒と職員合わせて1000名近い規模で、密を避けて感染防止を徹底することはできないと判断しました。また、10月下旬に沖縄方面に予定されていた修学旅行については、3学期に延期し、方面も変更する決定をしました。詳細は未定ですが、コロナ禍の渦中での修学旅行の実施は非常に難しいと感じています。コロナ禍の収束を期待し、高校時代の貴重な体験となる修学旅行を実現できればと思います。


 9月上旬の週末、二週にわたり、全日本バレーボール高等学校選手権大会千葉県代表決定戦兼3年生代替大会の地区予選の会場となりました。準備段階から最後の消毒作業まで、顧問と部員たちの尽力で無事に開催することができました。感染防止対策を徹底するため、使用する施設を必要最小限とし、選手の会場での滞在を可能な限り短時間にするなどの工夫を施し実施してもらいました。試合結果は男女とも惜しくも決勝戦で敗退となりました。本来であれば試合のみに集中してほしいところでしたが、今回はコロナ禍の会場校として気を使う場面も多かったと思われます。3年生部員諸君よく頑張りました。


 9月7日から29日までの約3週間、本校の卒業生を含め7名の教育実習生を受け入れました。実習開始2週間前から健康観察の記録と行動記録をお願いし、生徒や教職員同様に毎日の検温と健康観察の結果に応じて出勤するかどうかを判断してもらいました。感染防止のため、授業とホームルームの実習に専念してもらい、部活動については参加を遠慮してもらいました。実習開始にあたり、感染防止対策の重要性に加えて実習生に次のように伝えました。「高校時代に自分が教わったように今教えてはいけない。これからの社会を担う子供たちに必要なことは何かを考え、そのために自分が今受けたいと思うような授業をするよう心がけてほしい。」実習期間中、学年集会での講話を担当するなど、本校生徒にとって進路を考えたり学習の動機づけになったりする刺激的な存在にもなってくれました。ありがとうございました。全員の研究授業も無事終了し、多くの学びが得られたことと思います。お疲れ様でした。残された学生生活を実り多きものにしてください。


 旧AO入試である総合型選抜の出願が9月15日に予定通り始まりました。すでに受験が始まったところもあります。コロナ禍の影響が今後どうなるか予測がつかず、早めに合格を決めたいと考える受験生が多いとの報道もあります。しかし、機会を逃さないことと、慌てることとは異なります。今まで自分が時間をかけて想い描いてきた進路選択についてきちんと振り返りながら、こうなりたいと思う自分自身を目標にして、ブレることなく、これからの受験機会を最大限に生かしてほしいと思います。
 
 9月16日に菅新政権がスタートしました。学校現場としては、コロナ対策と学習の保障、大学入試をはじめとする進路決定の機会の保障を強く望みます。
 
 令和2年9月
 校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和2年8月】

【校長室だより 令和2年8月】

 令和2年8月1日、関東地方がようやく梅雨明けしました。7月末まで梅雨前線が長く居座り、毎日のように雨を降らせましたが、例年のような台風はなく、7月に台風が発生しなかったのは1951年からの統計史上初めてのことだそうです。梅雨明けを待っていたかのように気温が上昇し、8月7日には、関東甲信地方で今年から実施している「熱中症警戒アラート」が東京、千葉、茨城に発令されました。千葉市の最高気温は、8月1日から22日まで連続して30度を超えました。7月の長雨のあとの猛暑、そしてコロナ禍の日々が続いています。

 不要不急の外出を避ける、お盆の帰省を避ける、三密を避けるなど、避けなければならないことばかりの生活が続いていますが、感染防止対策を適切に実施すれば、できることも確実に増えてきているようです。8月中に県内外で実施された部活動の大会はその例と言えます。

 8月8日と9日の二日間、本校を会場にして、中学3年生とその保護者を対象とした夏の学校説明会を開催しました。例年は四街道市文化センターの大ホールをお借りして実施していましたが、今年度は午前の部、午後の部を二日間実施し、教室に20人ずつ入ってもらい、説明等を放送で行いました。参加者の検温や健康観察を校舎の入口で確認し、連絡先や入場した教室を参加者ごとに把握するなど、感染防止対策を徹底しました。二日間で合わせて1,200人を超える中学生と保護者の方々に来校していただき、本校の特徴を知ってもらいました。次に予定している秋の学校説明会は11月14日(土)です。

 コロナ禍であっても工夫した取組が予定されています。「全国高校日本一の写真部を目指した生徒たちの98枚」というキャッチフレーズで、本校写真部3年生の作品98枚を、千葉市にあるホテルポートプラザちばの客室98室に飾っていただけることになりました。期間は10月1日から来年の3月末までの半年間で、コロナ禍であっても可能な企画として、宿泊で利用する人たちに鑑賞してもらえるようホテル側が企画したとのことです。自分たちが撮影した写真作品を、コンクールや発表会等ではなく、より身近で自然な形で目にしていただく貴重な機会になります。

 特別な8月を終えて9月1日から新学期が始まります。例年通りの2学期にはならないことは明らかですが、令和2年度の教育活動は、この9月からの4か月間をいかに充実させられるかが鍵になります。秋から冬にかけて、学習面でも部活動面でも、集中して力を伸ばせるのがこの時期です。3年生の進路決定に向けて、力を伸ばすのも、力を発揮するのもこの時期です。そして、コロナ禍の収束に向けて今できることは、もし校内での感染者が出てもその影響を最小限にするためには、ひとり一人の感染防止対策を油断なく徹底していく以外にありません。

 8月28日に、7年8か月という長期にわたり政権を担ってきた安倍首相が健康問題理由に辞意を表明しました。第二次安倍政権発足の直後、平成25年1月に首相の私的諮問機関として教育再生実行会議が設置され、その第1次提言はいじめ問題への対応についてでした。当時私は教頭として、校内の「学校いじめ防止基本方針」の策定にあたったことを記憶しています。その後、教頭、副校長、校長という職で仕事をしてきましたが、特にこの1年間の教育界を取り巻く状況は混乱の連続です。9月中旬には新首相が決まり、コロナ禍の下での政権運営が始まります。教育界にとってどんな9月になるのでしょうか。
 
 令和2年8月
 校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和2年7月】


【校長室だより 令和2年7月】

 令和2年7月豪雨災害の犠牲となられた方々に心よりお悔やみを申し上げるとともに、通常の生活が一日も早く戻ることをお祈り申し上げます。本県における昨年秋の台風による災害のことを思い起こしつつ、身近な問題として備えなければならないと改めて気を引き締めたところです。


 7月6日(月)から本校は通常日課に戻りました。分散登校と時差通学・短縮授業という段階を経て、感染防止対策は変わらないという緊張感のある学校生活が始まりました。いわゆる新しい生活様式は、もはや当然の生活様式となってほしいところですが、まだまだ油断することはできません。
 
 7月3日(金)に延期していたPTA総会が書面表決での開催となりました。生徒を通じて総会資料冊子を保護者に配付し、スマートフォンで議案に対する賛否を表明してもらう形式をとりました。集計が早く正確に済み、コロナ禍におけるICTの有効活用例の一つと言えます。17日(金)に開催された新役員会・新理事会で今後の予定を話し合っていただき、感染防止対策のためにPTAのご支援を強化していただくこととなりました。心より感謝申し上げます。


 定期考査が終わり、部活動が本格的に再開しています。例年と異なり、先に中止となった県総体の代替大会として、卓球、陸上競技、ソフトテニス、バドミントン、バレーボール、ソフトボールなど10種目以上で8月以降に大会開催が予定されています。野球も県独自大会が8月に開催される予定です。吹奏楽部は例年とは異なるコンクールに参加する予定で活動し、演劇部やダンス部は映像での参加を目指して活動しています。3年生が出場する大会等については、3年間の部活動の締め括りとして、コロナ禍の渦中とはいえ、この貴重な最後の機会を意義あるものにしてほしいと思います。


 本日31日(金)、1学期終業式を放送により行いました。式辞の中で「3人のレンガ職人の話」をした後、最後に次のように生徒たちに呼びかけました。

 「明日から始まる夏休みを、31日しかないと考えるか、31日もあると考えるか、どちらにしても31日間に変わりはありません。今、目の前にあるやるべきことに、君たちがどんな心構えをもって取り組むかによって、君たちの未来は違ってきます。コロナの影響で失われた時間は戻りません。その意味で、今年の夏は、「学びを止めない」という意識を強く持ってほしいと思います。コロナ対策には引き続き油断なく取り組み、安全で充実した夏休みにしましょう。」


 2学期始業式も放送により行う予定です。全校生徒が一斉に体育館に集まる機会はいつになるのでしょう。もしかしたら、もうないのではないかと、不安と無念さを感じます。梅雨明けが待ち遠しい7月末日です。

 令和2年7月
 校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和2年6月】

【校長室だより 令和2年6月】

 少しずつ、少しずつ感覚が戻って来るような、いや、戻って来るのではなく、拒みようのない新しい生活様式の獲得を求められ、数か月前まで慣れ親しんできた学校生活とは違う感覚が、身体に生まれ始めているのを感じます。


 6月1日から分散登校の形で学校が再開されました。出席番号の奇数と偶数で二組に分け、午前と午後の二交代制で登校し、それぞれ3コマの授業を行いすぐに下校となりました。生徒にとっては日替わりで登校時刻が違い、規則正しい生活を維持することに気を遣う期間でした。先生方にとっても、始業と終業が毎日それぞれ2回あることで、戸惑いと多忙を感じる2週間となりました。


 15日から時差通学・短縮授業になり、部活動も可能となりました。午後4時30分完全下校のため、限られた活動しかできませんでしたが、1年生にとっては2か月遅れの部活動見学や入部相談などができる貴重な機会となったようです。短い放課後でしたが、部活動に励む生徒たちの元気な姿に、ようやく学校らしくなってきた喜びを感じました。


 26日付けの教育長通知で、29日以降の県立学校の教育活動について、「各校の定期考査開始日までの間に、各学校長の判断において、時差通学・短縮日課を終了し、通常日課に戻すこととする。」と示されました。本校では、朝のラッシュ時間を避けるための時差通学・短縮日課を29日から1週間続け、順調であれば7月6日から通常日課に戻します。


 感染防止対策のため、授業中の教室はエアコンで冷房しながら窓や扉を開けて換気している状況です。どの学校でも同様でしょうが、エコ・フレンドリーではない、極めてエネルギー効率の悪い対応をしています。本校では、PTAの皆様のご理解とご協力により、昨年度から手続きを進めていた南棟の特別教室に空調設備を設置する工事が5月末に終了しました。昨夏までの南棟の過酷な環境に較べ、この夏の南棟はかつてない良い環境になっています。教育環境の改善が大きく進み、PTAの皆様には心より感謝しております。


 6月は学校を通常日課に段階的に戻すための準備期間として、順調に機能したものと捉えています。ただ振り返ってみると、就職試験の日程が例年より1か月遅くなり10月16日以降になることや、大学入学共通テストの日程が、学校の通常再開が全国で一様でないにもかかわらず、当初の予定通り1月16日、17日と決定されたのも6月でした。2週間後の第二日程が設定されたとはいえ、大学入試に関しては、スタートラインが定まらないまま、フィニッシュラインだけが決められたような気がします。3学年では保護者を交えた三者面談を今月22日から行っていますが、進路決定に向けていよいよアクセルを踏みこむ時期がやってきました。


 令和2年6月
 校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和2年5月】


【校長室だより 令和2年5月】

 令和に改元されて丸一年が過ぎ、更にひと月が過ぎました。爽やかな五月晴れの空が目に痛いほどですが、心はすっきりしません。例年であれば、学校行事や定期考査、そして部活動の大会等で生徒たちは充実した一学期を過ごしているはずでした。


 4月7日から続いていた新型コロナウイルス感染拡大に係る緊急事態宣言が、外出自粛や在宅勤務などの感染防止対策の結果、感染者数の確実な減少がみられ、5月25日をもってすべての都道府県で解除となりました。本県の県立学校の臨時休校は5月31日までとなっており、本校では26日から28日までの三日間を生徒の登校日とし、短時間でしたが、健康観察や6月1日の学校再開に向けた指導をしました。

 この5月は、家庭学習中の課題の送付や提出された課題の評価に加え、学習アプリの活用を進める中で、健康観察記録にもそれを活用したり、Web会議ツールを活用したオンラインでのホームルームを試行したりするなど、多くの新しいことに挑む期間ともなりました。

 この約一か月の間、部活動に励んでいる生徒たちには非常に残念な決定が続きました。夏の全国高校総体(インターハイ)の中止、秋に予定していた全日本吹奏楽コンクールや全日本マーチングコンテストの中止、そして、夏の全国高等学校野球選手権と地方大会も中止となりました。また、本校写真部の生徒4名が参加することになっていた全国高等学校総合文化祭高知大会は、Webでの発表・交流になりました。


 「なぜ、今年に限ってこんなことに。」と誰もが思います。これらの失われた貴重な機会に代わるものは残念ながらありません。今言えることは、運動系・文化系を問わず、そして自分が関わってきた競技や活動を今後も続けるか否かを問わず、高校時代にしかできなかった、仲間と共に築いてきた実績と体験を通して身に付けてきたことは、決して無に帰することはなく、それは高校時代の貴重な宝物であり、生涯にわたる財産として大切にしてほしいということです。


 6月1日から分散登校の形で学校が再開されます。年度をまたいで約三か月に及ぶ臨時休校のあとで、学校や家庭での学びの生活を取り戻すことは容易ではありません。スピード感を失わないことを念頭に置きつつも、生徒たちの心身の健康づくりを最優先し、焦らずじっくりと時間をかけて軌道に乗せていくべきと考えます。6月が順調な学校再開の時となり、学校の新しい生活様式が形成されるスタートの月になることを願います。


 令和2年5月
 校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和2年4月】

【校長室だより 令和2年4月】

 花が咲き、散り、また別の花が咲きます。人間の営みに関わりなく、適切な時期になれば自然はその生命力や表現力を発揮します。新型コロナウイルス感染拡大の影響で様々な社会生活が制限されている中で、今を盛りに咲き誇る花々や雲一つない青空を見上げていると、自然の力の偉大さを感じずにはいられません。


 4月6日、約1か月振りに登校した生徒たちが昇降口で見せた明るい笑顔が印象的でした。生徒たちは教室にいたままで、新着任の先生方、転任・退職された先生方の紹介を放送で行いました。始業式も放送で行い、校長式辞では次のように話しました。
 
 おはようございます。そして、お帰りなさい。皆さんの久しぶりの登校を待っていたかのように、桜の花もまだきれいに咲いています。約1か月間に及ぶ臨時休校と春休みが終わり、待ちに待った新学期が始まる予定でしたが、新型コロナウイルス感染者はいまだ増加傾向にあり、今月末まで臨時休校が続くことになりました。
 今後も、毎日の健康観察を確実にすることや、感染の危険が高まる状況を避けることなど、自分たち自身の責任ある行動を通して、日常の生活や当たり前の学校生活をとり戻す覚悟をもってください。
 1学期始業式にあたり、一つ話をします。2年前の平昌オリンピックのスピードスケートで、金メダリストとなった小平奈緒選手のことを知っているでしょうか。彼女がインタビューを受けた時に、インド独立の父とされるマハトマ・ガンジーの言葉を紹介していました。それは次のような言葉です。
  「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。」
もし、あなたの命が明日までだとしたら、あなたはどのように今日明日を生きようとしますか?もし永遠の命を得たとしたら、あなたはどのように生きますか?
 明日のことは誰にも分りません。今日と同じような明日をまた迎えることができると思って、私たちは生きていますが、その日常が当たり前でなくなることも承知して生きなさいということと考えます。そして、たとえ永遠に生きられるとしても、今をおろそかにしないことが大切であるということです。
 東京オリンピック、パラリンピックは1年後に延期になりましたが、3年生にとっては、大学入学共通テストの実施をはじめ、進路決定への具体的な取組がいよいよ始まります。これは延期にはなりません。どうか高い目標を掲げ、その実現に向けて全力でチャレンジしてほしいと思います。
 マハトマ・ガンジーは次のようにも言っています。
  「未来は 現在我々が何をするかに かかっている。」
今の自分の思いと行動が、未来の自分の在り方を決めます。こうなりたいと強く望み、そうなれるよう今行動しましょう。
 新型コロナウイルスとの戦いもまだまだ先が見通せない中ですが、こんな時だからこそ主体性が求められます。それぞれの目標の実現に向けて、責任ある、主体的な行動を求めます。臨時休校中の諸注意をよく守り、感染拡大の防止に努めましょう。



 4月7日、入学式を挙行しました。短時間の式としましたが、保護者の皆様にご列席をいただき、320名の新入生を迎えることができました。本校に限ったことではありませんが、令和2年度生は、東日本大震災直後の混乱の中で卒園し小学校に入学、新型コロナウイルスと闘いながら高校入試と中学校卒業式を経験した世代です。そして、高校3年生の18歳の誕生日に成人年齢を迎える世代でもあります。いつにも増して力強く成長してほしいと切に願います。

 同日、千葉県を含む7都府県に緊急事態宣言が発令され、臨時休校は5月6日まで延長されました。令和2年4月は、未だかつて誰も経験したことのない社会情勢の中、制限された生活が続いています。生徒たちは、家庭での健康観察と健康維持、家庭学習の課題に取り組みながら、不要不急の外出を自粛するなどの感染拡大防止に取り組むという、責任ある行動をしていると思います。例年とは状況が異なることは言うまでもなく、生徒の学びについては発想の転換が必要だとも言われています。家庭学習課題にはオンライン学習も課しています。大切なことは、課された課題を終わらせることで満足せず、オンライン学習も貪欲に活用し、主体的に学ぶことを学ぶよい機会にすることです。臨時休校中の学びが開花し、やがて結実する日を願います。


 令和2年4月
 校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和2年3月】

【校長室だより 令和2年3月】

 暖冬の影響から、桜の開花が例年よりも早く、今咲いている校庭の桜は新入学生徒を待つことなく、その盛りを過ぎていくことになりそうです。
 
 新型コロナウイルス感染症への対応に明け暮れた3学期後半でした。特に3月は登校日が一日だけで、4日から24日までを臨時休業としました。校舎の外壁等の工事が完了し、塗装や窓のサッシが新しくきれいになったにもかかわらず、今月、校舎内に生徒の姿がありませんでした。成績処理に関係して何人かの生徒が登校してはいましたが、通常の学校生活が失われてしまった3月でした。当たり前と思っていた日常の大切さに改めて気づかされました。日常が戻る日を待ちたいと思います。
 

