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2020/01/09

3学期始業式(校長室から)

| by ebihara-y
1/7 始業式

 あけましておめでとうございます。佐倉の地は、正月の天候に恵まれ、令和2年の初春を穏やかに迎えることができました。

 皆様の日頃の御支援に感謝申し上げるとともに、今年も佐倉南高校をよろしくお願いいたします。

 

以下、始業式で述べた式辞です。

 あけましておめでとう。令和2年。子年の念頭に当たり、お年玉の話から始める。
 皆さんは、まだもらえる立場だと思う。今年は、許可を得てアルバイトをして年末年始に自分で稼いだという人もいるかもしれない。私の子供の頃というと、「このおじさんは、いくら。このおばさんは、いくら」と値踏みをしながら、この金額の差は、その人の稼ぎの差ではなくて、見栄っ張りの差じゃないか、なんて考えるひねくれた子どもだった。それでも、もらえるものはうれしいと感じ、「もっともらえないかな」と毎年期待していた。

お年玉はもらうとうれしい。だが、この年になると、こういうことも分かった。「あげるのも、うれしい」

今日は、「なぜ、お年玉をあげるのがうれしくなるか」を話そう。

ボランティアという活動がある。

私の同級生で、宮城県の石巻出身の人がいる。今は、千葉県に住んでいるんだけれど、御両親は石巻に住んでいる。9年前の東日本大震災では、その実家は 津波で被災した。彼は、3日後にたどり着くのですが、それから、数年間。毎月、宮城と千葉を往復して、実家の片づけやら、御両親の介護をする生活をした。その時、ボランティアを受ける立場を経験した。

宮城との往復は、数年で落ち着いてきて、彼は、その後、日本各地で自然災害があると、そこに出向き、ボランティア活動をしています。昨年あった時も、先週、夜行で愛媛に行ってきた。と言っていました。

彼は、民間会社に勤めていますが、「商売でも、利益の追求する、サービスを提供されるという活動以上の思いを互いに持つことはできる。でも仕事では100%たどり着けない思いが できるのを知った。それは、自分も良かったと思い、同時に相手も良かったと喜んでもらうという気持ちが、ピッタリと共存することだ。」と説明してくれました。

人は、「生きがい」と、「他人から、愛されている、認めらえている、必要とされている。」と感じることで、本当に生きていると言える。

君たちも、そんなことを感じ、他人に感じさせる人になってほしい。

 

 少し大きな話になるが、いま、日本の社会は、君たちが生まれる10年ほど前から、あることを反省…何か引っかかっていると言えます。国としては、勢いを失って、この先の針路に迷っているとも言える。

 70年ほど前に戦争で負けて、焼け野原になって、そこから、国民がこぞって、もっと給与が欲しい、もっと物が欲しい、という欲しい欲しいを優先する生活を追及して、立ち直ることができた。しかし、30年ほど前に、経済成長がはじけ(バブル崩壊)、不景気がやってきた。自然破壊に対する反省も出てきた。

 そこで、取る奪うことを優先する発想を転換しなければならないと気づいた。便利さを手に入れることと、人生を豊かに、幸せに生きることはイコールではない、じゃあ、その豊かさとか、幸せは何かを、それぞれが考え始めて、行動し始めている。

 お年玉の話に戻ると、お年玉は、「ほしい」と「あげたい」という思いに少々ズレがあるものかもしれない。ただ、みなさんが、これから生きる世の中は、「誰かに何かをしてあげたい」という思いの中で、「幸せ」を手に入れようとする世の中です。

 

最後に、また、お話をします。昔は、「物乞い」という商売があった。「ホームレス」とも「乞食」ともちょっと違う生き方です。

昔のロシアのお話ですが、ある寒い日、一人の男が街を歩いていた。橋のたもとで、ボロをまとった一人の老人が、声をかけてきた。

「どうか、一コペイカでもいいですから、恵んでください」

老人の哀れな姿に、彼は足を止めた。小銭を恵もうと、コートのポケットを探った。見つからないので、ズボンのポケット、内ポケットを探した。しかし、お金はなかった。そうだ、俺も文無しだったということに気づいた。

そして老人に言った。「申し訳ないが、実は僕も文無しで、君にあげられるお金がないんだ。せめて、これで勘弁してくれ。」そう言って、彼は、手を差し出した。物乞いの老人は、そのうす汚れた手で彼の手をしっかり握ってこう言った。「旦那、これで十分です。いくらかの銭をもらうより、何よりの恵みです。」

 

以上、3学期始業式の式辞と私からのお年玉の話とします。

新年です。共に頑張りましょう。


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