校長室から >> 記事詳細

2020/03/09

卒業式を終えて

| by ebihara-y
3/9
 新型コロナウイルス感染症の防止のため、本校は3月4日から臨時休業としました。3年生の卒業式については、感染拡大防止を第一に、それでも3年生への最後の指導となるにふさわしい儀式的行事となるよう工夫して、3/9(土)に実施しました。
 以下、当日述べた式辞と、1月前に草稿した式辞を掲載します。卒業生の保護者の皆様には、お子様の門出を見届けられなかったことを、残念に思ってらっしゃると存じます。感染拡大防止という趣旨を御理解いただけますようお願いするとともに、立派な卒業式であったことを、御報告申し上げます。
 春休みをを含め、再開の目処がはっきりしない中ですが、在校生には、こんな時だからこそ、自分で学ぶことを身に着け、成長の機会にしてほしいと願います。
 
 卒業式 式辞(3/7)

 今日の卒業式は、一月前の予定とは異なり、異例の形態となりました。保護者の皆さんの参列をお断りし、一人一人の間隔を空け、全員が今、マスク姿です。そうした中、来賓として、保護者会長様には、立ち合いをお願いしました。
 はなむけの言葉の前に格言を一つ紹介します。「好き嫌いは、自分が決める。良いか悪いかは世間が決める。正しいか、正しくないは、歴史が決める。」というものです。一人一人は、点であって、拡がりはありません。「世間」とは、今という時代に限定された面的拡がりです。そして、「物事の正しさ」は、時の裁きを経て、定まっていくものです。今回、大人たちが出した結論に、皆さんは協力しながら、歴史の中で見つめていってください。

 さて、壇上からは、いつも「希望」というテーマで話してきました。希望は、自分で探し、自分で作っていくものです。そのために必要な大事な力が、「利己」に対する「利他」、つまり、他人を利する活動です。小学校から続いた十二年間の普通教育は、皆さんを幸せに導く、「利他」の人生観の確立を目指して、行われてきたものです。世のため、人のために働く良き人として、これからも、自ら希望に出会える人生を歩んでください。

 結びに「成すことを成せ。そうすれば、何とかなる。だから心配いらない。」こう申し上げ、式辞といたします。
卒業おめでとう。

       令和二年三月七日 千葉県立佐倉南高等学校長 篠木賢正



※以下は、約一月前に、保護者参列を予定して草稿したものです。

 大田の丘の桜が、日に日につぼみを膨らませ、今年も春が巡ってまいりました。

本日、ここに、多くの御来賓、そして保護者の皆様の御臨席をたまわり、盛大に卒業式を開催できますこと、職員を代表して、心から感謝申し上げます。
 卒業生の皆さん、御卒業、おめでとうございます。

私は、2年間にわたり、皆さんの成長を見つめてきました。修学旅行にも同行しました。卒業式までに、全員の名前と顔を一致するまでには至りませんでしたが、数多くの個性の一端を把握することができました。3年生の2学期ごろからは、朝夕の校門で、皆さんと交わすあいさつから、社会に巣立つ覚悟を感じ、安堵いたしました。皆さんの佐南での生活はいかがだったでしょうか。成長を実感している人。失敗や後悔を思い返している人もいるでしょう。いずれにしても、人生の岐路となる時期、ここで学んだことは、皆さんのこれからの礎となるはずです。本校での三年間の授業は、約2千時間でした。私たち教員は、その授業や部活動などを通じて皆さんに人としての在り方、生き方を教えてきました。皆さんの授業中の真剣なまなざしから、私たちは、教員としての生きがいもいただきました。

式辞のたびに、昔話をしてきました。レンガ積み職人の話をしました。三人のレンガ積み職人それぞれに、旅人が「何をしているのですか。大変ですね。」と声を掛けます。 一人は、「親方に言われ、朝から晩まで俺はここでレンガを積まなきゃならない。全くついていない。もっと気楽にやっている奴らがいっぱいいるのに。」と答えました。もう一人は、「こうやって仕事があるから家族全員が食べていける。大変だが、賃金がいいんだ。」と言います。そしてもう一人は、「俺は、歴史に残る大聖堂を作っている。此処で多くの人が祝福を受けるんだ。素晴らしいだろう。」と答えたという話です。

日本が誇るアニメ映画監督で、宮崎駿さんという人がいます。彼の仕事ぶりをドキュメントするテレビ番組で、アニメ作品の作業現場のシーンがありました。アニメーターからのたたき上げの宮崎さんは、絵コンテも、カット割りも、スケジュール管理も時には自らが書き直しをしながら制作に関わるやり方を続けてきた人です。そんな制作現場で、監督は、しきりに「面倒くさい」「面倒くさい」とぼやいている場面が映されました。担当ディレクターからの「なぜ、『面倒くさい』と言いながら、続けているのか。」という問いに監督は、「世の中、大事なことって、たいてい面倒くさいんだよ。面倒くさくないところで生きていると、面倒くさいは羨ましいなと思うんです。」と答えたそうです。私はこう思いました。完成した作品は世界中の人々がその感動を待ち望み、期待している。しかし、監督は、その期待に応える責任感よりも、それ以上に、面倒で、面倒でならないけど、自分が納得する作品を完成させることに「面白さ」や「愛おしさ」を見つけ、追求している人なのではないか。 

レンガ積み職人の話に戻ります。「やらされ感たっぷりの人」と「自分に存在価値を認め、仕事に積極的に関わる姿勢を持っている人」が登場しました。三人の職人の十年後という話の続きがあります。一人目は、相変わらず文句を言いながらレンガを積んでいます。二人目は、賃金がもっと高い危険な屋根の上の仕事をしています。三人目は、現場監督になり、出来上がった大聖堂には、彼の名前が付けられました。

18歳の皆さん。十年後、二十年後、皆さんには、面倒で、面倒でならないけど、そこに面白みを感じられる仕事や生活にたどり着いてほしいと願います。

最後になりました。保護者の皆様。お子様を、私共、佐倉南高等学校にお預けいただき、ありがとうございました。これまでの御支援感謝申し上げます。お子様方は、地域社会の中で、世のため、人のために働く良き人として、これからも成長していくことでしょう。 御多幸を心からお祈り申し上げます。
「成すことをなせ。そうすれば、なるようになる。だから心配いらない。」

こう申し上げ、式辞といたします。
    令和2年3月7日 千葉県立佐倉南高等学校 校長 篠木 賢正

 

 



13:05