 3月3日(火)、翌日から一斉臨時休業に入るにあたり、校内放送で生徒に次のように話をしました。
 
 現在、新型コロナウイルスの感染拡大防止については、世界中で対策が講じられています。日本では、この1~2週間が感染拡大防止のために非常に大切な時期であるとして、全国一斉に学校を臨時休業するという内閣総理大臣からの要請があり、県立学校でもその対応をすることになりました。
 本校では明日3月4日(水)から3月24日(火)までを臨時休業とし、生徒は家庭学習となります。この放送による話や担任の先生からの話を確実に理解し、的確な行動をとるようにしなさい。
 私から3点話をします。
 1 責任ある行動をすること。
   感染拡大防止という大切な目的を実現するため、感染のリスクが高いとされる  「大勢の人が集まる、閉鎖的な場所で、長時間過ごす」ことを避けること。感染のリスクが高いとされる行動を厳に慎むこと。
 2 健康観察を確実に行い、体調管理を徹底すること。
   毎日の検温等により自分の体調を自分で管理することになります。発熱等の所定の体調変化には、的確に判断し行動をとること。
 3 生徒は家庭学習となることから、学ぶ姿勢を失わないこと。
   課題が出される科目等の学習はもちろんのこと、自主的な学習、特に検定試験対策や進路決定につなげる学習、読書などを、進んで行うこと。
 明日からの3週間は、先の見通せない期間になろうかと思います。私たち一人一人が、新型コロナウイルス感染拡大防止の最前線にいます。ともに戦いましょう。」


 
 私の後に教務主任等からの話が放送で続き、各ホームルームで担任から最後の指導があり、生徒たちは下校していきました。4月6日の始業式に再会できることを楽しみにしながら、生徒たちを見送りました。


 7日(土)、第49回卒業証書授与式を卒業生と教職員のみで挙行しました。会場のイスの間隔を空けることや、参加人数を最小限に抑えることなどに配慮し、保護者の方の臨席は見合わせていただくこととしました。例年のような予行ができない状況にもかかわらず、325名の卒業生は式典に真摯に臨み、素晴らしい卒業式となりました。式後の教室内では、担任から一人一人に卒業証書が授与され、いつまでも別れを惜しむ姿が見られました。3年間の学びの貴重な締め括りとなる節目の時が、とてもあわただしく過ぎ去ってしまったことは、関係する誰にとっても一生忘れることができないものになるでしょう。
 
 本日3月25日から春休みに入りました。臨時休業中に停止していた部活動は、春休み中も当面の間停止を継続する旨の通知が県教委からあり、残念ながら再開できないでいます。再開まであとどれくらいかかるのか、先行き不透明です。新学期からの教育活動再開に関する文科省通知の写しが県教委から本日届き、新年度の開始に向けた具体的で可能な対応について考え始めました。新年度が少しでもよい年になることを祈ってやみません。


 令和2年3月
                             校長 渡 邉 範 夫

【卒業式 式辞】

 本日、本校第49回の卒業証書授与式が無事に終了いたしました。新型コロナウイルス感染拡大防止の徹底を図るため、卒業生と職員のみの式とし、保護者と来賓の方々の臨席をご遠慮いただきました。特にお子様の高校卒業というハレの式典を楽しみにされていた保護者の皆様には大変恐縮ですが、どうぞご理解いただきますようお願い申し上げます。
 以下に式辞を掲載します。



式 辞

 暦の上では啓蟄を過ぎ、一雨ごとに春の訪れが感じられる季節となりました。 
 今、世界では、新型コロナウイルスの感染拡大防止に向け、あらゆる人がその最前線で当事者となっています。このような緊急で特別な状況下ではありますが、本日、千葉県立四街道高等学校 第49回 卒業証書授与式を挙行できることを、心から喜びたいと思います。
 ただいま卒業証書を授与された、325名の卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。本日のこの栄誉は、卒業生の皆さんのたゆまぬ努力と研鑽の賜物と、心から讃えたいと思います。また、本日この瞬間を迎えることができたのは、御家族の方々の深い愛情と、友達や先生方、そして、地域の皆様方からの温かい励ましがあったからこそであり、どうかそのことに思いを寄せ、感謝の気持ちを忘れることなく、さらなる努力と研鑽を積まれるよう期待してやみません。
 さて、新時代への門出に立ち、新たな道を歩み始めようとする皆さんに、話しておきたいことがあります。ものごとを批判的に考え、判断する力をつけてほしいということです。
 皆さんの多くが生まれた2001年、21世紀が始まったこの年から、令和へと改元された2019年までの18年間は、皆さんのこれまでの人生と重なります。この間、私たちの生活環境は大きく変化し、中でも、情報通信機器は信じがたいスピードで進歩し、その進化を続けています。PCやスマートフォンをはじめとした、インターネットにつながる、すべてのモノのおかげで、私たちは、かつてないほど便利な生活を送ることができています。生まれた時からインターネット環境にある、デジタル・ネイティブの皆さんには、その恩恵が当たり前のように感じられるかもしれません。しかし、オンラインゲームなどに熱中するあまり、ゲーム障害に苦しんだり、無責任な投稿により人に迷惑をかけたりするなどの大きな弊害も現実に起きています。
 ゲームのために健康を犠牲にしていいのか。ネット上の情報をどこまで信じていいのか。大切なことは、情報の真偽を見極める根拠や、価値を判断する根拠となる、自らの知性や感性を磨き、常に対象を批判的にとらえることです。高校卒業後も、自らの知性や感性、思考力と判断力を更に伸ばし、安易に周囲に同調することなく、批判的精神を持ち、未知の世界をたくましく生き抜いてほしい。
 「八角磨盤空裏走(はっかくのまばん くうりをはしる)」という禅語があります。八角磨盤とは岩でできた石臼のようなもので、その重いものが空中を飛ぶというのですから、通常では考えられないことです。世界はすべてが合理的とは限らず、思いもよらないことも起きます。卒業の日を、そんな未知の世界への入口としましょう。
 卒業生325名の、洋々たる前途が健やかで、幸多きことを心から祈念して、式辞といたします。
 
 令和2年3月7日
  
                  千葉県立四街道高等学校 校長 渡邉 範夫
 

【校長室だより 令和2年2月】

【校長室だより 令和2年2月】

 新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けて、世界中でその対応がなされています。
 
 2月27日に開催された新型コロナウイルス感染症対策本部において、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の全国一斉の臨時休業を要請する方針が内閣総理大臣から示されました。突然のニュースで驚きました。翌28日の午前中の段階では、県教委の対応方針がまだ出されていないため、3月3日に対応することになりました。
 
 学校で新型コロナウイルスに感染者が出た場合の対応については、文科省、県教委から通知が頻繁に出されていますが、今回の要請は一気に進んだものです。本校での今までの対応として、生徒と教職員の健康観察(検温と症状等のチェック)を実施していました。クラスごとの生徒の朝の健康観察は、保健委員によりインフルエンザ予防対策として1月から始めていますが、それを新型コロナウイルス用に対応するよう改訂し、毎朝のチェックを継続したところでした。そのほか、登校後の手洗いや、校内複数個所に設置した手指用アルコール消毒ボトルの活用などを徹底し、感染防止を図っています。今後、臨時休業に入ると、生徒自身の責任で健康観察を続けていくことになります。
 
 卒業式の開催についても対応を迫られています。近隣高校等とも情報交換を進めながら対応を検討しています。新型コロナウイルスの感染拡大防止のためのポイントは、参加者の制限と座席間のスペースの確保、アルコール消毒の徹底や換気、マスクの着用、式次第の短縮等です。高等学校の卒業式は一生に一度のことです。どのような状況でも、開催できる限り、卒業生の巣立ちを応援したいと思います。

 「故郷は50年が行き止まり」と民俗学者の柳田国男氏が言っています。50年もたてば親や身近な人が亡くなり、帰る場所が大方なくなるということのようです。一昨年、昨年と父、母を続けて見送ることとなり、2月9日、父の三回忌、母の一周忌の法要に参列してきました。両親は平成が31年までであることは知っていましたが、「令和」を知らずに旅立ちました。行き止まりとなる50年まではまだ先がありますが、故郷を離れ41年となり、柳田氏の言葉が少し身に沁みます。23日の天皇誕生日に、高校時代の同級生たちとの再会が都内で予定されていましたが、新型コロナウイルスの関係で無期限の延期となりました。行き止まりとなる前に、再会し旧交を温めたいものです。
 

 令和2年2月
                             校長 渡 邉 範 夫

【校長室だより 令和2年1月】

【校長室だより 令和2年1月】

 
 2020年、令和2年がスタートしました。令和初の冬は今のところ暖冬と言われていますが、今後どうなることでしょうか。1月もすでに最終日、もうすぐ立春です。

 
 1月7日の第3学期始業式では、2020年を展望し、東京オリンピック開催に係る7月と8月の祝日について、また、Brexitや米国大統領選挙などについて生徒たちに話しました。更に、英語のtheyについて、米辞書出版大手メリアム・ウェブスターが単数のtheyを昨年の「今年の言葉」に選んだことを紹介しました。theyは複数の人やものを指す代名詞ですが、男女別の単数の代名詞heやsheに換えてtheyを単数形で使う動きが広がっており、昨年9月に同社の辞書にその意味・用法が追加掲載されたそうです。男女の性別にとらわれないnonbinary(ノンバイナリー)への認識が広がったことを受けて進んできたこの言い換えは、言葉が社会を反映することの好例であり、everyoneやsomeoneをheでもsheでもなくhe or sheなどで言い換える工夫をしてきた中で、外国語としての英語使用者が自信をもってtheyで置き換えられるお墨付きを得たと言えます。ちなみに、単数の場合は、themselvesではなくthemselfという形になるとのことです。


 16日、特色ある道徳教育推進校として県教委から2年間の指定を受けている本校の道徳の時間の授業を、学習指導課指導主事に参観していただきました。1学年の道徳の時間では、主にソーシャル・スキル・トレーニング(SST)に取り組んでおり、当日は「自尊心を育む」ことがテーマでした。全8クラスが担任と副担任のティームティーチングで授業を実施し、指導主事からは「グループでしっかりと議論ができているところが良い。」との講評をいただきました。来年度は公開授業と研究協議を行う予定です。


 21日の放課後、茶道同好会の活動にお邪魔をしました。3年生の送別茶会という趣向でしたが、顧問の先生や講師の先生のお許しを得て、薄茶の平点前で亭主をさせていただきました。「和敬清寂」の軸が掛かる中、薄茶を点て、その後3年生の点てた薄茶をいただきながら、落ち着いたひと時を過ごしました。

 
 3年生の学年末考査が終了し、29日に予餞会が開催されました。生徒会役員が中心となり、ステージ・パフォーマンスや全ての部活動が参加したビデオメッセージ、高校生活の思い出あふれるビデオ上映を通して3年生への感謝の気持ちを伝えました。進路決定している3年生だけではなく、目前に受験を控えている3年生にとっても、心温まる励ましのメッセージになったようです。


 半年以上かけて行ってきた校舎外壁等の工事が先週完了しました。今朝も朝日に光り輝く校舎の南壁面で数羽のハトが並んで日を浴びていました。化粧直しの済んだ学び舎で、心新たに3学期の学びを充実させたいものです。


 令和2年1月
                             校長 渡 邉 範 夫

校長室だより【令和元年12月】

校長室だより【令和元年12月】

 冬至も過ぎ、一日ごとに日が長くなりつつあり、なんとなく明るく楽しい気持ちになります。23日(月)に2学期の終業式を終え、生徒たちは年末年始休業に入りました。校舎外壁等工事の足場撤去作業が進み、校舎壁面の校章も半年ぶりに姿を現しました。仮囲いや仮設事務所の撤去も進んでおり、来月に予定されている竣工までもうすぐです。

 12月17日(火)午前、2021年1月実施の大学入学共通テストで予定されていた記述式問題の導入を見送ることを文部科学大臣が発表しました。「受験生の不安を払拭し、安心して受験できる体制を早急に整えることは現時点において困難」とのことです。大学入試英語成績提供システムの導入見送りと併せ、約1年後の本番に向けて準備している高校2年生は大きな影響を被ることになりました。大学入学共通テストは、予見の困難な時代の中で新たな価値を創造していく力を育てることを目指した「高大接続改革」の一環として、学力の三要素(知識・技能、思考力・判断力・表現力、主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度)を多面的・総合的に評価するための手段として導入することになっていたことを踏まえ、実現可能な改善方策を検討してほしいと思います。
 
 14日(土)と15日(日)の二日間にわたり、四街道文化センター大ホールにおいて、令和元年度高射学校音楽祭が開催され、本校の吹奏楽部(ヨツブラ)も出演する機会を得ました。初日に会場を訪れましたが、ほぼ満席の中、陸上自衛隊下志津駐屯地の高射学校音楽隊の多彩な選曲による演奏と、下志津、習志野、木更津駐屯地の各太鼓部で編成された千葉防人太鼓の力強い演奏、そして沖縄出身や沖縄駐屯経験の隊員によるエイサー隊の発表がありました。四街道市立千代田中学校吹奏楽部と本校吹奏楽部のゲスト演奏が続き、最後は合同演奏するという充実した内容でした。ヨツブラの高校生らしい元気あふれるパフォーマンスによりとても良い地域貢献ができていました。
 
 23日(月)午後には、JRC同好会と有志によるクリスマスボランティアが市内の保育・介護複合施設で行われ、ハンドベルによる演奏やクリスマスカードづくり等を通じて施設利用者の皆さんとの交流を深めました。同施設で6月に行った七夕ボランティアと併せて継続的な活動ができており、ボランティア活動がしっかりと根付いている様子が見て取れました。

 12月までに推薦やAO入試、公務員や就職試験等で多くの進路決定者が出ています。千葉県立保健医療大学健康科学部や都留文科大学文学部への合格者も出ており、また、看護・医療系への合格者は昨年度末の数をすでに超えています。多様な進路希望に応じた対策の成果といえます。引き続き、年明けからのセンター試験をはじめとした一般入試でも、粘り強くあきらめない取組により大きな成果をあげてほしいものです。

 「改元と風水害の年」と記憶される亥年がもうすぐ年越しを向かえます。十二支の最初となる子年が、教育環境の一層の改善につながる年となるよう期待します。


 令和元年12月
                                                       校長 渡 邉 範 夫

校長室だより【令和元年11月】


校長室だより【令和元年11月】

 11月1日(金)午前、文部科学大臣から「大学入試英語成績提供システム」の導入見送りについての声明が出されました。英語民間試験を、経済的な状況や居住している地域にかかわらず、等しく安心して受けられるようにするためには、更なる時間が必要だと判断し、新学習指導要領が適用される令和6年度に実施する試験から導入する考えで、今後一年を目途に検討し結論を出すとのことです。予定されていた共通IDの発行申し込みは中止となりました。県内ではすでに一括して申し込んだ学校もあったそうですが、本校では申し込みを取りやめました。今後変更の可能性がある各大学の英語民間試験の活用方針に基づき、仮申し込みをした英語検定について生徒それぞれの対応や、学校として来年度の英語4技能検定への対応を考えていく必要があります。


 部活動の活躍を紹介します。ソフトテニス部は、新人戦で男女団体ともにベスト16入りを果たしました。レスリング部は、新人戦で学校対抗戦2位となり、個人戦では5階級6名がそれぞれ2位~4位となり、令和2年2月に茨城県水戸市で開催される関東大会出場を決めました。写真部では、令和2年度第44回全国高等学校総合文化祭(高知大会)の県代表10名中4名が本校から選出されました。また、令和元年度第26回関東地区高等学校写真展(茨城大会)の県代表20名の中に4名が選出されました。それぞれに素晴らしい成果をあげています。


 令和元年秋の甚大な風水害に耐え、復興しつつある県内外の状況を見聞きし、以前読んだ原田マハ著「たゆたえども沈まず」をまた手に取りました。たゆたえども沈まずとはフランスのパリのことをいい、パリの中心部を流れるセーヌ川は昔からなんども氾濫し、パリの街や住民を苦しめてきたけれども、住民たちが力を合わせてパリの街を再建してきたということからそういうのだと、この本で知りました。セーヌ川が流れている限り水害とは切っても切れない関係にある。それでも人々はパリを愛し続けた。いかに苦境に追い込まれようとも、たゆたいこそすれ、決して沈まない。そしてやがて立ち上がる。いまだ復興の途中にある被災地のことを思いながら、ゴッホ兄弟と日本人画商の交流の物語を再読しました。
 
 6月から続いている校舎の工事も外壁の塗装が始まり、塗料の香りの中での学校生活が続いていました。11月下旬から工事の足場の一部撤去作業も始まり、きれいになった外壁や交換されたサッシと窓ガラスがまぶしい光を放っています。年度内にはブロック塀の撤去工事や台風15号による倒木の撤去作業など専門業者が入る工事がまだ残されています。安全で快適な学習環境、労働環境を整えることは至極当然のことですが、時間と費用がかかることでもあります。着実に前進していきたいものです。


 令和元年11月
                             校長 渡 邉 範 夫

校長室だより【令和元年10月】

校長室だより【令和元年10月】

 10月3日(木)午後、日本海に抜けた台風18号が温帯低気圧に変わったものの、翌日まで強風の影響が心配されました。そして翌週12日(土)夜に、超大型の台風19号が伊豆半島に上陸し関東地方を通過しました。大雨特別警報が13都県に出され、長野県、福島県、宮城県等で河川の決壊や越水で広範囲にわたる浸水被害が発生しました。先月の台風15号の被害の復旧中であった県内でも、竜巻による死者があり、強風による家屋の損壊や停電や断水した地域も多くありました。更に、25日(金)には、集中豪雨のため3限終了後に放課したものの、JRの運転見合わせや道路冠水などのために帰宅困難になった生徒がセミナーハウスに泊まることになり、教職員でその対応にあたりました。5月に改元された令和元年は記録的な風水害の年として記憶されるのでしょうか。

 例年この時期にノーベル賞受賞者が発表されます。9日(水)、リチウムイオン電池開発の功績により、アメリカの学者2名と共に旭化成名誉フェロー吉野彰さんが化学賞受賞者として発表されました。リチウムイオン電池はモバイル端末や電気自動車の開発などを可能にし、情報化社会を実現して我々の生活環境を大きく変えました。すべての人々が例外なくお世話になっているものと思われます。善用に限られることを望みます。

