校長室から
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2020/03/31

転任あいさつ(校長室から)

| by ebihara-y

3/31 転任あいさつ(校長室から)

 

 2年前に、「希望に出会い、育んでいける学校」と掲げ、皆様の協力を得て、学校を運営してまいりました。年度末の人事異動により、佐倉南高校を去ることになりました。後任は、佐倉東高校の金田副校長が就任します。

 コロナウイルスの感染拡大防止のため、今月は臨時休業のまま、春休みとなりました。生徒の顔を見ることがないまま、また、年度初めの予定がはっきり組めないままでの異動となり、心苦しい限りです。

 希望とは、「なんとかなると思える気持ち」です。それは本人の努力だけでは、得られません。高校は、子どもから大人への移行を支援する組織です。本校は、2年後の1年生から、三部制という新たな学びの形がスタートしますが、これまで同様、保護者の皆様、同窓会の皆様、そして地域の皆様に支えられながら、地域で育った中学生が、地域の中で働き、地域の中で自立する大人に移行することをお手伝いできる学校であったほしいと願います。

 2年間大変お世話になりました。ありがとうございました。

花言葉は、希望(ガーベラ)




10:37
2020/03/24

終業式の式辞に代えてと校長からの宿題(校長室から)

| by ebihara-y

3/24(火)「終業式の式辞に代えてと校長からの宿題」
 

3月初めの突然の臨時休業から3週間ほどがたち、本来は終業式の日を迎えました。明日からは春休みとなります。学校の再開や部活動等については、県からの通知等を踏まえて、連絡させていただきます。

以下、式辞に代えて、在校生にメッセージを伝えます。

 

佐倉南高校の生徒の皆さん。こんにちは。今日は、1年のまとめ、皆さんに年間の評価を伝える日でしたが、異例の事態の中で修了の日を迎えました。壇上で、成績、出席の優秀者を称えたかったのですが、これもかないません。通知表は、4月の始業式にお渡しします。

37日の卒業式では、在校生や保護者の参列抜きの式になったことについて、「好き嫌いは、自分が決める。良いか悪いかは世間が決める。正しいか、正しくないは、歴史が決める。」という格言を紹介し、今回の結末を、歴史の中で見つめていってくださいと、話しました。今回、全国の子供たちが行動制限を受けて過ごしていますが、皆さんには一市民として、感染予防に協力しつつ、この事態を自分や家族の生活を見つめる視点だけでなく、地域や日本、世界という視点で見つめ、考える機会にしてほしいと思っています。

SNSでの問題行動があるたびに、私は「人類は開発の知性は育ててきたが、欲望をコントロールする知性を育ててこなかったことが悲劇的だ」との言葉(宇宙物理学者のカール・セーガンによる)に触れながら、便利を享受するための責任ある行動をお願いしてきました。今回のコロナウイルスの対応では、世界中の人々が、感染拡大の防止と、経済活動の抑止や教育活動の制限というプラスとマイナスの活動のバランスに苦心しており、その難しさを感じます。人類の課題は、際限のない欲望の拡大をいかに制御し、持続可能な社会を築いていけるかと言われます。今回の事態は、我々一人一人が、その課題への対応を試されているのだと言えるでしょう。

 

明日からは、春休みになります。「人生やり直しはできないけど、見直しはできる」と言います。皆さん一人一人が、各自の1年間の成長を実感してほしいと思います。

最後にお礼を言います。この一年、具体的には触れないけれど、皆さんや先生方の行動に「頭がさがる」思いをしました。そのおかげで、「努力次第で、学校はよくなる。」「明日はもっと、いい学校になる」そういう気持ち、「希望」を持ち続けることができました。

「やり抜く力」を身につけるのが、学校というところです。君たちも、あと2年間、あと1年間の高校生活を通じて、自分の未来を「何とかしていける力」を身につけてほしいと願います。

 

46日(月)始業式からの学校再開の目処が見えてきました。新年度を無事迎えられるよう、先生方も準備を進めています。皆さんも、自己研鑽と健康管理を続け、4月の始まりに備えてください。