 2学年の修学旅行が27日(日)から30日(水)までの3泊4日の日程で行われ、広島・神戸方面に同行してきました。第1日目は広島平和記念公園での平和学習に始まり、宮島に渡りました。第2日目は厳島神社を参拝し、クラス別見学で広島風お好み焼きを楽しみ、姫路城を見学して神戸に向かいました。第3日目は班別研修で、USJ、京都、宝塚と方面別に一日を満喫しました。最終日は、クラス別に保津川下りや海遊館の見学、そして道頓堀散策後、新大阪や京都から東京に戻りました。令和元年秋の修学旅行が、生徒たちにとって学び多く良き思い出に残るものとなるよう期待します。
 
 今年度も折り返しを過ぎました。1学年では24日(木)に進路ガイダンスの一環として職業理解ガイダンスを実施しました。28分野の中から希望する2分野を選び、外部講師の講座に参加してその分野の職業に対する理解を深める機会としました。2学年は、令和3年度大学入学者選抜における「大学入試英語成績提供システム」で必要となる共通IDの発行申し込みの手続きを開始しました。11月1日(金)以降、学校で一括して申し込みをします。3学年では推薦やAO入試のための推薦書や調査書の発行が本格的に始まりました。小論文や面接、学科試験に備え対策を講じているところです。秋の夜長を効果的に活用し、自身の着実な成長へとつなげてほしいものです。万聖節前夜が無事に明けますように。

 令和元年10月
                             校長 渡 邉 範 夫

校長室だより【令和元年9月】

校長室だより【令和元年9月】

 9月9日(月)は重陽の節句どころではありませんでした。未明に上陸した台風15号は県内に予想をはるかに超える損害をもたらしました。大規模な停電と断水を始め、住宅の損壊、道路被害などにより日常生活が破壊され、3週間たった今なお日常生活を取り戻せない方が多くいらっしゃいます。
 四街道高校では、ヒマラヤ杉や桜などが倒木、枝折れし、近隣の皆様にご迷惑をおかけしてしまいました。校舎の被害は軽度で済み、11日(水)からほぼ平常の授業を再開することができましたが、自然の猛威を前にして、危機に備えることの難しさをあらためて感じさせられました。
 9月14日(土)、陸上自衛隊下志津駐屯地において、新隊員特技課程及び一般陸曹候補生課程後期課程修了式が挙行され、来賓として出席しました。修了式での新隊員たちの一挙手一投足は、5か月余りに渡る訓練の成果を十分に物語るものでした。この3月の本校卒業生1名に加え、前任校の卒業生も1名おり、修了式後に話をすることができました。異年齢の同僚隊員との切磋琢磨と先輩隊員からの指導を今後も受け続け、更なる成長を期するとともに、若い隊員それぞれの前途を祝す思いで駐屯地を後にしました。
 9月20日(金)、秋晴れの中、えのき祭体育の部(体育祭)が開催されました。炎(赤)・風(青)・雷(黄)・山(緑)の4色に学年縦割りで分かれ、団体種目を中心に、色別・クラス別の団結力と体力の向上をめざしました。体育の部実行委員会・体育委員会の生徒たちが中心となり、放送委員会、保健委員会、そして部活動生徒たちがサポートしてくれました。今年度のテーマ「Show the Spirit~青春は戻らないらしい~」にふさわしく、勝負にかける真剣な顔や必死な顔はもちろんのこと、はち切れんばかりの笑顔や競技を楽しんでいる顔、声を限りに応援する姿などもたくさん見ることができました。青春を謳歌する四高生のSpiritを見せてもらった秋の一日でした。山(緑)組、昨年に引き続いての総合優勝おめでとう。
 9月中旬から部活動の新人戦地区大会が盛んに行われています。卓球部、ソフトテニス部、ソフトボール部から県大会出場の報告がありました。1、2年生の運動部員にとって充実した実りの秋になるよう期待しています。3年生の高校生活も残り半年となりました。センター試験や推薦入試等の出願も始まり、進路決定に向けて皆必死に取り組んでいるはずですが、進路決定は団体戦です。クラス全員が進路決定するまで、お互いに支え合う気持ちを忘れずにいたいものです。Show the Spirit!

 

 令和元年9月
                             校長 渡 邉 範 夫

校長室だより【令和元年8月】

校長室だより【令和元年8月】
 
 7月30日にようやく梅雨明けし、8月は夏らしい暑さとそれに続く過酷な残暑、そして日本各地を記録的な集中豪雨が襲いました。毎年のようにどこかで自然災害による大きな被害が出ています。気象予報や防災対策等に関する情報収集は、個人でも容易にできるようになっており、獲得した情報をもとに自分の命は自分で守ることが大切と1学期終業式で生徒たちに話しました。

 梅雨明け直後の7月31日と8月1日、中学3年生と保護者を対象とした学校説明会を四街道市文化センター大ホールで開催しました。説明会後は学校見学と部活動体験・見学会を希望に応じて行いました。二日間で中学生1331名、保護者480名に参加していただきました。暑い中の参加に深く感謝いたします。

 夏休み中の部活動等についていくつか紹介します。吹奏楽部が千葉県吹奏楽コンクールA部門で銀賞を受賞し、ダンス部が千葉市中央公園で開催されたFUNKY FRESH FACTORYで優勝しました。演劇部と合唱部は市内の介護老人保健施設を訪問し利用者との交流をしました。野球部は下志津病院筋ジストロフィー病棟を訪問し、部活動や将来の夢について患者さんからの質問に答えたり、野球道具に実際に触れてもらったりしながら患者さんと交流しました。レスリング部は全国高校生グレコローマン選手権大会に出場し、60kg級で3位となりました。どの部活動でも練習試合や様々な大会に出場し、鍛える夏になったようです。

 この夏に読んだ本を紹介します。
◎「古代ローマの生活」樋脇博敏(角川ソフィア文庫)
 3世紀後半のローマ男性の平均寿命は22.8歳、女性は25.0歳という研究結果に驚きました。0歳児の死亡率が男女とも30%超えているとのこと。
◎「日本人のこころの言葉 千利休」熊倉功夫(創元社)
 あたり前のことをするのが難しいことや、掃除はやりすぎない、やり尽くさず仕残すことなど、茶の湯を通じて身に着ける心の在り方を学びました。
◎「英国名門校の流儀」松原直美(新潮新書)
 ロンドン郊外のハーロウ校という男子全寮制のパブリック・スクール(私立中高一貫校)で勤務した著者の体験に基づき、一流の人材をどう育てているかという視点で書かれています。「文武」に加えて「芸」も重視されるなど興味深い内容でした。
Whiteout   Ken Follett(PENGUIN BOOKS)
A PLACE CALLED FREEDOM   Ken Follett(THE RANDOM HOUSE)
 大好きな作家の作品を2冊読みました。素晴らしいストーリーテラーで、ページをめくる手が止まらず、十分に堪能しました。

 令和初の夏休みがもうすぐ終わります。すべての生徒と教職員がそれぞれの場所で、充実した時を過ごすことができたと信じます。

 令和元年8月
                              校長 渡 邉 範 夫
 

校長室だより【令和元年7月】


校長だより【令和元年7月】

 6月7日から1か月半の梅雨空が続き、梅雨明けの見込みが立たないまま7月19日の終業式をむかえました。終業式では、「賢い消費者になろう」と「若者の投票率を上げよう」という2つの話をしました。蒸し暑い中でしたが、生徒たちはプロジェクターから投影されるスライド画面を見ながら、よく話を聞いてくれました。
 1学期は全校生徒の約67%となる649名が皆勤でした。実に3人に2人が1学期皆勤者です。3年生では、入学以来今学期末までの皆勤者が109名おり、学年の33.5%を占めています。3割の生徒が3か年皆勤となれば素晴らしい成果と言えるでしょう。ぜひ成し遂げてほしいものです。
 終業式に先立ち、レスリング部と写真部の壮行会が行われました。堺市で開催される全国高校生グレコローマンスタイルレスリング選手権大会(8月17日~19日)に出場するレスリング部の4名と、嬉野市で開催される全国高等学校総合文化祭佐賀大会(7月28日~30日)に出場する写真部の4名に全校でエールを送りました。全国を舞台にしても、持てる力をぜひ発揮してほしいと思います。
 7月10日に開会式を行った夏の高校野球千葉大会に、四高野球部はCシード校として出場しました。7月15日の2回戦では、東葉高校さんとの競り合いに4対5とサヨナラで勝利することができましたが、18日の3回戦では、船橋東高校さんの打力の前に5対3での敗退となり、4回戦進出はかないませんでした。野球部員たちの、明るくひた向きにプレイする爽やかな姿が印象に残りました。そして、いずれの試合でも、吹奏楽部とダンス部、生徒会の応援生徒、引率の先生方、そして保護者の皆様のお陰で、統率のとれた素晴らしい応援ができました。私も応援席でメガホンを叩きながら応援に参加し、学校外での生徒たちの活躍を見る素敵な機会に恵まれました。
 校舎改修工事が始まり1か月になりました。夏休み中の補習や部活動は仮囲いが設置され騒音のある環境で行われています。この夏の各種大会やコンクールでの好成績をめざし、1、2年生は部活動に励んでいます。3年生は進路決定に向け、受験勉強はもちろん、面接や小論文対策にも全力で挑んでいます。最後まであきらめない、粘り強い取り組みで、充実した夏の成果を期待します。
 
 令和元年7月
                                       校長 渡 邉 範 夫

校長室だより【令和元年6月】


校長室だより【令和元年6月】

 暑かった5月に比べると、水の月である6月は、7日に梅雨入りし、蒸し暑さや降水量などは平年並みのようでした。
 6月は四高にとって充実した時となりました。年間最大の校内行事の一つである「えのき祭 文化の部(文化祭)」が21日~22日に開催されました。校舎改修工事のために例年の9月開催から今月開催に変更されたことから、準備が間に合うかどうか心配されたものの、一般公開の22日には2千人を超える来場者を迎えた中、四高生の能力を十分に発揮した内容となったと思います。投票による優秀団体の表彰では、クラス企画の優秀賞が1D(プラネタリウム)と3E(皿うどん販売)に、部活動部門の優秀賞が吹奏楽部(時をかけるヨツブラ)と料理研究部(COOK CAFE)に、そして、全部門にわたる最優秀賞がダンス部(This is me)に決まりました。どの団体も投票結果にふさわしい、創意工夫と専門性が発揮された素晴らしい内容でした。特別賞として校長賞を合唱部(Green Harmony Concert 2019)に授与しました。命や平和の大切さをメッセージとして込めた多様な合唱曲を、クオリティ高く80分間にわたり披露してくれました。令和=beautiful harmony元年にふさわしい内容でもありました。
 6月の部活動の活躍を紹介します。吹奏楽部が第32回定期演奏会を四街道市文化センター大ホールで開催し、ダンス部は日本ダンス大会に出場、写真部は、「写真甲子園2019」南関東ブロック審査会に出場しました。書道部では、第54回高野山競書大会で、見事に高野山管長賞、審査委員長賞、高野山書道協会賞、推薦という四つもの賞を受けました。11万点を超える応募作品から選ばれたもので、素晴らしい成果といえます。また、JRCと有志による市内にある保育・介護複合施設での七夕ボランティアも大好評でした。
 運動部では、総体県予選に多くの部が出場しました。インターハイ出場はなりませんでしたが、ソフトテニス男子団体、バレーボール男・女、ソフトボールで県ベスト16の成績を残し、弓道では女子団体3位、女子個人6位となりました。レスリング部は学校対抗戦2位、個人3階級で2位の成果を上げました。
 24日から校舎改修工事が始まり、仮囲いが設置された環境での学校生活となりました。そして今、期末考査1週間前となり、生徒たちは学業に集中する時期に入りました。3年生にとっては、この1学期の成績が進路決定に向けて重要なウエイトを占めます。校内では公務員希望者への模擬試験も行われ、確実に進路決定までのカウントダウンが始まっています。試験日本番まで、一日でも長く充実した準備ができることを期待しています。
 
 令和元年6月
                              校長 渡 邉 範 夫

校長室だより【令和元年5月】

校長室だより【令和元年5月】

 緑がまぶしい季節となりました。5月にしては記録的な暑さとなった日もあり、教室の空調も6月を待たずに稼働させています。
 平成から令和への改元にともなう10連休が終了し、あっという間に5月22日から中間考査が実施されました。考査を終えて、生徒たちは今、6月21日、22日に開催される「えのき祭文化の部」(文化祭)への準備を本格的に始めたところです。校舎の工事のため今年は6月開催となり、例年の9月開催に比べると準備期間は短くなりますが、このような時こそ四高生の能力を発揮する絶好の機会ではないかと期待しています。
 運動部活動では、レスリング部が関東大会に出場を決めました。フリースタイル3名、グレコローマン3名の計6名です。6月1日、2日に行われる関東大会での活躍を期待しています。また、8月に開催される全国高校生グレコローマンスタイルレスリング選手権大会に4名が出場することになっており、こちらの活躍も楽しみです。
 文化部活動では、吹奏楽部が「春の交通安全運動」での演奏による参加協力をし、演劇部が「電話de詐欺被害防止キャンペーン」に寸劇等で参加協力することで、両部が四街道警察署長様から感謝状をいただきました。また、写真部は「写真甲子園2019」南関東ブロック審査会に進出しました。6月16日の公開審査会でのプレゼンに期待しています。
 「平成最後の・・・」という表現が消え、「令和初の・・・」という表現が様々なところで使われています。3年生にとっては、「高校生活最後の・・・」という場面がこれから出てきます。3年間の高校生活の締めくくりとして、文武兼備に全力を尽くしてほしいと願います。

 令和元年5月
                               校長 渡 邉 範 夫

校長室だより【平成31年4月】

ホームページをご覧いただきありがとうございます。

 

今年度、千葉県立四街道高等学校19代校長として着任いたしました。

前校長が掲げた「文武兼備」を引継ぎ、各教科を中心とした学習にあたる「文」と、部活動や同好会活動、学校行事、生徒会活動、ボランティア、地域貢献などにあたる「武」のどちらか一方に偏ることなく、興味・関心を貪欲に追い求める生徒たちを応援します。

今年度も、習熟度別や少人数での授業、振り返りを大切にした授業等により学力向上を図り、通年実施する進学補習、外部講師による充実した進路ガイダンス等により、生徒の多様な進路決定を実現してまいります。また、多くの部活動が県内外にその活躍の場を広げており、粘り強く最後まであきらめずにやり抜く力を発揮しています。

地域の小・中・特別支援学校との連携や地域イベント等への参加協力により、生徒の多様な能力を開花させ、地域に信頼される学校づくりに励んでまいります。

平成から令和へと変わる節目の年、高大接続改革や新学習指導要領への対応をしつつ、生徒たちの充実した高校生活を実現させるための学校経営を関係の皆様のご理解とご支援をいただきながら進めてまいります。どうぞよろしくお願いします。

 

平成31年4月

  校長 渡 邉 範 夫

 

校長室だより【3月(その2)】

「幻の校歌二番と東京オリンピック聖火リレー」
                      平成31年3月30日  校長 外山 信司

 高校入試が終わり、3年生を送り出したと思ったら、アッという間に平成30年度も残すところ二日となってしまいました。
 さて、今さら言うまでもありませんが、四街道高校の校歌の一番は「下志津原の空澄て」と始まって「郷土の誇りよ」で終わり、二番は「筑波嶺蒼く富士白く」と始まって「心のふるさと」で終わります。これが四高(よつこう)の校歌すべてだと思っていたのですが、先日、ある職員と昭和41年(1966年)に出された、四高の創立15周年記念誌『十五年のあゆみ』を見ていたところ、ビックリしてしまいました。
 実は、「筑波嶺蒼く」で始まる今の二番は、もともと三番だったということを発見したのです。つまり、「下志津原の空澄て」の後に、別の二番があったのです。その幻の二番の歌詞は次のとおりです。

  榎の若葉  みどり濃く  不屈の気魄(きはく)  わきたつ力
  働くわれら  もろともに  はげめば胸に  血はたぎる
    四街道高等学校   生命(いのち)の泉よ

 そして、この次が「筑波嶺蒼く」で始まる三番だったのです。
 なぜ、この「榎の若葉 みどり濃く」で始まる二番が廃止されてしまったのでしょうか?
 残念ながらその理由はわかりません。しかし、校歌が作られた昭和41年、今から53年前の頃、四高は昼間に授業をする定時制、つまり昼間定時制(ちゅうかんていじせい)の学校で、卒業まで4年かかりました。まだ日本は豊かではなく、若者は働きながら学ぶことが求められていたのです。農業に携わる生徒も多く、田植えと稲刈りの時期には、「農繁休業」といって、農作業をするために学校が休みになったそうです。もちろん、工場や商店、事務所などで働いている生徒もたくさんいました。
 ところが、高度成長期に入って日本が豊かになってくると、学生は勉強に専念することが求められ、四高も昭和47年(1972年)には、今のように3年間で卒業する全日制の高校となったのです。
 以下は、あくまでも私の想像ですが、全日制になった時に、当時の二番にあった「働くわれら もろともに」という歌詞が、全日制の高校にふさわしくないということになり、二番を廃止し、三番を二番にしたのではないでしょうか?しかし、幻の二番の歌詞もとても素晴らしいと思います。今度、合唱部の皆さんに、ぜひ幻の二番を入れたかたちで復活版を披露してほしいと思います。

 ところで、来年、東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。しかし、55年前の昭和39年(1964年)に、一回目の東京でオリンピックがありました。
 その一回目の東京でオリンピックの聖火リレーを四高生が走っていたのです。このことも『十五年のあゆみ』に写真入りで出ており、これにもビックリしました。当時の記録を調べてみると、聖火は北海道を出発し、青森、岩手、宮城、福島、茨城を経て千葉に入りました。四高生は、昭和39年10月6日、佐倉市付近から千葉市まで国道51線をリレーしました。写真には、胸に日の丸と五輪のオリンピックのマークの入った白のランニングシャツと短パンを着た男子6名と、同じデザインのTシャツと短パンの女子6名が写っています。
 聖火は千葉市の県庁で一泊し、翌10月7日に出発して東京に到着し、10月10日の開会式で代々木の国立競技場の聖火台に灯されたのです。このような隠されたエピソードを知ると、来年の二回目の東京オリンピックがさらに待ち遠しくなるのではないでしょうか。

 以上、古い話ばかりしたので、「そんなの関係ない」と言われそうですが、人間は、今だけで存在しているのではありません。過去があって現在があり、未来があるのであって、過去と現在と未来は連続しているのです。過去を大切にすることが現在を大切にすることであり、未来を切り開くことになるはずです。
 今回で、私が担当する「校長室だより」は最終回です。御覧いただいた方々には心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

校長室だより【3月】「大人の生き方-卒業生へ-」

「大人の生き方-卒業生へ-」
                      平成31年3月7日 校長 外山 信司

 梅の花が満開を過ぎ、桜の開花も待ち遠しく、いつの間にか春となっていました。
 ところで、春をなぜハルというのでしょうか?ハルの語源としてよく知られているのが、「草木の芽がふくらみ、張るから」という説です。また、ある国語学者は、「晴れる」という意味の古い言葉「晴る」が語源ではないかと言っています。暗く寒い冬が去って、太陽の光が力を増して暖かくなり、すべてのものが晴れやかに開けるときを、いにしえの日本人は「ハル」と呼んだのです。「晴る」「晴れる」の本来の意味は、雲や霧が消えて青空が見える状態のことです。「気が晴れる」というのは、気掛かりなことや嫌なことがなくなって、心がすっきりと開けた状態のことです。「遥か」は遠くまで見渡せることです。
 このように考えると、卒業を迎えた三年生の皆さんは、まさにこれからグングンと成長していく草木の芽であり、輝かしい将来に向かって人生が晴れやかに開ける瞬間を迎えたのです。

 さて、作家の伊集院静さんの本に「大人の流儀」というシリーズがあります。八作目となる最新刊は、『誰かを幸せにするために』というタイトルが付けられています。海の事故で亡くした弟さん、病気で若くして亡くなった、妻で女優の夏目雅子さんのことも感動的ですが、他にも人生について深く考えさせられることが詰まった本です。
 伊集院さんは、この本の冒頭に「人は誰でも自分のことが可愛い。/それはごく当たり前のことで、そうでなければ、自分を大切にしたり、向上心というものもなくなってしまうだろう。」と書いています。
 私たち教職員も、皆さんが四街道高校で、まずは「自分を大切にする」ことを基礎に据えて、三年間を過ごすことを願いました。高校生活は大人になるための「充電期間」であり、「自分を大切にする」ことが将来を切り開くことになるからです。そして、自分を大切にできない人、つまり自分を粗末にする人が、家族や友達、クラスや部活動の仲間、さらに四高(よつこう)を大切にできるはずがないからです。
 伊集院さんは、日本のプロ野球で活躍し、アメリカのメジャーリーグ、ニューヨーク・ヤンキーズでも大活躍した「ゴジラ」こと松井秀喜さんと親しいのですが、この本で松井さんから聞いたエピソードを紹介しています。
  「中学三年の最後の試合が夏に終わって、僕は部室に置いていた野球道具を取りに行った  んです。部室を出ようとすると、誰もいないはずのグラウンドにぽつんと人影が見えたん  です。あれっ、誰だ ?何をしているんだ? とよくよく見ると、コーチが一人でグラウ  ンド整備をしているんです。炎天下で一人っきりです。そうか、コーチは毎年、こうして  たんだ、と思うと黙ってお辞儀をして帰りました。」
 これに対して伊集院さんは、次のように述べています。
  「世の中は、目に映らない場所で、誰かが誰かのためにひたむきに何かをしているものだ。  /目を少し大きく見開けば、そんなことであふれている。今は目に見えずとも、のちにそ  れを知り、感謝することもあるのだろう。己のしあわせだけのために生きるのは卑しいと  私は思う。/己以外の誰か、何かをゆたかにしたいと願うのが大人の生き方ではないか。」

 皆さんは今日、四高(よつこう)を巣立ち、職場や上級学校という新たなステージに立ちます。法律上の成人は二年後ですが、既に選挙権も持った皆さんは立派な「大人」と言ってよいでしょう。そこで「大人の流儀」を紹介することにしたのです。
 現代の社会では、ことあるごとに「勝ち組」とか「負け組」とか、人間にレッテルを貼って、分断しようとする風潮があります。しかし、皆さんは、これから自分の置かれたそれぞれの場所や立場で、ベストを尽くすとともに、ぜひ大人の生き方をしてください。
 自分に忠実に精一杯生きることが、己以外の誰か、何かをゆたかにすることにつながるのです。『誰かを幸せにするために』には、そのようなメッセージが込められています。

校長室だより【2月】「電車通学のこと」

「電車通学のこと」
                平成31年2月25日 校長 外山 信司

 本校の生徒のうち、四街道市内や隣接地域の生徒を除く、約3分の2が電車を使って通学しています。最寄り駅は、いうまでもなくJR四街道駅で、本校は駅から徒歩約12分という好立地にあります。しかも、千葉から四街道駅までの所要時間は10分という便利さで、四街道市がベッドタウンとして発展してきたのも当然です。
 さらに、四街道駅には、銚子・成東・八街方面から来る総武本線の電車、佐原・成田・酒々井方面から来る成田線の電車に加え、成田空港と東京都心を結ぶ快速電車も停車するので、広い範囲から生徒が通学しています。千葉駅で乗り換えて外房線の土気、上り方面では市川から通学する生徒もいます。このような遠距離通学が可能になったのも、電車のスピードアップや本数の増加といった利便性向上のおかげでしょう。
 先日、親の家で片付けをしていたところ、「国鉄線 四街道➡120円区間」と記された切符が出てきました。もちろん自動販売機で発券されたものではなく、硬券という厚いボール紙製の切符です。昭和55年4月17日という日付が入っているので、今から39年も前のものであることがわかりました。これを見て、昔の総武本線・成田線のことを思い出したので、昭和の頃の交通事情を紹介したいと思います。
 私は昭和49年(1974)に高校へ入学しました。定期券を持ち、入学祝に買ってもらった腕時計をして、高校生になったことを実感しました。その当時、千葉~佐倉間は複線化されており、千葉~成田間だけが電化され、都賀駅は開業していました(いずれも昭和43年(1968)の出来事です)。千葉~成田間は電車が走っていましたが、成田線の成田から先と総武本線の列車は電車ではありませんでした(架線がないので電車は走れません)。
 したがって、四街道駅に発着する列車の多くは気動車でした。気動車とは軽油を燃料とするディーゼルエンジンを載せた車両で、ディーゼルカーとも呼ばれます。(千葉県内で今も気動車が走っているのは、JR久留里線・いすみ鉄道・小湊鉄道だけです。)気動車はあまり長い編成ができなかったようで、朝夕のラッシュ時は佐倉機関区のディーゼル機関車が10両ほどの客車を引っ張って走っていました。気動車や客車列車はスピードが遅く、今の倍くらい時間がかかりました。佐倉駅では駅弁が売っていましたが、ゆっくり食べても千葉駅までに食べ終わるくらいのんびりしていました。
 ところが、高校入学の年の10月26日に総武本線と成田線の全線が電化され、すべてが電車となったのです。スピードアップされ、本数も多くなって、格段に便利になりました。そして、昭和53年(1978)には成田空港が開港し、その3年後には津田沼~千葉間の複々線化が完了し、成田と東京駅を直通で結ぶ快速が頻繁に走るようになりました。また、横須賀線と総武快速線との直通運転も開始され、品川・横浜方面へも乗り換えなしで行けるようになりました。
 本校が分校から独立したのが昭和41年、全日制に移行したのが昭和46年、現在地に今の八角形の校舎を建てて移転したのが昭和49年、普通科単独校となったのが昭和54年という歩みをみるとき、四街道高校の発展と隆盛は、総武本線の近代化や利便性向上と密接に関係しているように思います。軍郷であった四街道が交通便利な住宅地となり、それと軌を一にして地域の期待を集め、四街道市をはじめとする地元の皆様の絶大な支援を受けて、本校は存在感を高めていったのです。
 四街道という地の利を生かし、さらに地域に貢献するとともに地域と連携した学校をつくっていくことが本校に求められているとを切に感じています。
 ちなみに四街道駅は、総武本線が私鉄の総武鉄道として開通した明治27年(1894)、つまり125年前に「四ツ街道駅」として開通しています。個人的には0番線という不思議なホームがあるのが気になっています。

校長室だより【1月】「成人について」

「成人について」
                 平成31年1月31日 校長 外山 信司
 四街道市の「新成人のつどい(成人式)」が、去る1月13日(日)に開催されました。招待いただいたので、四街道高校卒業生への祝福の気持ちを表すため、参列しました。酒を飲んだり、騒いで式を妨害したりして「荒れる成人式」と言われる所もありましたが、四街道では平穏に式典が行われ、その後にはお笑いグループによるアトラクションや中学校区ごとの懇談会もありました。テレビには他県の様子として、今年の干支のイノシシを頭に乗せた奇抜な髪型やド派手な服装をした若者たちが映っていましたが、四街道では男子はスーツ、女子は振袖がほとんでした(一部に羽織・袴の男子もいましたが)。
 現在の日本では、20歳になると全員が成人となります。しかし、成人年齢の引き下げが議論され、既に18歳選挙権が実現しています。昨年には、成人年齢を18歳に引き下げる改正民法が国会で成立し、2022年4月1日から施行されます。そうなれば、高校3年生で成人を迎えることになります。
 一方で、飲酒や喫煙などの年齢制限は20歳のままです。また、18歳で成人となれば、課題を抱えた青少年がいきなり大人として扱われることになり、保護という観点からは問題が大きいという議論もあります。
 なお、18歳で成人式となれば、高校の制服で参加することができ、スーツや振袖を着る必要もなくなります。個人的には制服がよいと思いますが、晴れ着を着たいという女子(着せたいという親御さん)もいることでしょう。和服業界にとっては大ピンチです。もっとも成人式は法律で決められたものではなく、各地方自治体が開催しているので、18歳のところや20歳のところがあってもよいのかもしれません。
 現代では、成人年齢は法律で定められていますが、前近代ではそうではなく、様々な儀式や風習を行うことによって成人が認められていました。これらを「通過儀礼(イニシエーション)」と言います。
 例えば、スリリングな「バンジージャンプ」は、もともと南太平洋の島国バヌアツ共和国のペンテコスト島の成人儀礼「ナゴール(ランドダイビング)」が起源です。高さ数十メートルのやぐらから、足首にツタなどの蔓を結び付けて飛び降り、その恐怖に打ち勝った若者だけが、成人として認められるのです。
 日本でも、貝塚などから発掘された縄文人の骨をみると、大人は上・下の門歯や下の犬歯を抜いていたことがわかります。虫歯にもなっていない健康な歯を、もちろん麻酔もなしに抜くのですから、とても痛かったはずです。その激しい痛みに耐え抜くことができて大人として認められる訳です。
 ですから、縄文時代であれば、門歯や犬歯がない人は成年、まだある人は未成年と、見た瞬間に大人と子供の区別がつきます。江戸時代まで、大人と子供は髪型や服装がはっきりと区別されていました。元服のことを加冠というように、中世以前では男子は冠や烏帽子をかぶりました。江戸時代には、男子は髷を結い、女子は子供の時はおかっぱ頭でしたが、大人になると髪を伸ばし、日本髪を結ってお歯黒をつけました。
 また、成人すると名前も変えました。子供の時は童名(どうみょう)・幼名(ようみょう)でしたが、元服すると実名(じつみょう)という大人の名前になります。牛若丸➡義経、竹千代➡家光といった具合です。
 このように、昔はきちんと大人と子供が区別されていましたが、今はその境界線はあいまいです。髪型・服装や名前といった「かたち」はともかく、精神面で大人と子供の区別ができていなければ困ります。心が大人になっていなければ、どんなに体格がよくてもまだ子供です。本校の校訓の一つは「自律」ですが、自分で自分を律することができるのが大人です。
 あと1か月余で本校を巣立っていく3年生たちには、真の意味で大人となって羽ばたいてほしいと願っています。 


 

校長室だより【12月】「働き者と怠け者」

「働き者と怠け者」
                  平成30年12月25日 校長 外山 信司
 すっかり寒くなったので、校庭でも「アリ」を見ることがなくなりました。アリとは春から秋にかけてぞろぞろ列を作って食べ物を一生懸命巣に運んでいる、黒い小さな昆虫のことです。
 『イソップ童話』に「アリとキリギリス」という、有名な話があります。アリは一生懸命働きますが、キリギリスは働かずに遊んでいる「怠け者」です。「働きアリ」という言葉があるように、アリは「働き者」の代名詞とされています。
 ところが、アリにも「怠け者」がいるらしいのです。ハチやアリは人間と同じように集団、社会といってもよいのですが、集団で生きています。その集団の中から「働き者」だけを取り出すと、どうなるでしょうか。
 全員が「働き者」なので働きまくるはずですが、その中から新たに「怠け者」が出てくるというのです。反対に「怠け者」だけを取り出すと、どうなるでしょうか。全員が「怠け者」なので怠けまくるはずですが、「怠け者」が働くようになるというのです。
 「へえ~」と思った人も多いでしょうが、実は、これは1980年代、今から40年ほど前に広まったもので、科学的な根拠がまったくなく、証明されていない、「都市伝説」のような話だったのです。
 そこで、この話が本当かどうか確かめてやろうと考えた昆虫学者がいました。北海道大学農学研究院准教授の 長谷川 英祐(えいすけ)先生です。長谷川先生は、野外で捕まえた女王アリ1匹と働きアリ150匹の集団を8つ作り、働きアリ1匹ずつにマーカーで色を付けて区別し、動きを観察しました。
 次に、「働き者」を選び出して「働き者」だけの集団を作り、一方で「怠け者」だけを選び出して「怠け者」の集団を作りました。そしてそれぞれの集団の観察を続けました。その結果、「働き者」の中から「怠け者」が出現し、「怠け者」の中から「働き者」が出現することが確かめられたのです。つまり「都市伝説」が成り立つことが証明されたのです。しかも、「働きアリ」の2割、20%が実は「怠け者」であることがわかったのです(『働かないアリに意義がある』メディアファクトリー新書)。
 この長谷川先生の研究を聞いて、どう思うでしょうか。「こんな研究をしてヒマだなあ…」と思った人も多いのではないでしょうか。しかし実際は正反対で、長谷川先生たちは1日7時間から8時間に及ぶ観察を2か月以上続け、あまりの過酷さに血尿まで出るほどの過労に陥ったそうです。
 私は、この研究を知って、「本当かどうか確かめてやろう」、また「根拠があるか確かめてやろう」という、すさまじい知的好奇心と、それを本当にやってしまうという粘り強さ、実行力に深く感動しました。学問に対する情熱というか、学者魂をひしひしと感じました。
 先日の新聞に、イギリスのリンダ・グラットンさんが来日したという大きな記事が出ていました。以前も取り上げましたが、彼女は「人生100年時代」を迎え、現在の小学校5・6年生の50%が100歳以上生きるということを明らかにして衝撃を与えた人です。グラットンさんはインタビューの中で、子どもや若者に対して「何をやりたくないかを主張するだけでなく、何をやりたいかを説明できるといい。」と言っていました(12月19日『朝日』)。
 若い人は、何かにつけて「やりたくない」という思いが先に出ることが多いと思います。実行する前に「無駄だ」と思うことも多いでしょう。しかし、このようなネガティブでマイナスの発想ではなく、アリの研究に挑んだ長谷川先生のように「何をやりたい」という、ポジティブかつプラスの発想で、新学期を送ってほしいと切に願っています。

校長室だより【11月】三つのポリシー

「三つのポリシー」
               平成30年11月30日 校長 外山 信司
 大学の推薦入試の時期です。推薦と言っても、指定校推薦だけでなく、公募推薦、一般推薦、自己推薦など、さまざまな種類があり、各大学ともこれらを複数実施し、出願の基準や試験内容も異なっているので、大変複雑なシステムとなっています。大学からは結果が続々と送られてきており、三年生にとってはドキドキな時期です。
 さて、推薦にせよ、一般受験にせよ、大学進学を希望する生徒がまず目にするのは、大学の入学案内の冊子やホームページ(HP)です。それを見ると「アドミッション・ポリシー」というものが必ず載っています。志願者はまずこれを熟読しなければなりません。
 「アドミッション・ポリシー」とは、「入学者受け入れの方針」のことです。簡単に言えば、各大学・学部・学科が、「こんな学生を入学させます」「こんな学生に来てほしい」という宣言です。逆に言えば、これに合わない学生はお引き取りくださいということになります。受験生たる者、このように大学からの大切なメッセージをしっかり受け止めた上で受験に臨まなければ、勝算はありません。
 また、「カリキュラム・ポリシー」も掲載されています。これは「教育課程編成・実施の方針」のことです。「入学した生徒をどのように育てていくのか」という教育方針や教育内容が説明されているものです。
 さらに、「ディプロマ・ポリシー」も出ています。これは「学位授与の方針」です。大学は卒業時に学士の学位が与えられるので、このように呼ばれていますが、簡単に言えば「このような力を持った学生を社会に送り出します」という公約です。逆に言えば、このような力の無い者は卒業させませんということになります。
 現在、日本のすべての大学は、この「アドミッション・ポリシー」「カリキュラム・ポリシー」「ディプロマ・ポリシー」を定めています。しかも、この三つの方針はバラバラに存在しているのではなく、「このような生徒を入学させ➡このように教育し➡このような力を持って社会に送り出す」という一体のものです。大学改革のなかで、各大学はこの三つの方針を定め、大学としての在り方を示しているのです。

 以上、大学の話をしてきましたが、四街道高校もまったく同じだと思うのです。
 平成33年度の高校入試(現在の中学校1年生)から、前期選抜・後期選抜がなくなり一本化されます。この入学者選抜の改革に伴って、四街道高校はどのような生徒を迎え入れるかをはっきりさせなければいけません。これが「アドミッション・ポリシー」です。
 そして、新学習指導要領を受けて、どのような教育課程を編成し、入試を突破して入学した生徒に対して、どのような教科・科目を用意し、どのような授業を行い、どのように育てていくかを定めなければなりません。これが「カリキュラム・ポリシー」です。
 最後に、生徒の進路希望・自己実現をどれだけ叶えることができたかが問われます。四街道高校での三年間の学びの結果としての進路実績ということになります。これが「ディプロマ・ポリシー」です。
 このように考えると、四街道高校も三つのポリシーを明確にすることで、今後の在り方を決めていかなければならないのです。お蔭さまで、本校は地域社会や中学校から一定の評価をいただいています。しかし、これに甘んじることなく、よりよい学校にしていかなければなりません。教職員も議論を深めていきますが、皆様からも御意見をお寄せいただければ幸いです。