 

最後に、校長からの宿題を用意しました。良かったら試してみてください。

課題 「You Tubeで講演(勇気が出るおすすめ動画)を視聴する」

方法 ①You Tubeで、「植松努 思うは招く」と検索してください。

   ②「Hope invites Tsutomu Uematsu TED×Sapporo」という約21分の動画を視聴してください。この動画は、TED Conferenceというアメリカの非営利団体が開催している講演会の日本版の無料配信で、何かに挑戦している人や、もがいている人、摸索している全ての人に勇気を与えるおすすめ動画とされています。

 ③視聴しながら、心に残った言葉をメモするといいと思います。

以上です。

 


15:19
2020/03/09

卒業式を終えて

| by ebihara-y
3/9
 新型コロナウイルス感染症の防止のため、本校は3月4日から臨時休業としました。3年生の卒業式については、感染拡大防止を第一に、それでも3年生への最後の指導となるにふさわしい儀式的行事となるよう工夫して、3/9(土)に実施しました。
 以下、当日述べた式辞と、1月前に草稿した式辞を掲載します。卒業生の保護者の皆様には、お子様の門出を見届けられなかったことを、残念に思ってらっしゃると存じます。感染拡大防止という趣旨を御理解いただけますようお願いするとともに、立派な卒業式であったことを、御報告申し上げます。
 春休みをを含め、再開の目処がはっきりしない中ですが、在校生には、こんな時だからこそ、自分で学ぶことを身に着け、成長の機会にしてほしいと願います。
 
 卒業式 式辞(3/7)

 今日の卒業式は、一月前の予定とは異なり、異例の形態となりました。保護者の皆さんの参列をお断りし、一人一人の間隔を空け、全員が今、マスク姿です。そうした中、来賓として、保護者会長様には、立ち合いをお願いしました。
 はなむけの言葉の前に格言を一つ紹介します。「好き嫌いは、自分が決める。良いか悪いかは世間が決める。正しいか、正しくないは、歴史が決める。」というものです。一人一人は、点であって、拡がりはありません。「世間」とは、今という時代に限定された面的拡がりです。そして、「物事の正しさ」は、時の裁きを経て、定まっていくものです。今回、大人たちが出した結論に、皆さんは協力しながら、歴史の中で見つめていってください。

 さて、壇上からは、いつも「希望」というテーマで話してきました。希望は、自分で探し、自分で作っていくものです。そのために必要な大事な力が、「利己」に対する「利他」、つまり、他人を利する活動です。小学校から続いた十二年間の普通教育は、皆さんを幸せに導く、「利他」の人生観の確立を目指して、行われてきたものです。世のため、人のために働く良き人として、これからも、自ら希望に出会える人生を歩んでください。

 結びに「成すことを成せ。そうすれば、何とかなる。だから心配いらない。」こう申し上げ、式辞といたします。
卒業おめでとう。

       令和二年三月七日 千葉県立佐倉南高等学校長 篠木賢正



※以下は、約一月前に、保護者参列を予定して草稿したものです。

 大田の丘の桜が、日に日につぼみを膨らませ、今年も春が巡ってまいりました。

本日、ここに、多くの御来賓、そして保護者の皆様の御臨席をたまわり、盛大に卒業式を開催できますこと、職員を代表して、心から感謝申し上げます。
 卒業生の皆さん、御卒業、おめでとうございます。

私は、2年間にわたり、皆さんの成長を見つめてきました。修学旅行にも同行しました。卒業式までに、全員の名前と顔を一致するまでには至りませんでしたが、数多くの個性の一端を把握することができました。3年生の2学期ごろからは、朝夕の校門で、皆さんと交わすあいさつから、社会に巣立つ覚悟を感じ、安堵いたしました。皆さんの佐南での生活はいかがだったでしょうか。成長を実感している人。失敗や後悔を思い返している人もいるでしょう。いずれにしても、人生の岐路となる時期、ここで学んだことは、皆さんのこれからの礎となるはずです。本校での三年間の授業は、約2千時間でした。私たち教員は、その授業や部活動などを通じて皆さんに人としての在り方、生き方を教えてきました。皆さんの授業中の真剣なまなざしから、私たちは、教員としての生きがいもいただきました。