校長室だより【10月】 日本人の英語学習の歩み

「日本人の英語学習の歩み」
                平成30年10月31日 校長 外山 信司

 先月に引き続き、日本人の英語学習について振り返ってみたいと思います。なお、私見に基づいた、きわめて大雑把な流れであることを御了解ください。
 英語に出会った幕末期の日本人は、福沢諭吉や津田仙のように、蘭学をとおして習得していたオランダ語を媒介に英語を学んでいきました。英語「第一世代」である福沢諭吉・津田仙の二人は、幕府の遣米使節一行に通訳として加えられ、太平洋を渡ってアメリカに行っています。さらに、イギリスやアメリカに留学生を派遣して、英米の文化や先進的な技術とともにナマの英語を学ぼうという気運も生じてきました。
 明治4年(1871)、5人の少女が横浜を離れ、アメリカに留学しました。最年長の上田悌は16歳、最年少の津田梅子はわずか6歳11か月でした。因みに梅子は津田仙の次女です。今年は明治維新150年ですが、女子留学生全員は、幕臣や戊辰戦争で幕府側に属した藩の武士の子女でした。会津藩士の娘であった山川捨松(後に大山巌の妻となり、「鹿鳴館の花」として知られています)が代表的です。11年にわたる留学を終えて帰国した時、梅子は日本語が不自由だったそうですが、英語習得に悪戦苦闘した父親に対して、留学でナマの英語を身に付けた娘は、まさに英語「第二世代」と言えるでしょう。
 一方、明治政府は英米やヨーロッパ各国から教師を招き、官立の学校で教育に当たらせました。いわゆる「お雇い外国人」です。大学などの学校で、彼らは当然ながら英語などの外国語で授業を行っていました。生徒たちも自然に高い語学力が身に付き、札幌農学校(北海道大学の前身)でクラーク博士に教わっていた内村鑑三たちの英語力は、アメリカの大学生並みであったそうです。また、欧米から派遣された宣教師が設立したミッションスクールでは、外国人教師による英語教育が盛んでした。『赤毛のアン』を翻訳した村岡花子は、カナダ系の東洋英和女学校で英語を学びましたが、留学経験はなく、海外に行ったのは晩年に一回だけでした。意志と努力があれば、国内にいても高い英語力を身に付けられようになったのです。彼らは「第三世代」に当たります。
 やがて、留学していた日本人が帰国し、教壇に立つようになります。これによって「お雇い外国人」は不要になりました。東京帝国大学の英文科では、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)に代わって、ロンドン留学を終えた夏目漱石が教鞭を執ることになったのです。ハーンから漱石への交代は、英語教育が外国人教師から日本人教師の手に移ったことを象徴する出来事と言えましょう。こうして、訳解と文法を中心とする日本の英語教育が始まります。この「学校英語」の時代を「第四世代」と呼ぶこととします。
 しかし、太平洋戦争が始まると、敵国となった英米の言語である英語は「敵性語」とされます。学校での英語教育が削減されていき、ついには英語の授業はなくなってしまいました。一般社会でも英語の使用が禁止され、野球でもストライクは「よし」、ボールは「だめ」と言い換えさせられました(やがて野球自体も禁止されますが…)。この英語暗黒の時代が「第五世代」です。
 終戦、アメリカ軍の進駐によってと英語ブームが起こり、ラジオの英会話番組が大ヒットしたりしました。しかし、学校では依然として、訳読と文法を中心とする英語教育が続いていきました。戦後復興から高度成長期において、「学校英語」はコミュニケーションのツールとしてよりも、学歴社会の進展とともに上級学校への進学の手段(試験で良い点を取ることが目標)となっていたように思います。学歴社会の下で「受験英語」としての色彩を強めていった時代を「第六世代」としましょう。私はこの世代に属します。
 そして、現在は英語の「四技能」が叫ばれていますが、なかでも「話す」「書く」といったアウトプットする力が重視されています。本校でも11月には1年生を対象に、四技能の力を判定する外部試験を実施することになりました。今の生徒たちが「第七世代」であることは間違いありません。
 これからの英語の授業はどのようになっていくのか、興味は尽きません。

校長室だより【9月】スピーチコンテストに際して

「スピーチコンテストに際して」                       
                                                                 平成30年9月28日 校長 外山 信司              
 去る9月26日に本校セミナーハウスを会場に、印旛地区スピーチコンテストが開催され、印旛地区の公立・私立の高校と特別支援学校から多くの生徒が参加しました。リーディング、レシテーション、スピーチの各部門で、日頃の練習成果を発揮したハイレベルな戦いとなり、ネイティブスピーカーを含む先生方による慎重な審査の結果、僅差で県大会へ出場する代表が選ばれました。
 私も発表を聞きましたが、発音の良さ、堂々とした態度、充実した内容など、どの生徒も素晴らしく、まばゆいばかりでした。怪しげなカタカナ英語ですら話せない我が身と比べると、アウトプットを重視した英語教育の急速な充実を実感した次第です。
(最近の大学では、日本語禁止で英語しか使ってはいけない「イングリッシュハウス」や「イングリッシュカフェ」などが設けられていますが、当日は司会・進行などオールイングリッシュで、セミナーハウスがそのような場所になったという錯覚に陥りました。)
 日本人が最初に出会ったイギリス人といえば、徳川家康に仕えて活躍したウイリアム・アダムスが思い浮かびますが、彼と当時の日本人がどのように会話していたのかはわかりません。三浦半島に領地をもらって三浦按針(あんじん)という日本名を名乗り、日本女性を妻としたことを考えると、彼の方が日本語を使っていたのかもしれません。
 幕末を迎えると、心ある人々の中に英語を学ぼうという気運が生まれます。長崎のオランダ通詞(通訳)であった堀達之助もその一人です。ペリー艦隊の来航を知っていた幕府は、達之助を事前に浦賀(横須賀市)に派遣していました。達之助は旗艦サスケハナ号に向かって「アイ キャン スピーク ダッチ」と英語で声を掛けましたが、実際の外交交渉はオランダ語で行われました。「日米和親条約」の付録には「エケレス語・日本語に取りしたため、名判致し、是を蘭語に翻訳して、其の書面合衆国と日本全権双方取り替わすものなり」とあります。日本側の英語力が十分でなく、アメリカ側も日本語ができない以上、蘭学を通して日本人になじみのあったオランダ語を基準とするのは当然なことでしよう。しかし、後に達之助は日本最初の英和辞典『英和対訳袖珍(しゅうちん)辞書』を編纂するほど、英語の理解を深めています。
 英語を学ぼうとする日本人は、オランダ語はできるので、蘭英辞書や英蘭辞書を使って勉強を始めます。当時、既に英語は世界言語となっていましたが、横浜に行って英語の看板さえ読めないことにショックを受けた福沢諭吉は、「英文の書を蘭語に翻訳してみて、英文に慣れることばかり心掛けていました」と回想しています(『福翁自伝』)。
 こうしてオランダ語を通して英語の読解はできるようになりましたが、ネックは発音でした。日本には英語のネイティブスピーカーはいなかったのですから当然でしょう。佐倉藩士であった津田仙(最初の女子留学生で、津田塾大学を作った津田梅子の父)は、whiteをオランダ語流に「ウヒイツテ」と読んでいたそうです。また、オランダ語はドイツ語と同じくすべてのスペルを発音するので、アメリカ総領事ハリスの通訳であったヒュースケンから英語を学んだ伊藤貫斎に入門し、初めて「英語には発音しない文字がある」ことを知って驚いたそうです(「洋学の伝来」下)。
 今、英語の四技能が強調され、アウトプットする力の強化が叫ばれ、読解を中心としてきた日本の英語教育が大きな転機を迎えています。堀達之助や福沢諭吉、津田仙たちが今回のスピーチコンテストを聞いたらどう感じるのか、そんなことを思いました。

校長室だより【8月】「読解力」

「読解力」
平成30年8月24日    校長 外山 信司
 
 ある企業の方から「新入社員がメールが書けなくて困る」という話を聞き、私は「嘘だろ?」と思いました。高校時代からスマートフォンに慣れ親しみ、「ラインだ」「インスタ映えだ」などとSNSを駆使して(浸かって)いる若者たちが、メールを書けないなどということはあり得ないと思っていたからです。
 詳しく聞いてみると、メールといっても取引先や上司に連絡や報告をするような、業務上のものだそうです。確かに今どきの若者、つまり私達が毎日接している高校生達がSNSで使っている言葉を見ると、驚愕してしまいます。「り」は「了解」、「フロリダ」はなんと「風呂に入るからSNSを一時離脱する」という意味なのだそうです。還暦を迎えた私のような人間にはもはや理解不能ですが、これでは文章にしたメールは書けるはずがないと納得してしまいました。
 文章が書けないということは、頭の中で組み立てができないということです。論理を立て、筋道を追って考えることができないから書けないのです。つまり、思考力が不足しているということです。このような人が効率的に仕事ができないのは当然でしょう。
 では、文章を書けるようにするためには、どうしたらよいのでしょうか。もちろん最小限のテクニックは必要です。昔、文学者を志す若者は、「小説の神様」と呼ばれ、名文家として知られる志賀直哉の作品を丸写しして勉強したという話を聞いたことがあります。しかし、技術だけで書けるかといえば、そうではありません。
 文章を書ける、つまり言語で表現できるためには読解力が必要です。文章をきちんと読んだり、話す内容をきちんと聞き取って理解しなくては、自分の頭の中で考えを組み立てることはできません。読む力(聞く力も含めて)が思考力の前提となるのです。
 このように考えてくると、表現力・思考力・読解力が三位一体であることがわかります。
 ところで、新井紀子さんの『AI VS.教科書を読めない子どもたち』(東洋経済新報社、2018年)という本が話題になっています。著者は数学者で国立情報学研究所の教授ですが、東大合格を目指した人工知能「東ロボくん」のプロジェクトで有名です。たくさんの課題を含んだ衝撃的な本ですが、今回は読解力についてのみ触れたいと思います。この本にある例を一つ紹介します。
 今はやりのコンピュータの音声認識応答システムに「この近くのおいしいイタリア料理店は」と訊ねた後に、「この近くのイタリア料理以外のレストランは」と訊ねてみると、先ほどと同じような店を推薦するというのです。
 このようなことが起きるのは、AIには「以外の」「のうち」といった種類の言葉がわからず、イタリア料理という単語だけを読んでいるからです。
 ところが、中学生や高校生の多くがキーワードを拾っていくだけの読み方、つまりAIのような読み方をしており、その結果、日本の高校生のほぼ半分が「教科書を読めない」状況になっているのです。その原因は、ドリルと暗記だけの学習、穴埋めのようなプリント学習や、「当てようと」するような勉強にあると指摘しています。
 先日、現行の「大学入試センター試験」に代わる「大学入学共通テスト」の試行調査(プレテスト)の問題分析に参加しました。国語・数学・英語の3教科に共通してまず感じたことは、内容や質以前のこととして、「問題文が長い」ということです。「センター試験」も「時間が足りない」と言いますが、その比ではありません。このように複雑で長い問題文を読みこなし、解答していくためには、相当な読解力が求められます。そして、その上で思考し、表現力を発揮して記述式問題を解くことになります。
 プレテストの問題を見て、多くの受験生が正解どころか、問題文の最後まで読むことができない(途中であきらめる)のではないかと思いました。ドリルと暗記、穴埋めだけの学習だけでは絶対に対応できるはずがありません。
 近年、コミュニケーション力、プレゼン力、表現力など、アウトプットする能力が重要視されていますが、その前提となる読解力こそが重要であると痛感しています。

校長室だより【7月】「AI時代の教育の役割」

「AI時代の教育の役割」」  平成30年7月25日   校長 外山 信司

 AI(人工知能)の発達によって人間の仕事が奪われるという研究が続々と発表され、世間に衝撃を与えています。オックスフォード大学のオズボーン准教授は、10~20年後にはアメリカの仕事の47%が機械(AIやロボットなど)に取って代わられると予測しています。さらに、現在ある仕事の多くをコンピュータが行うようになり、将来10人中9人までが今と違う仕事をしているだろうと述べるIT企業のトップもいます。確かに将棋や囲碁ではAIがプロを負かすようになりました。24時間・365日、食事や睡眠・休憩もいらず、プログラムどおり正確に動き続ける機械と比べれば、人間の勝ち目はなさそうです。
 しかし、人間の仕事は絶対になくなりません。では、「機械ができない仕事」=「人間が行う価値のある仕事」=「将来も残る職業」とはどんな仕事でしょうか?
 人間には感情がありますが、AIやロボットにはありません。頑張っている人を見た時の感動、誰かのためになりたいという気持ち、相手と心が通じ合った時のうれしさなどは人間だけのもので、AIは蓄積された過去の膨大なデータを分析して判断しているだけです。人間の成長や医療に関わる仕事、人の心を動かす仕事は、機械に取って代わられることはないでしょう。
 このように考えると、そんなに悲観的になる必要はないと思います。AIはプロの棋士に勝つことはできますが、野球の夏の大会で味わった悔し涙を糧に頑張ることはできません。「文武兼備」の人間は、困難を自力で乗り越え、自分の将来をたくましく切り拓き、人間を育てたり、共感して寄り添ったり、新しい価値を創り出すことができます。
 AI時代になっても教育や学校の役割は無くなるどころか、ますます重要になってくるはずです。生徒同士、生徒と教員、教員同士、生徒と地域住民、教員と地域住民といった人間と人間との触れ合い、様々なネットワーク、そしてこれらを通して生徒たちに、バーチャルではない実際のイキイキとした体験を多くさせていくことが求められます。
 幸いにして四街道市は、小学校12校、中学校5校、高校4校、特別支援学校2校というコンパクトなまちです。昨年四街道高校に着任し、学校を含む地域のコミュニティが健在であることを日々実感しています。「わくわくコンサート」のように、高校が小学校と連携するのは珍しいことです。各公民館で実施される「よつてら」は、大学生や高校生が寺子屋のように小学生の学習支援を行う取組で、全国的にも高く評価されています。本校の「生活産業基礎」という授業では、社会福祉協議会・保育園・福祉施設等の方を外部講師としてお招きするなど、地域の教育力を活用した教育が行われています。また、千葉盲学校・四街道特別支援学校との貴重な交流は、他の地域では絶対にできないことです。
 四街道高校もこのようなネットワークの一員として、今以上に地域へ貢献できる学校にしたいと考えています。それが本校の生徒だけでなく四街道の子どもたちの成長につながるとすれば、こんなにうれしいことはありません。
 最後になりましたが、この度の高校野球西千葉大会では、保護者・卒業生、さらに地域の皆様には熱い応援をいただき、誠にありがとうございました。この場をお借りしてお礼申し上げます。野球部のみならず、引き続き本校への御支援をお願いいたします。

創立記念日は独立記念日(Independence Day)

 本日は四街道高校の創立記念日です。生徒たちには、本校の歩みを振り返り、本校で学びかけがえのない青春の一時期を過ごした先輩たちの思いを知り、本校生であることに誇りを持ってほしいと思っています。
 本校は、昭和26年(1951)に千葉県立佐倉第二高等学校(現在の佐倉東高校)の「千代田分校」として産声を上げました。今から68年前のことです。
 その頃は四街道市はまだなく、千代田町と旭村でしたが、当時の町長をはじめとする千代田町の人々は、太平洋戦争直後の荒廃と混乱の中で、向学心を失わず、意欲ある青少年の強い声を受けて、施設・設備などを県に提供して本校が開設されたのです。しかし、独自の校舎はなく、野戦重砲兵第4連隊の旧兵舎を利用していた千代田中学校(敬愛高校の場所にあった)の一部を間借りしてのスタートで、第1回の入学生はわずか29名でした。当時は、経済的にも大変厳しく、若者も食べるために働かなければならない時代だったので、働きながら学ぶ定時制の学校でした。卒業までは4か年が必要でしたが、他の定時制が夜間であったのに対して、昼間に授業を行う昼間定時制(ちゅうかんていじせい)でした。農業に従事する生徒も多く、春と秋には1か月程度の農繁休業日がありました。そして、昭和36年(1961)に旭中学校が千代田中学校と統合され、四街道中学校となると、本校は和良比にあった旧旭中学校の校舎(現在の四和小学校の地)に移転しました。
 この頃から地域の住民たちは「四街道に独立高校を」と熱望し、県知事をはじめ各方面に陳情を重ね、署名も集めました。その成果が実り、晴れて「四街道高等学校」として独立・昇格したのが、昭和41年(1966)でした。エノキの葉をデザインした校章、校歌や校旗も制定され、6月28日には「独立記念祝賀式典」が挙行されました。
 そこで、本校はこの日をもって創立記念日としています。つまり、厳密に言えば、6月28日は本校が創立されたのではなく、独立記念日(Independence Day)ということになります。当時の2年生の女子生徒は、次のように書いています。
 「君、何処の学校」と聞かれると、なんとなく分校という言葉が言いづらかった。でも独立した以上もう分校名はいらない。四街道高等学校。まだ慣れない言葉だ。でも、もう少したつと、スーッと言えるようになると思う。そうなると、胸のえのきのバッヂが美しく輝くと思う。(『十五年のあゆみ』より)
 当時、普通科の昼間定時制で独立校は、全国でただ一校でした。校歌の一節に「四街道高等学校 郷土の誇りよ」とうたわれていますが、まさにそのとおりだったのです。
 そして、昭和46年(1971)には全日制に移行し(普通科と商業科、修業年限は3年)、さらに昭和49年(1973)には海上自衛隊四街道送信所(戦前は陸軍野戦砲兵18連隊・教導連隊)の跡地である現在地に、ユニークな八角形の校舎を新築し、移転しました。
(ちなみに軍用地であった名残は、駐輪場と中央公園の間、南門に向かう右側に「防衛庁」と記されたコンクリートの標柱だけです。)
 この移転にあたっても四街道市や千葉市などの住民の絶大な支援がありました。こうして現在の隆盛の基礎が定まったのです。昭和54年(1979)には普通科のみとなりました。
 創立記念日にあたり、その意義をぜひ再確認し、生徒ひとりひとりが「文武兼備」を実践し、充実した高校生活を送ることを切に望んでいます。

                                    6月28日 創立記念日にあたって

※ 本校の歩みについては、海老沼宏始氏の論文「定時制分校昼間課程に関する一考察~四街道分校を例として~」(『市史研究誌 四街道の歴史』12号、平成30年3月発行)を参照ください。

校長室だより【5月】「辺境生物」

「辺境生物」         
            平成30年5月15日 校長 外山 信司
 「新緑の候」という5月の時候のあいさつのとおり木々の青葉が目に鮮やかです。本校の校章の由来となったエノキをはじめ、クスノキ、ヒマラヤスギなどの大木に囲まれた環境で日々を送っていると、人間も自然の一部であることが実感されます。
 しかし、人間は「地球上で一番偉い」とか「地球の支配者である」と思っている人も多くいます。私達は、人間こそ進化における「最終勝利者」だと思い込んでいます。
 このような「常識」を木っ端みじんに打ち砕いてくれる本が、長沼毅氏の『辺境生物はすごい! 人生で大切なことは、すべて彼らから教わった』(幻冬舎新書)です。長沼氏は「科学界のインディー・ジョーンズ」と呼ばれ、南極や北極、深海、砂漠など、人間から見たら「過酷な環境」、つまり「辺境」で生きる生物を研究している「辺境生物学者」です。北極から帰った翌日に富士山に登るというように、まさにインディー・ジョーンズ顔負けの冒険野郎でもあります。
 しかし、長沼氏に言わせれば、「辺境を知ることは、生命の限界を知ること」で、「生命の強さや神秘を知ること」に他ならないのです。そして「辺境生物が、生きる意味を教えてくれた」というのです。第一章に登場するチューブワームという謎の深海生物についての記述を読めば、長沼氏の言いたいことはすぐにわかるでしょう。
 チューブワームは海底火山の周辺にある熱水噴出孔に生息しています。白い筒(チューブ)の先に赤い花のような物が付いた形をしており、口も消化管も肛門もないので、動物なのにエサを食べません。太陽の光が届かない深海にいるので、植物のように光合成もできません。では、エサも食べず、光合成もしないのにどうやって栄養を得ているのか?
 チューブワームは、体内にイオウ酸化細菌を共生させています。この細菌は、海底火山から噴出する火山ガス(硫化水素)を燃やしてエネルギーを取り出し、それを光の代わりに使って、二酸化炭素から自分とチューブワームのための栄養を作り出しているのです。つまり、細菌に「暗黒の光合成」をさせることで生きているのです。
 このようなチューブワームは奇妙で特殊な生物と思われていましたが、深海の火山周辺のどこにでもいることがわかってきました。地球全体では陸より海の方が圧倒的に広く、深海の面積も相当に上るので、チューブワームは「地球全体から見れば、少しも珍しくない「ふつう」の生き物」だったのです。
 しかもエサや養分の少ない環境では、「ライフサイクルの遅い生き物のほうが生き残りやすい」のです。南極の海底には1,500年以上生きる海綿動物がいたり、チューブワームには250年以上生きるものがあって、究極なスローライフを送っています。長沼氏は「自然界は「弱肉強食「早い者勝ち」ばかりではない。自分のペースでゆっくり生きることが「ふつう」な世界もある」と書いています。
 人間も生物のひとつである以上、「生きる」ということの本質からは逃れられません。生物学という看板を掲げていますが、人生に思いを馳せる興味深い本です。生きることの意味について悩んでいる人にぜひお勧めします。きっと気が楽になるはずです。

校長室だより【4月】文武兼備

「文武兼備」    
              平成30年4月10日  校長 外山 信司

 平成最後となる平成30年度がスタートしました。
 始業式では新2年生・新3年生に、そして入学式ではピッカピカの1年生に、学年のはじめにあたり「文武兼備」という言葉を贈りました。
 この「文武兼備」という言葉は、古代中国に「漢」という王朝がありましたが、その歴史を記した『漢書』という書物で用いられた言葉です。
 同じような意味の言葉として「文武両道」「文武不岐」があります。これらの意味は、「学問・武芸を兼ね備える。文武両道に達する。文武を兼ね修めて、一方に偏り他を捨てることをしない。」ということです。ちなみに「文武不岐」は、幕末の水戸藩主で「烈公」と称された徳川斉昭(なりあき)が「弘道館記」の中で用いた言葉です。
 なお、「文武両道」をスローガンに掲げる学校は多くありますが、「文武兼備」はこれよりさらに高い境地を示すようです。
 「文」とは、教科の学習を中心とする勉学の部分です。学力と言ってもよいでしょう。「武」とは、現代の高校では、運動部に限らず文化系も含む部活動、学校行事、生徒会活動、学級活動、ボランティアなどの教科以外の活動となります。
 高校入試や外部試験などのデータによると、本校生の学力は近年急速に上昇しています。3月に卒業した先輩たちの進路実績も、内容の面で目を見張るものがありました。本校生徒の使命は、毎日の授業を大切にして、家庭学習に取り組み、さらに学力を向上させ、進路希望を実現することです。
 もちろん、部活動をはじめとする「武」の部分は、困難を乗り越える力を育て、人間関係の重要性を学び、仲間と切磋琢磨しつつ力を合わせて頑張ることを経験し、「生きる力」を育むために絶対に必要です。
 「二兎を追うものは一兎も得ず」という諺がありますが、今後、本校は「文」と「武」の「二兎」を追うことが求められます。生徒たちはそれだけの力を十分に持っています。生徒たちには「ぜひ二兎を追え」と励ましました。教職員には「ぜひ生徒たちに二兎を追わせてください」と言いました。
 「文」と「武」は対立するものではありません。部活動に打ち込むのは素晴らしいことですが、たとえ全国大会に出場しても学生の本分である勉強が疎かになっては本末転倒です。しかし、勉強ばかりしていて人間性が育っていなければ、どんな難関大学に合格しても社会では役立ちません。本校ではひとりひとりの生徒に「文」と「武」の両面で貪欲に頑張らせたいと思っています。
 『平家物語』に「あっぱれ、文武二道の達者かな」と称えられた人物が出てきますが、まずは3年生・2年生が「文」と「武」の二つの道を兼ね備えたあっぱれな青年となり、新入生は先輩たちを見ならって、後に続いてほしいものです。
 四街道高校は「文武兼備」を掲げ、さらに活気のある、地域に根差した学校として発展していきたいと思います。御理解と御支援をお願いいたします。

校長室だより【3月】弥生・マーチ

「弥生・マーチ」      平成30年3月23日  校長 外山 信司
 時の経つのは早いもので3月も終わろうとしています。校内の桜の開花も間近のようです。
 3月の日本の古い異称は「弥生」(やよい)です。手許の古語辞典で「弥生」(いやおひ)を引いてみると、「草木が盛んに生い茂ること」と出ていました。「弥」(いや)とは「いよいよ、ますます」という意味です。「いよいよ栄える」という意味の「弥栄」(いやさか)はよく使われます。「生ふ」(おふ)は現代語の「生える」と同じで「育つ・成長する」という意味です。
 こう考えてくると、「弥生」(やよい)は「草木いや生ひ茂る月」という意味であることがよくわかります。寒気が和らぎ、暖かな日差しと春の雨を受けて、植物が冬の間に密かに蓄えていた生命力を現して成長を始め、芽吹き花を咲かせるのが3月という訳です。平安時代後期の歌人藤原清輔(ふじわらのきよすけ 1104~77、百人一首にも歌が入っています)は、弥生の語源について歌論書に「風雨改まりて、草木いよいよ生ふるゆゑにいやおひ月といふを誤れり」と書いているそうです(『奥義抄』)。
 もう一つ、「弥生」と言えば「弥生式土器」や「弥生時代」が思い浮かびます。これは、東京都文京区の東京大学農学部や工学部のある弥生町の遺跡から、縄文式土器とは違う種類の土器が出土したことによります。ちなみに、千葉市にも西千葉駅の近くに弥生町があります。東京大学工学部の研究所があるので、このような町名になりました。
 ところで、英語で3月はMarch(マーチ)です。英和辞典で引いてみると、大文字で始まると月の名ですが、小文字で始まるmarchは「【動詞】行進する、着々と進む【名詞】行進、歩調、行進曲、進歩、発展」といった意味が出ています。もちろん両者の語源は同じで、ローマの軍神・農耕神Mars(マールス)です。
 マールス(英語よみではマーズ)は勇敢な戦士で、戦に強いのは当然ですが、青年の理想像として慕われていました。武勇、男性の象徴とされ、男・オスを表す「♂」は、本来はマールスを表す記号でした。惑星では火星のことです。
 古代ローマの暦は1月ではなく3月から始まったそうですが、気候が良くなった新年最初の月に軍隊を動かし、軍事行動を起こすことが多かったので、軍神Marsを称える月でMarchとなったとのことです。行進曲など、marchが軍隊と縁が深いのも当然でしょう。春を迎えた3月は農業を始める時期とも重なるので、農耕神としての性格も持ったのです。
 「弥生」にしても「マーチ」にしても、春を迎えて新たな生活に踏み出し、新たな自分を目指して進んで行くのにふさわしい月の名前だと思います。明日からは春休みとなります。部活で忙しい人もいるかと思いますが、それでも普段よりは自分と向き合う時間が取れるでしょう。ぜひ平成29年度をしっかり振り返り、至らぬところ、足りなかったところは謙虚に反省し、新年度を迎えてください。4月6日に2年生、3年生となって「頑張るぞ」という気概に溢れた皆さんにお会いできることを楽しみにしています。
 本日の終業式で四街道高校の平成29年度の教育活動が終わります。この1年間を通じて、本校の教育が保護者や地域の皆様に支えられていることを実感した日々でした。誠にありがとうございました。この場をお借りして、感謝申し上げます。

校長室だより【2月】人生100年の時代に

「人生100年の時代に」       平成30年2月26日  校長 外山 信司
                                       
 「節分」も過ぎて久しく、暦の上ではもう春というものの、厳しい寒さが続いています。「節分」は春の行事と思われていますが、本来は文字どおり「季節の分かれ目」という意味です。立夏・立秋・立冬の前の日のことも言ったのですが、いつの間にか立春の前日のことだけになってしまいました。
 節分の行事といえば、「豆まき」を思い浮かべます。年齢の数だけ豆を食べると長生きすると言われていますが、59個も食べられません…。
 さて、日本の平均寿命は延び続け、世界でも有数の長寿国になりました。「高齢化社会」の到来が現実のものとなっています。
 織田信長が、桶狭間の合戦の前、清州城(現愛知県清須市)で「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」と幸若舞(こうわかまい)「敦盛」の一節を謡い舞って出陣したというエピソード(『信長公記』)は、あまりに有名です。日本では長く人間の寿命は50年と意識されていました。70歳を「古稀」と言いますが、まさに「古来稀なり」というわけでした。
 しかし、イギリスの世界的学者リンダ・グラットンとアンドリュー・スコットの著書『ライフシフト 100年時代の人生戦略』(日本語訳は池村千秋、東洋経済新報社刊)が大きな話題となっています。この本によれば、約100年前に生れた人が100歳まで生きる確率は1%に過ぎませんでしたが、2007年に日本で生まれた子供(現在の小学校5・6年生)の50%が107歳まで生きるそうです。2000年前後に生れている今の高校生でも40%くらいが100歳まで生きるでしょうから、四街道高校の生徒のうち400人弱が100歳の人生を送ると思われます。信長もビックリですね。
 人の一生を1日に例えて午前0時0分に生れたとすると、平均寿命が50歳の時代であれば、18歳は午前8時38分に相当します。ちょうど朝のホームルームの最中で、「今日もこれから頑張ろう」と気合の入っている時間帯です。しかし、100歳の人生であれば、18歳は午前4時19分、まだ夜明け前です。短大や専門学校を卒業し、成人式を迎える20歳でも午前4時48分、大学を卒業する22歳でも午前5時17分でしかありません。
 こう考えると、高校卒業は人生のほんのスタートラインでしかないことがよくわかると思います。卒業というとゴールのイメージがありますが、新たな人生のスタートに他ならないのです。キャリア教育の重要性が叫ばれていますが、大学等の上級学校や有名企業に入れば良いというだけではありません。また、「学校を卒業すれば勉強しなくてよい」のではなく、生涯にわたって学び続けることが求められます。100歳生きることを前提に、人生を設計していかなければなりません。目の前の目標はもちろん大切です。しかし、長期的な視野も併せ持って、生き方を真剣に考えてほしいと思っています。

校長室だより【1月】お年玉

「お年玉」             平成30年1月9日  校長 外山 信司
 お正月とは元日から7日までです。この期間は門松を飾るので、「松の内」とも言います。今年は始業式が9日なので、既に「松の内」を過ぎているのですが、年頭にちなんだ話をします。
 お正月といえば、世の子どもたちにとって大きな楽しみは「お年玉」ではないでしょうか。高校生でもかなりの大金を手にした人もいるはずです。高校を卒業して就職する人は、来年からは弟・妹や親戚の子どもたちに「お年玉」をあげる番になります。
 ところで、「お年玉」は、なぜ「お年玉」と言うのでしょうか。もちろん「お」は丁寧を表す接頭語なので、これを取れば「年玉」となります。
 古来、日本では正月、元旦を迎えると、1年間の日常生活にまみれて気持ちが緩み、世俗になれた人々をリフレッシュさせ、幸せを運んでくださる神様が家々にやって来ると信じられていました。その神様を「年神様」と言います。「年神様」の訪れによってみんなが幸福になるので、正月の挨拶は喜びと祝福を意味する「おめでとう」なのです。
 正月には、門松を立てたり、注連縄(しめなわ)を飾ったりしますが、これは年神様に「この家に来てください」と知らせる目印なのです。目印がないと、神様も気付かずに通り過ぎてしまうかもしれません。また、鏡餅をお供えしますが、これは年神様が宿るものです。このように神が宿るものを「依り代」と言います。神はかたちがないので、特定の物の姿を借りて存在を示すのです。
 このように考えてくると、「お年玉」の意味もわかってくると思います。つまり、「お年玉」とは、「年神様」の「玉」、すなわち「魂」のことです。
 つまり、「お年玉」とは、幸せをもたらす「年神様」の魂を分けていただいたものという意味です。ですから、「お年玉」をもらった子どもたちが、みなニコッとして喜ぶのは当然でしょう。
 なお、「玉」とは丸い物のことですから、四角いお札ではなく、丸いお金、硬貨をもらう方が本来の在り方に近いと言えます。お餅も鏡餅のように元々は丸かったのですが、江戸時代になって四角い伸し餅が広まったのです。
 人間の気持ちを新たにしてくださる「年神様」の魂を分けていただいた子どもや若者たちは、新年を迎えると「今年の目標」を立てたり、「今年は○○を頑張ろう」といった決心をしたりして、気持ちを新たにします。
 四街道高校の生徒たちも、新鮮な気持ちで自分としての目標や誓いを立てたことでしょう。その思いを大切にして、平成最後の年になるであろう平成30年を過ごしてほしいと願っています。

校長室だより【12月】終業式と冬至

「終業式と冬至」        平成29年12月22日 校長 外山 信司

 修学旅行などの様々な行事があり、新人戦をはじめとする部活動、2回の定期試験など、何かと慌ただしかった2学期が終わり、いよいよ冬休みです。残暑のなか、たくさんの来校者で賑わった「えのき祭 文化の部」、長縄跳びやムカデ競走、応援合戦などで盛り上がった「体育の部」が、昨日のことのように思われます。
 ところで、本日(12月22日)は終業式ですが、「冬至」でもあります。
 いうまでもなく、「冬至」は一年間でもっとも昼間の時間が短くなる日(つまり、夜がいちばん長くなる日)です。夏には7時頃まで明るかったのに、本日の日没は16時32分で、5時前にはすっかり真っ暗です。つまり、太陽のパワーがもっとも衰える日が「冬至」です。
 日本では、「冬至」にカボチャを食べたり、お風呂に柚子を入れたりします。そうすると「風邪を引かない」とされています。これも力の弱くなった太陽とともに衰えた人間の体力に、栄養やビタミンを補給しようという昔の人の知恵でしょう。
 ところで、3日後の12月25日は「クリスマス」ですが、これも「冬至」と深い関係があると考えられます。
 古代ローマ人は太陽を信仰していました。コンスタンティヌス帝は、321年に毎週の休日を「太陽の日」と定めました。これがSun dayの語源です。このように太陽を信仰していた古代ローマでは、「冬至」に贈り物をしたり、みんなで御馳走を食べたりしたそうです。
 また、ヨーロッパの北部に住んでいたゲルマン人も「冬至」の祭りを行っていました。モミの木のクリスマス・ツリーを飾るというのは、どう見ても森林地帯の広がる北ヨーロッパの風習です。16世紀頃にドイツで始まり、世界中に広まったようです。キリストのいたエルサレムなどの中東地域は乾燥地帯で、モミの木はあるはずがありません。「冬至」でも緑の葉を保つ常緑樹は生命力のシンボルです。
 こうして古代ローマやゲルマン人の「冬至」の祭りと一緒になって、ローマ時代の4世紀になってクリスマスは12月25日に定まったそうです。
 このように日本でもヨーロッパでも、「冬至」の日を大切にしてきました。「冬至」の次の日、つまり明日からは一日ごとに日照時間が長くなります。衰えていた太陽の力も蘇り、気温も少しずつ上がっていきます。太陽の光を浴びて生命の力もどんどん増し、草木も太陽の恵みを受けて芽を出し、やがて春を迎えます。
 生徒たちには、それぞれの目標に向かって冬休みを有意義に過ごし、健康と安全に留意して、新学期にはさらにパワーアップした姿で、元気いっぱいに登校することを願っています。
 特に、AOや推薦入試ではなく、一般受験で進学を目指す3年生たちは、将来を切り開き、自己実現のための大きな試練である大学入試センター試験や各学校の入試が目前に迫っています。クリスマスや正月どころではなく、勉強に打ち込んでいることでしょう。「春」に向かって頑張ってください。心から応援しています。