式辞のたびに、昔話をしてきました。レンガ積み職人の話をしました。三人のレンガ積み職人それぞれに、旅人が「何をしているのですか。大変ですね。」と声を掛けます。 一人は、「親方に言われ、朝から晩まで俺はここでレンガを積まなきゃならない。全くついていない。もっと気楽にやっている奴らがいっぱいいるのに。」と答えました。もう一人は、「こうやって仕事があるから家族全員が食べていける。大変だが、賃金がいいんだ。」と言います。そしてもう一人は、「俺は、歴史に残る大聖堂を作っている。此処で多くの人が祝福を受けるんだ。素晴らしいだろう。」と答えたという話です。

日本が誇るアニメ映画監督で、宮崎駿さんという人がいます。彼の仕事ぶりをドキュメントするテレビ番組で、アニメ作品の作業現場のシーンがありました。アニメーターからのたたき上げの宮崎さんは、絵コンテも、カット割りも、スケジュール管理も時には自らが書き直しをしながら制作に関わるやり方を続けてきた人です。そんな制作現場で、監督は、しきりに「面倒くさい」「面倒くさい」とぼやいている場面が映されました。担当ディレクターからの「なぜ、『面倒くさい』と言いながら、続けているのか。」という問いに監督は、「世の中、大事なことって、たいてい面倒くさいんだよ。面倒くさくないところで生きていると、面倒くさいは羨ましいなと思うんです。」と答えたそうです。私はこう思いました。完成した作品は世界中の人々がその感動を待ち望み、期待している。しかし、監督は、その期待に応える責任感よりも、それ以上に、面倒で、面倒でならないけど、自分が納得する作品を完成させることに「面白さ」や「愛おしさ」を見つけ、追求している人なのではないか。 

レンガ積み職人の話に戻ります。「やらされ感たっぷりの人」と「自分に存在価値を認め、仕事に積極的に関わる姿勢を持っている人」が登場しました。三人の職人の十年後という話の続きがあります。一人目は、相変わらず文句を言いながらレンガを積んでいます。二人目は、賃金がもっと高い危険な屋根の上の仕事をしています。三人目は、現場監督になり、出来上がった大聖堂には、彼の名前が付けられました。

18歳の皆さん。十年後、二十年後、皆さんには、面倒で、面倒でならないけど、そこに面白みを感じられる仕事や生活にたどり着いてほしいと願います。

最後になりました。保護者の皆様。お子様を、私共、佐倉南高等学校にお預けいただき、ありがとうございました。これまでの御支援感謝申し上げます。お子様方は、地域社会の中で、世のため、人のために働く良き人として、これからも成長していくことでしょう。 御多幸を心からお祈り申し上げます。
「成すことをなせ。そうすれば、なるようになる。だから心配いらない。」

こう申し上げ、式辞といたします。
    令和2年3月7日 千葉県立佐倉南高等学校 校長 篠木 賢正

 

 



13:05
2020/01/09

3学期始業式(校長室から)

| by ebihara-y
1/7 始業式

 あけましておめでとうございます。佐倉の地は、正月の天候に恵まれ、令和2年の初春を穏やかに迎えることができました。

 皆様の日頃の御支援に感謝申し上げるとともに、今年も佐倉南高校をよろしくお願いいたします。

 

以下、始業式で述べた式辞です。

 あけましておめでとう。令和2年。子年の念頭に当たり、お年玉の話から始める。
 皆さんは、まだもらえる立場だと思う。今年は、許可を得てアルバイトをして年末年始に自分で稼いだという人もいるかもしれない。私の子供の頃というと、「このおじさんは、いくら。このおばさんは、いくら」と値踏みをしながら、この金額の差は、その人の稼ぎの差ではなくて、見栄っ張りの差じゃないか、なんて考えるひねくれた子どもだった。それでも、もらえるものはうれしいと感じ、「もっともらえないかな」と毎年期待していた。