校長室だより【11月】面倒くさい

「面倒くさい」       平成29年11月20日  校長 外山 信司

 先週、二年生対象の進路ガイダンスで講師としてお見えになった先生が、「面倒くさいと思った瞬間に、思考が止まる、行動が止まる」とおっしゃっていました。まさにそのとおりだと思い、そのお話が生徒たちの心に突き刺さることを願いました。
 人間誰しも「面倒くさい」と思うことがあるはずです。もちろん私も毎日のように思います。わが身を顧みても、「面倒くさい」と思った瞬間に、思考回路はガクッと運転を止め、思考停止状態になります。思考が止まるのですから、行動できるはずはありません。「頑張ろう」などという気持ちはたちまちに雲散霧消し、やる気nothing。勉強だって仕事だって進みません。「面倒くさい」は、一瞬にしてやる気を失わせ、人間の成長をストップさせる悪魔のささやきです。
 ところで、「面倒くさい」という言葉の由来は何でしょうか?「面倒」の意味を『日本国語大辞典』で調べてみると、次のように出ています。
 ①体裁が悪いこと。見苦しいこと。 ②するのがわずらわしいこと。わずらわしく感ぜ られること。くどくてうるさいこと。 ③世話
 このうち、私たちが普通使うのは②の意味です。そこから派生して③の意味が出たのでしょう。「後輩の面倒を見る」のは、先輩にとって「わずらわしい」ことですから。
 次に「面倒」の語源を調べてみると、「褒める」「感心する」といった意味の古い動詞「めづ(愛づ)」 「めでる(愛でる)」から来ているという説がありました。このように元々は称賛や感謝を表す言葉でしたが、他人を褒めたり感謝するときに素直になれず、「恥ずかしい」「決まりが悪い」というような思いを持ってしまうことがあります。また、立派な人に比べて、自分を「見苦しい」と感じることもあるでしょう。①の意味はこうして発生したと思われます。このようなマイナスに感じる感情が心にブレーキをかけて「わずらわしい」という意味に変わっていったと考えられます。
 なお、「面倒」は日本で作られた漢字の熟語で、中国では使われません。漢和辞典を引くと、メード・イン・ジャパンを表す「国字」として出ています。
 次に「くさい」ですが、これは「鼻に不快なにおいを感じる」という意味の「臭い」ではなく、他の言葉に付いて「そのような傾向がある。そんな風に思える」といった意味を添える接尾語です。「陰気くさい」「教師くさい口ぶり」などといった使い方です。
 「面倒」とよく似た言葉に「厄介」があります。「厄介」は、複雑で難しくても手間ひまをかければ解決するような、客観的な面が強いときに使われます。これに対して「面倒」は、気分としてわずらわしいという、主観的な面が強いときに使われます。「ご飯を炊くのが面倒だから外食する。」とは言いますが、「ご飯を炊くのが厄介だから外食する。」とは言いませんね。「やりたくない」「サボりたい」という主観的な気持ちがあるとき、「部活は面倒くさい」といいます。
 日本には古来、「言霊(ことだま)」信仰があります。言葉には魂が宿っており、不吉な言葉を発すれば不幸が来て、佳き言葉を使えば幸せが訪れるという考えです。結婚式で「別れる」「切れる」と言ってはいけないというのはこのためです。
 自戒の気持ちを込めて、「面倒くさい」という悪魔のささやきを口にしてはいけないと感じました。多くの可能性を秘めた、前途洋々たる生徒諸君は、なおさらですよ。

校長室だより【10月】芸術を究める若者たち

芸術を究める若者たち    平成29年10月31日  校長 外山 信司

 暦の上では晩秋ですが、二週連続の台風が過ぎて爽やかな秋晴れの空が広がり、ようやく秋本番といった感じです。秋と言えば、「食欲の秋」「読書の秋」など、さまざまな過ごし方があるなかで、各地の美術館で開かれている特別展や魅力あるコンサートに象徴されるように「芸術の秋」でもあります。今回は「芸術の秋」にちなんで芸術大学の話をしたいと思います。
 芸術を志す者にとっての最高峰、憧れの学び舎は東京藝術大学、略して「藝大」です。受験界で最難関とされる東京大学理科三類の志願倍率は4.8倍(平成27年度)。これに対して藝大美術学部絵画科の倍率は17.9倍。80人の入学枠を1,500人が争うという超激戦で、倍率は藝大全部で平均しても7.5倍ということですから、志願倍率で言えば東大よりはるかに難関ということになります。
 藝大もれっきとした国立大学なので、入学するためには大学入試センター試験を受けなければなりません。そして実技試験を受けます。美術学部・音楽学部とも当然ながら実技試験が重視されます。美術学部の入試問題は大変ユニークで、平成23年度には次のような問題が出題されました。
  問題1 自分の仮面を作りなさい。総合実技2日目で、各自制作した仮面を装着してもらいます。解答用紙に、仮面を装着した時のつぶやきを100字以内で書きなさい。総合実技2日目で係の者が読み上げます。
 ちなみに、このような問題の出題意図には首をかしげますが、同年の建築科の問題には「この試験はあなたの構想力、想像力、表現力を考査するものであり、正解を求めるものではありません」と書かれていました。正解がないのが芸術であるという芸術観が発せられているのです。芸術を志す者への強烈なメッセージであり、素晴らしいと思いました。
 このような超難関を突破して晴れて「藝大生」になると、その学生生活もユニークです。「芸術は教えられるものじゃない」と言い放つ教授、日本画を40時間描き続ける学生、口笛をクラッシック音楽に取り入れることを目指す世界口笛大会グランドチャンピオン、1,000を超す部品をすべて手作りして絡繰り人形を制作する学生、「かぶれは友達」と言いながらウルシを扱う漆芸専攻の女子学生、荒川に楽器を沈めることを計画している男子学生、「アスファルトの上にアスファルトの車があるのって、面白いかなって」といって本当にアスファルトで車を作って駐車場に置いた学生など、まさに奇人変人のオンパレードのようです。
 こうして全身全霊、学生生活のすべてをつぎ込んで芸術を追求した藝大生の将来はバラ色ではありません。アーティストとしてやっていけるのは、ほんの一握り、いや一つまみです。平成27年度の卒業生486名のうち、就職をした人は48名、大学院に進んでさらに芸術を学ぶ人も多いそうですが、「進路未定・他」が225名で「卒業生の半数が行方不明」と言われるのも無理はありません。
 以上、藝大について紹介してきましたが、もちろん私は藝大の卒業生ではありませんし、親類縁者にも藝大で学んだ者もおりません。藝大の美術館に行ったことがあるだけです。それなのになんで藝大のことを知っているのかというと、実はネタ本があります。それは二宮敦人著『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(新潮社)で、昨年に出版されて話題になった本です。藝大の実情、藝大生の生態をとおして「芸術とはなにか」という本質に迫る内容で、アッという間に読み終えてしまいます。固定的な人生観をぶち壊してくれる本なので、ぜひ一読をお勧めします。

校長室だより【9月】文化について

文化について       平成29年9月28日   校長  外山 信司

 「えのき祭 文化の部」と「えのき祭 体育の部」が、ともに盛況のうちに終わりました。前者は文化祭であり、後者は体育祭ですが、本校ではこのように称しています。本校が「えのき」にこだわるのは、かつて四街道十字路にあって人々に親しまれていたエノキの大木にちなんで、校章がエノキの葉と実をデザインしたものであるためでしょう。
 「えのき祭 文化の部」では、一般公開に1,800人以上の来校者があるほどの賑わいでした。本校まで足を運んでくださった中学生や地域の皆様には、この場をお借りしてお礼申し上げます。また、御多忙のなか、出店などの企画をとおして盛り上げてくださったPTAの皆様にも改めて感謝申し上げます。
 さて、文化祭には二つの面があると思います。一つ目は、文化系部・同好会が日頃の活動の成果を発表する場、つまり文化系部・同好会の晴れの場としての面です。二つ目は、各クラスがそれぞれの企画をとおしてクラスとしての一体感や達成感を味わい、集団として成長する場としての面です。本校での様々な催し・企画も、その二つの性格をよく表していました。しかし、どちらにしても、個人の活動ではなく、部・同好会やクラスといった、集団として力を発揮することが重要です。
 文化祭は文化の祭典ですが、文化を英語で言えばcultureです。これは「耕す」という意味のラテン語colereに由来するそうです。農業は英語ではagricultureで、cultureの前に土や畑を意味するagriを足してできた言葉です。
 つまり、文化と農業は、共通して「耕す」ということがポイントであることがわかります。化学肥料や除草剤を撒いただけの畑は、一次的には収穫量は上がるかもしれませんが、土は痩せて固くなり、やがて作物は穫れなくなります。これに対して、有機肥料や堆肥を与え、丹念に雑草を手で取り、深く耕した畑は、やがて良い作物がたくさん育ちます。つまり、手を入れ耕さなければ、豊かな実りはないということです。
 部・同好会にしてもクラスにしても、畑と同じです。部員やクラスメイトが、それぞれアイディアを出し、ああでもない、こうでもないと意見をぶつけ合い、様々な壁にぶつかり、試行錯誤しながら困難を協力して乗り越え、成功させるということは、畑を「耕す」という営みとまったく同じだと思います。畑の代わりに「心を耕す」のがcultureというわけです。
 化学肥料や除草剤を使わない畑には、ミミズがたくさん棲んでいます。ミミズは土を掘り返して耕し、土に栄養分と酸素を与え、ますます豊かな土を作ります。ミミズと一緒にして誠に申し訳ありませんが、良い部・同好会やクラスには、ミミズとおなじような役割を果たしている生徒が多くいるはずです。彼らにはますます活発に動き回り、さらに良い畑、すなわち集団を作ってほしいと思います。
 ところで、過日、ある特別支援学校へ行く機会がありました。そこで「文化」にちなんだ大変嬉しいことを聞きましたので、紹介します。
 昨年の秋、本校の美術部・書道部・写真部などの作品がその特別支援学校で展示されましたが、書道の作品を見た生徒が「私も書いてみたい」と思って筆を執り、今年はとうとう賞を取ることができたそうです。きっと私たちには想像できないような、すごい努力を重ねたんだろうなと思い、胸が熱くなりました。そして、芸術は人間の生き方を変える力があること、まさに「芸術の力」を実感しました。自分たちの作品が、それを見た人の人生を変えるほどの力を発揮したことは、芸術にかかわる者の最高の誉れだと思います。やはりcultureは「心を耕す」ものだということを実感しました。

校長室だより【8月】 脳科学と学習

脳科学と学習          平成29年8月30日  校長 外山 信司

 いよいよ夏季休業も残すところわずか二日となり、明後日は始業式です。本校生に限りませんが、世間の学生たちは今頃、宿題や提出物に追われていることでしょう。教科によっては、休み明けには課題テストがあり、きちんと学習してきたか、そうでないかが、すぐに判定されてしまいます。
 学生であれば、誰しも「頭が良くなりたい」「記憶力を良くしたい」と願っているはずです。そして、「テストで高い点を取りたい」「成績を上げたい」「試験に合格したい」と思っていることでしょう。
 そんな思いを抱いている人に、格好のヒントになる本を紹介します。それは、脳の研究の第一人者である池谷裕二さん(東京大学教授)の『受験脳の作り方 脳科学で考える効率的学習法』(新潮文庫)です。タイトルだけを見ると、受験に特化したノウハウ本で、楽して成績を上げる方法が書いてあるようで、何かうさんくさそうですが、そんなことはありません。最新の脳科学の理論をわかりやすく説明しつつ、それに基づいた勉強法を紹介しています。著者は、次のように述べています。

 勉強には脳の性質に沿ったよい方法と、脳の性質に逆らった悪い方法があるのです。脳の性質を無視した無謀な勉強は、時間のムダであるばかりではありません。場合によっては逆効果になります。そんな勉強なら、いっそのことしない方がマシです!。

 そして、年齢によって学習方法を変えていくことの必要性も指摘しています。例えば、高校生の段階では丸暗記は通用しませんが、その理由も記憶のメカニズムから解説されています。このように、本書は「学習」の本質を、脳の働きから明らかにしており、まさに「目から鱗が落ちる」という思いを何度もさせてくれる優れものです。ぜひ御一読をお勧めします。
 ここで「学習」という営みについて考えてみましょう。なお、「学習」といっても国語や数学、英語などの教科の勉強だけでなく、もっと広い意味ですが、「学習」とは「ものごとの関連性を習得すること」です。今までバラバラに存在していたものごとが、頭の中でつながり、力になっていくことです。
 「学習」していくためには、たくさんの「試行錯誤」が必要とされます。何回も何回も挑戦して、数多くの失敗を重ねながら、自分の力で答えを導き出していくことが大切です。つまり、成功に到達するためには、たくさん失敗して、なぜ失敗したのか、その原因について疑問を持って考え、解決方法を見つけていかなければならないのです。こうして自分で自分を修正していくことが「学習」であり、「成長」なのです。
 人生には、ゲームの「裏技」のような、手軽で便利な手はありません。たくさん失敗をした人の方こそが、成長できるのです。生徒たちには、二学期にある文化祭・体育祭などの行事をとおして、大いに「学習」してほしいものです。

創立記念日にあたって

創立記念日にあたって     平成29年6月28日  校長 外山 信司

 本日は、四街道高校の創立記念日です。本校の歩みを振り返り、本校でかけがえのない青春の一時期を過ごした先輩たちの思いや地域の方々の本校へ寄せられた期待を知ることは、これからの社会の担い手となる生徒の皆さんにとって極めて大切なことです。
 本校は、今から66年前の昭和26年(1951)、千葉県立佐倉第二高等学校(現在の佐倉東高校)の「千代田分校」として産声を上げました。その頃は四街道市はまだなく、千代田町と旭村でしたが、当時の町長をはじめとする千代田町の人々は、太平洋戦争直後の混乱の中で、向学心を失わず意欲ある青少年の学ぶ場を作ってあげたいと強く願い、施設・設備などを県に提供して本校が開設されたのです。
 しかし、独立した校舎はなく、陸軍野戦重砲兵第4連隊の兵舎を利用していた千代田中学校(四街道中学校の前身で、敬愛高校の場所にあった)の一部を間借りしてのスタートで、第1回の入学生はわずか29名でした。当時は、経済的にも大変厳しく、若者も生活のために働かなければならない時代だったので、働きながら学ぶ定時制の学校でした。校訓の一つに「勤勉」が入っているのも当然でしょう。卒業までは4か年が必要でしたが、他の定時制が夜間であったのに対して、昼間に授業を行う昼間定時制(ちゆうかんていじせい)でした。農業に従事する生徒も多かったので、春と秋には1か月程度の農繁休業日がありました。
 そして、昭和36年(1961)、和良比にあった旭中学校が千代田中学校と統合され、四街道中学校となると、本校は旭中学校の旧校舎(現在の四和小学校の地)に移転しました。
 その頃、地域の住民は「四街道に独立高校を」と熱望し、署名を集め、知事をはじめ、いろいろな方面に陳情を重ねていました。その成果が実り、晴れて「四街道高等学校」として昇格したのが、昭和41年(1966)でした。エノキの葉をデザインした校章、校歌や校旗も制定され、名実ともに独立したのです。当時、県立の昼間定時制の独立校で普通科は、全国で唯一でした。
 この年の6月28日には「独立記念祝賀式典」が挙行されました。このため、本校はこの日をもって創立記念日としています。当時の2年生の女子生徒は、次のように書いています。
  「君、何処の学校」と聞かれると、なんとなく分校という言葉が言いづらかった。でも独立  した以上もう分校名はいらない。四街道高等学校。まだ慣れない言葉だ。でも、もう少した  つと、スーッと言えるようになると思う。そうなると、胸のえのきのバッヂが美しく輝くと
  思う。(『十五年のあゆみ』より)
 校歌の一節には「四街道高等学校 郷土の誇りよ」とうたわれていますが、まさにそのとおりだったのです。                                
 そして、昭和46年(1971)には全日制に移行し(普通科・商業科、修業年限は3年)、さらに昭和49年(1974)に海上自衛隊四街道送信所(その前は陸軍野戦砲兵18連隊)の跡地である、鹿渡の広大な現在地に、ユニークな八角形の校舎を新築し、移転しました。この移転にあたっても四街道市や千葉市などの住民の絶大な支援がありました。
  こうして本校の現在にいたる隆盛の基礎が定まったのです。さらに昭和54年(1979)には普通科のみの高校となりました。
 皆さん一人ひとりが創立記念日の意義を再確認し、より一層学業に励み、充実した高校生活を送ることを切に望んでいます。

校長室だより【6月】

アジサイについて                    校長  外山 信司
 いよいよ梅雨入りし、鬱陶しい季節がやってきます。そんな6月ですが、降りしきる雨を浴びてひときわ美しく感じる花が「アジサイ」です。
 校内や南門近くの中央公園をはじめ本校の周りには、原種に近いガクアジサイからセイヨウアジサイまで、いろいろな品種が咲いています。花びら(正確に言えばガク片だそうです)も、白っぽい色から、ピンク・紫・青・赤に近いものなど、さまざまに移り変わっていきます。アジサイの花の変化は見ていて楽しいものですが、古く『万葉集』にも、心変わりのたとえとして詠まれた歌があります。
 アジサイの花の色の変化は、土壌の酸性度(pH)によると言われています。土が酸性であれば青、中性や弱アルカリ性ではピンク、アルカリ度が強いと紅色になるそうです。リトマス試験紙の反対ですね。青色系の品種をアルカリ性の土に植えると赤紫になるそうです。

 アジサイは、漢字では「紫陽花」と書きますが、英語ではhydrangea(ハイドレンジア)です。ギリシャ語で「水の器」という意味だそうです。まさに梅雨の訪れを感じさせる花にふさわしい名前です。(英語でも、hydrogen(水素)、hydrofoil(水中翼船)など、水に関係する単語にはhydrがつくものがたくさんあります。)
 アジサイの学名は、現在ではHydrangea macrophylla(ハイドランジェ マクロフィラ)です。ところが、江戸時代、オランダから派遣されて長崎に来た医師で、蘭学で有名なシーボルトは、Hydrangea otaksa(ハイドランジェ オタクサ)と名付けました。このotaksaは、シーボルトの妻の名「お滝さん」(楠本滝)から取られたとされています。このことから、アジサイは長崎では市の花とされ、「オタキサン花」とも呼ばれているそうです。シーボルトと滝との間に生まれた娘イネは、日本で最初の女性の産婦人科医となったことでも知られています。オランダのライデン大学附属植物園には、シーボルトが持ち帰ったアジサイが、その銅像の周りに植えられています。
(佐倉市にある国立歴史民俗博物館のくらしの植物苑には、アジサイはありませんが、シーボルトがオランダに持って帰った植物の子孫「シーボルト・チルドレン」6種が里帰りしています。)
 このように歴史のロマンに彩られた植物ですが、シーボルトが新種であると思ったアジサイは、既にヨーロッパに紹介されていたものと同一種であったことが判明したため、残念ながら今ではHydrangea otaksaは使われていません。

 四街道高校に着任して感心したことの一つに「花がいっぱい」ということがあります。玄関前の花壇はいつもきれいに手入れされ、校内に花が絶えることがありません。四季折々の花や豊かな緑に囲まれて生徒たちが学校生活を送れるのも、PTAをはじめとする関係の皆様の本校に対する御支援のたまものです。改めて感謝申し上げます。
 今回はアジサイについて紹介しましたが、このようなことを知ると、身近な植物に対する見方も変わってくるのではないでしょうか。生徒たちには、何気ない花や植物に目をとめる心のゆとりと発見の喜び、恵まれた学習環境への感謝の気持ちを持ってほしいと思っています。

校長室だより 【5月】

「眉清く」                校長 外山 信司

 四街道高校の校歌(松本千代二作詞・村上正治作曲)の一番は、次のとおりです。
   下志津原の空澄みて 青雲さやに たなびくところ
   集へるわれら 眉清く 平和の庭に声あがる
      四街道高等学校 郷土の誇りよ
 本校に着任し、始業式や離退任式で、生徒たちが大きな声で歌うのを聞いて、シンプルでありながら清々しく力強い歌であると感じました。本校は昭和26年(1951)に佐倉第二高校の千代田分校として創立されましたが、校歌は同41年(1966)に四街道高校として独立した際に制定されたものです。
 ところで、校歌を聞いて「眉清く」という一節が気になりました。現在では耳にしないフレーズだからです。
 言うまでもなく、眉とはまぶたの上に弓状に生えている毛、まゆ毛のことです。目のすぐ上にあるので、顔を見るときに自然に注目を集めます。「蛾眉」とは蛾の触角のように三日月形に曲がった美しい眉のことで、転じて美人という意味です。「眉目秀麗」という言い方もあります。また、「白眉」とは、多数のなかでもっともすぐれた人やものという意味です。しかし、「眉が清い」というのは、どのような意味なのでしょうか?
 結論から言えば、「眉清く」とは「青雲の志に燃える、純粋な若者の気概」を表したもので、「眉澄める」「眉秀でたる」も同じ意味です。本校の校歌にも、「眉清く」の前に「青雲さやに たなびくところ」とあるように、「青雲の志」とセットで多く用いられます。ちなみに、青雲の志とは、①立身出世しようという志、②高潔で俗世間を超越しようとする志、という意味です。
 このように考えると、「眉清く」とは「自身の理想や希望を追求して努力する、気高く潔い、若者らしく純粋な気持ちに満ちた、凛々しい顔立ち」ということになります。
 なお、宮城県の石巻高校の校歌には「朝潮の寄する磯辺に 眉清く 我ら集えり」とあり、神奈川県の城山高校の校歌には「われらみな眉清く 寛い想いと勇気はぐくみ」とあるように、古い校歌には使われているようです。
 本校の校歌を作詞した松本千代二は、明治37年(1904)に千葉県茂原市に生まれ、北原白秋の門下でした。歌集に『駱駝の瘤』『ゆうらしあ』などがあります。また、教育者でもあり、県立教育研究所(県総合教育センターの前身)所長、佐倉高校の校長なども歴任しています。歌人にして教育者であるため、本校の校歌を作詞することになったのでしょう。松本千代二の作詞した校歌をもう一つ見つけました。一番のみ紹介します。
     千葉市立弥生小学校校歌
   弥生が丘の 朝風に 緑の旗が ひるがえる 
   科学のひかり さすところ 
   われら 大きなゆめをもち たゆまず 知恵を みがきましょう
   ああ、われらの弥生小学校
 小学校の校歌なのでやさしい言い回しになっていますが、雰囲気が似ています。
 松本千代二は市川市の国府台に住んでいたため、国府台の里見公園と真間川のほとりの二か所に歌碑があります。里見公園の碑には「川明かり およぶ木群の 寂けさを 安らぎとして ここぞふるさと」という歌が刻まれています。
 四街道高校の生徒全員が、「眉清く」全力で学校生活に打ち込む若者であってほしいと願っています。

校長室だより 【4月】

「咲く」ことは「笑う」こと                校長 外山 信司

 寒かった冬が嘘のように、梅から始まって辛夷、桜と次々に花が咲き、まさに花盛りです。日本の春を代表する花といえば、やはり桜ですが、この四街道高校は、南門の桜並木をはじめ、校内の至る所に桜があります。学校の周辺にも桜の大木がたくさんあって、中央小学校と中央公園の間の正門に通じる道は、桜のトンネルのようです。また、駐輪場から南門に通じる道沿いには、少し遅れてピンクのボタンザクラが咲き誇っていました。市街地の中心にありながら、本校が豊かな自然に恵まれた、すばらしい環境にあることが実感されます。
 さて、花が咲くの「咲」という漢字に、送り仮名として「く」ではなく、「う」を付けると、まったく別の「わら-う」という読みになります。「さく」以外の訓としては「わらう」とよむのです。
 また、この「咲」という漢字の音(おん)は何でしょうか?答えは「ショウ」です。「爆笑」とか、テレビの落語番組の「笑点」の「ショウ」とまったく同じです。
 また、送り仮名として「む」を付けると、「え-む」と読みます。ニコッと笑うことを「笑みを浮かべる」と言ったりしますが、「微笑(ほほえ)む」の「笑む」と同じです。
 漢和辞典で「咲」という漢字を引いてみると、「口を細めてほほとわらうこと」という意味が出ています。さらに、「花が咲く」という意味で、この漢字を使うのは日本だけで、漢字発祥の地である中国では「笑う」という意味でしか使わないとあります。
 このように「咲」という漢字の本来の意味を知ったうえで、校内はもちろん、街角や公園、家の庭などの至る所で咲いている、さまざまな花を見てみてください。花たちは、和たちに満面の笑顔でほほえみかけているのです。そのような目で花を見ると、見ている私たちの方も何だか幸せな気持ちになってきます。何か厭なことや腹立たしいことがあった時に花を見れば、花がほほえみかけてくれて、穏やかな気持ちを取り戻すことができるでしょう。
 生徒たちには、春の日差しを浴びて咲く、いや笑う花のような、大らかな気持ちを持って、毎日の学校生活を送ってほしいと思っています。
 現代の日本では「グローバル化」が叫ばれていますが、これからの社会では、自分と異なるもの、他者を受け入れつつ自分を成長させて、新しいものを作り出すことが求められています。それには、大らかで、他人の立場に立って物事を考えられる、素直な心と謙虚に学ぶ姿勢が必要です。
 そのような心を持った生徒こそが、成長できる生徒です。逆に言えば、自分の殻に閉じこもったり、他人を顧みず、自分の価値観とは違うと感じた者を排除したり、切り捨てたりする人は、成長することができないのです。
 高校での生活は、人生の基礎を築く、かけがえのない大切な期間ですが、四街道高校に集う976名の若者たちが、これからの一日一日を大切にして、大きく成長していくことを心から期待しています。

ようこそ 四高(よつこう)へ

 校長 外山 信司
 この度は、本校ホームページにアクセスしていただき、ありがとうございます。
 本校は昭和26年(1951)に創立され、以来、地域に根差した学校として発展し、地元の皆様から「四高(よつこう)」という愛称で親しまれています。現在は、各学年8学級、全校生徒976名の普通科の高校で、四街道市内をはじめ、千葉市・佐倉市・八街市などから生徒たちが通学しています。
 在校生や卒業生、そして保護者の皆様からは「充実した高校生活を送れる学校」という評価をいただき、校内は元気な挨拶と活気に満ちています。さらに、地域の皆様からも本校の教育活動に御理解を賜り、折に触れて多大の御支援をいただいています。この場をお借りして、改めて感謝申し上げます。

 次に、「四高」の魅力をいくつか紹介いたします。
(1)活発な部活動
    多くの生徒が運動系・文化系の部活動に参加し、県大会への出場はもちろんのこと、関東大会・全国大会等で活躍する生徒もいます。目標のため部員同士で日々切磋琢磨するとともに、人格形成や豊かな人間関係を築く上でも大いに役立っています。
(2)盛んな学校行事やボランティア活動
  「えのき祭」(体育祭・文化祭)など、生徒たちが学校行事を自主的に作り上げます。また、小・中学校と一緒におこなう「わくわくコンサート」、特別支援学校や福祉施設での活動、地域の行事など、地域社会に貢献しつつ貴重な体験をすることができます。
(3)面倒見の良い指導による進路実現
  1・2年生は、今年度から「朝学習」を実施し、さらなる学力の向上と定着を図っています。きめ細かい学習指導や生活指導、計画的な進路指導や補習などにより、希望に応じた進路の実現を支援します。
(4)恵まれた教育環境
  JR四街道駅から徒歩約10分ほどの交通便利な立地ながら、豊かな緑に囲まれた敷地の面積は5万8千㎡と県内屈指の広さを誇ります。その中に八角形の校舎や体育館、レスリング場、セミナーハウス、広いグラウンドなどの充実した施設があります。

 すべての生徒が「四高に入学して良かった、卒業して良かった」と実感できる学校にするため、教職員一同、力を尽くしていく所存です。さらなる御支援をお願いいたします。
 また、中学生の皆様には、「えのき祭」(文化祭)、学校説明会などの機会に、ぜひ本校に来てください。そして、高校生活に全力で取り組む先輩たちの姿を見て、進路選択の参考にしていただければ幸いです。お待ちしております。

校長あいさつ

 

 校長あいさつ  -出会い 夢 挑戦 感動 の四高(よつこう)ー                                                      
                                     

校長 吉原 毅彦

 本日は、ホームページへアクセスしていただきまして、ありがとうございました。
  本校は、昭和26年に創立され、約1万3千名の卒業生を地域社会へ輩出し、創立65年目を迎えた普通科の進学校です。地域の方からは、「四高」(よつこう)の愛称で親しまれています。
 また、地域の皆さんからは、「面倒見の良い学校」「伸ばしてくれる学校」との評判をいただいている学校です。
 卒業生が、「四街道高校に入学して良かった、学んで良かった、卒業して良かった」そして「一人一人が自信と誇りを持てる」そういう学校にしたいと考えております。
  君の「出会い 夢 挑戦 感動」を応援する。四高の魅力を5つ紹介いたします。
  (1) 進学希望者の9割が現役合格
    ・きめ細かな学習指導や学期中・長期休業中の進学補習により夢や希望の実現を支援。
  (2) 活発な部活動
    ・多くの生徒が部活動に参加して、県大会・関東大会・全国大会などで活躍。
  (3) 抜群の教育環境
    ・緑に包まれ、大きな中央公園や市役所・図書館・文化センター等に隣接。
  (4) 広い敷地、整った施設・設備
    ・校舎は八角形、教室は六角形と四角の2タイプある大変珍しい校舎です。形敷地面積が5万8千㎡と県下屈指でセミナーハウス、冷暖房を充実した教室、最新のPCを備えたパソコンルーム、レスリング場等充実した設備。               
 (5) 充実した学校生活
   ・えのき祭(文化祭・体育祭)など生徒が自主的に作り上げ、地域と結びついてボランティア活動(ワクワクコンサート・書き初・よつかいどう寺子屋等)、インターンシップなど部活動以外にも活躍の場があり、充実の高校生活。

  さらに、学習内容、学校行事、部活動、進路状況等の詳しい内容につきまして、このホームページをご覧いただき、本校への御理解を一層深めていただければ幸いです。
 受検生の皆さん、四高に入学して、志や夢、希望を実現してください。
  教職員一丸となって本校の教育活動の充実・発展のため努力しますので、ご支援をお願いいたします。
 なお、本校に対する御要望・御質問等がございましたらお電話やメール等でお問い合わせください。また本校への見学希望等がありましたら遠慮なくお電話ください。随時、御案内いたしますので、よろしくお願いします。

新学期のスタート

校長あいさつ         地域の学びの拠点校四街道高等学校 

ー 汗まみれ、泥まみれ、涙まみれの高校生活 ー

                                             

校長 吉原 毅彦


  
本日は、ホームページへアクセスしていただきまして、ありがとうございました。
  
本校は、昭和26年に創設され、約1万3千名の卒業生を地域社会へ輩出し、今年で64年目を迎えた普通科の進学校です。地域の方からは、「四高」(よつこう)と愛着を込めて呼ばれております。
  
校訓として『自律・勤勉・誠実』を掲げ、自ら学ぶ意志と豊かな心を持ち、社会変化に対応しながら、新たな時代を担う、たくましい生徒の育成を推進しています。
 地域の皆さんから、「面倒見の良い学校」「伸ばしてくれる学校」との評価をいただいている学校です。卒業生が、「四街道高校で学んで良かった、卒業して良かった」そして「一人一人が自信と誇りを持てる」学校にしたいと考えております。

 本校の魅力を5つ紹介いたします。 ー夢のトビラを、NOCHSしようー
  (1)
進学希望者の9割が現役合格
    
・きめ細かな学習指導や学期中・長期休業中の進学補習により夢や希望の実現を支援。
  (2)活発な部活動
    
・多くの生徒が部活動に参加して、県大会・関東大会・全国大会などで活躍。
  
(3)抜群の教育環境
    
・緑に包まれ、大きな中央公園や市役所・図書館・文化センター等に隣接。
   
(4)広い敷地、整った施設・設備
    ・校舎は、八角形、敷地面積が5万8千㎡と県下屈指でセミナーハウス、冷暖房を充実した教室
    ・最新のPCを備えたパソコンルーム、レスリング場等充実した設備。
  (5)充実した学校生活
  
 ・えのき祭(文化祭・体育祭)など生徒が自主的に作り上げ、地域と結びついてボランティア活動(ワクワクコンサート・書き初・よつかいどう寺子屋等)、インターンシップなど部活動以外にも活躍の場があり、充実の高校生活。
   
さらに、学校行事、部活動、進路状況等の詳しい内容につきまして、このホームページをご覧いただき、本校への御理解を一層深めていただければ幸いです。

四高での「汗まみれ、泥まみれ、涙まみれ」の高校生活を実現してください。


 教職員一丸となって本校の教育活動の充実・発展のため努力しますので、ご支援をお願いいたします。
 なお、本校に対する御要望・御質問等がございましたらお電話等でお問い合わせください。また本校への見学希望等がありましたら遠慮なくお電話ください。随時、御案内いたしますので、よろしくお願いします。

平成27年のスタート

 平成27年1月7日(水)

 新年がはじまり、7日が過ぎようとしています。
 学校では、冬休みも終わって、今日は始業式。

 寒い体育館での式でしたが、いつものように生徒諸君にメッセージを伝えました。
 テーマは、「立派な人間」ということについて・・・・・というちょっと大きな話ですが。

 以下はその内容です。

 私たちは、皆、個性を持っています。ものの見方や考え方もそれぞれ違います。
 だから、一口に「立派な人間」といっても、答えは一つではないでしょう。みんなバラバラでも不思議はない。

 でも、「多くの人々の感動を呼ぶドラマ」などという言葉があるように、同じものを見て感動するという共通の接点のようなものもあります。
  スポーツなどはよい例ですが、勝負という厳しさの中で、努力の成果が表れた時(これは勝つことだけではないですが・・・・・)、それを見る多くの者が感動し、これを褒め称えます。
 また、歴史上の人物の生き方が、広く万人の尊敬を集めたりします。
 あるいは、偉大な芸術家の作品が、長い年月、多くの人々によって愛され続け、その作者を偉大だと評価するのも、一つの例だと思います。
 
  私たちは、自分の中で、なんとなく(もやもやと・漠然と)「立派な人間、立派な生き方」と思っているものがあって、ある時、「これだ! これこそ立派な人だ、立派な生き方だ」と思って感動する・・・・・そうやって、自分の中の「立派な人間像」が出来上がっていく。
 「私も、こういう生き方をしたい。」と思う・・・・・これは、決して、人から認められたいからとかではなくて、自分が感動した生き方、そういう生き方を見習いたいなどと思うんですね。

 さらに、それが、より多くの人によって納得され、称賛されるというのであれば、これが、広い意味での「立派な人間、立派な生き方」ということではないかと思います。

  だから、私たちは、世の中をよく見て、あるいは読書を積み重ねて、積極的に「感動の機会」を探し、たくさん感動して、「これぞ立派な生き方」と思える、そういう人たちを手本として学んで、自分なりの「立派な生き方」を確立しなければならないのだと思います。

 
 「立派な人間」というのは、一つの答えがあるわけではなく、多くの感動を体験して日々成長しようとする姿勢そのものなのだと、私は思うのですが、皆さんはどう考えるでしょうか。
 
 どうか皆さん、自分の「立派な人間」を目指してください。 

秋の学校説明会

 11月17日(月)

 15日(土)に、秋の学校説明会を行いました。
 今年は、300人近くの中学生の皆さんと、100人近くの保護者の方が参加してくださいました。そして、熱心に説明を聞いてくださいました。ありがとうございました。

 中学3年生の皆さんは、進路決定に向けての最終段階を迎え、様々な情報を集めて真剣に考えていることと思います。
 説明会の冒頭で聞いてみたら、皆さん2・3校は学校見学等しているようですが、さらに、先輩や中学校の先生方から、各高校の情報を直接伺うなどして、自分に合った学校選びができるといいですね。

 私からの挨拶の中で、次のようなことをお話しました。

 そもそも「学校」とは何か・・・・・。グランドがあって、校舎があって、先生方がいて、生徒たちが通っている・・・・・。しかし、大事なのは、その主役である生徒たちが、どのような「学びの環境」をつくっているかです。
 高校では県内の広域から生徒たちが集まっているので、中学校の時とはかなり雰囲気が違うと思います。そして、各学校とも特色を出そうと頑張っています。
 
 四街道高校は地域に根差した学校で、近隣の小中学校との連携行事もしやすく、ボランティア活動等によって貴重な体験ができるなど、地域性に恵まれています。
 また、部活動が盛んで、文化部も運動部もみんなとても頑張っており、関東・全国レベルの大会等への参加・出場をはじめ、努力の成果が出ています。これも大きな特徴だと思っています。
 
 伝統ある本校です。その分、校舎や施設・設備は決してきれいとは言えないかも知れませんが、生徒が自分たちの通う学校をきれいにしようという姿勢はわかってもらえると思います。そういうところを見ていってください。
 そして、本校を志望校にしようとするのであれば、「私は四街道高校で何がしたい?何ができる?」と、考える機会にしてしてくれたらうれしいです。
 
 今日は、四街道j高校という学校の「学びの環境」を理解していってください。
 よろしくお願いいたします。