お年玉はもらうとうれしい。だが、この年になると、こういうことも分かった。「あげるのも、うれしい」

今日は、「なぜ、お年玉をあげるのがうれしくなるか」を話そう。

ボランティアという活動がある。

私の同級生で、宮城県の石巻出身の人がいる。今は、千葉県に住んでいるんだけれど、御両親は石巻に住んでいる。9年前の東日本大震災では、その実家は 津波で被災した。彼は、3日後にたどり着くのですが、それから、数年間。毎月、宮城と千葉を往復して、実家の片づけやら、御両親の介護をする生活をした。その時、ボランティアを受ける立場を経験した。

宮城との往復は、数年で落ち着いてきて、彼は、その後、日本各地で自然災害があると、そこに出向き、ボランティア活動をしています。昨年あった時も、先週、夜行で愛媛に行ってきた。と言っていました。

彼は、民間会社に勤めていますが、「商売でも、利益の追求する、サービスを提供されるという活動以上の思いを互いに持つことはできる。でも仕事では100%たどり着けない思いが できるのを知った。それは、自分も良かったと思い、同時に相手も良かったと喜んでもらうという気持ちが、ピッタリと共存することだ。」と説明してくれました。

人は、「生きがい」と、「他人から、愛されている、認めらえている、必要とされている。」と感じることで、本当に生きていると言える。

君たちも、そんなことを感じ、他人に感じさせる人になってほしい。

 

 少し大きな話になるが、いま、日本の社会は、君たちが生まれる10年ほど前から、あることを反省…何か引っかかっていると言えます。国としては、勢いを失って、この先の針路に迷っているとも言える。

 70年ほど前に戦争で負けて、焼け野原になって、そこから、国民がこぞって、もっと給与が欲しい、もっと物が欲しい、という欲しい欲しいを優先する生活を追及して、立ち直ることができた。しかし、30年ほど前に、経済成長がはじけ(バブル崩壊)、不景気がやってきた。自然破壊に対する反省も出てきた。

 そこで、取る奪うことを優先する発想を転換しなければならないと気づいた。便利さを手に入れることと、人生を豊かに、幸せに生きることはイコールではない、じゃあ、その豊かさとか、幸せは何かを、それぞれが考え始めて、行動し始めている。

 お年玉の話に戻ると、お年玉は、「ほしい」と「あげたい」という思いに少々ズレがあるものかもしれない。ただ、みなさんが、これから生きる世の中は、「誰かに何かをしてあげたい」という思いの中で、「幸せ」を手に入れようとする世の中です。

 

最後に、また、お話をします。昔は、「物乞い」という商売があった。「ホームレス」とも「乞食」ともちょっと違う生き方です。

昔のロシアのお話ですが、ある寒い日、一人の男が街を歩いていた。橋のたもとで、ボロをまとった一人の老人が、声をかけてきた。

「どうか、一コペイカでもいいですから、恵んでください」

老人の哀れな姿に、彼は足を止めた。小銭を恵もうと、コートのポケットを探った。見つからないので、ズボンのポケット、内ポケットを探した。しかし、お金はなかった。そうだ、俺も文無しだったということに気づいた。

そして老人に言った。「申し訳ないが、実は僕も文無しで、君にあげられるお金がないんだ。せめて、これで勘弁してくれ。」そう言って、彼は、手を差し出した。物乞いの老人は、そのうす汚れた手で彼の手をしっかり握ってこう言った。「旦那、これで十分です。いくらかの銭をもらうより、何よりの恵みです。」

 

以上、3学期始業式の式辞と私からのお年玉の話とします。

新年です。共に頑張りましょう。


10:39
2019/12/25

2学期を終えて(校長室から)

| by ebihara-y

一昨日、2学期が終わりました。今学期は、わずかでありますが、大学や保育所、公民館、駅前商店会などとの交流の中で、生徒を社会に育ててもらう実践ができました。保護者・地域をはじめ多くの皆様に、本校の教育活動を応援していただきありがとうございました。

これまでの学校教育は、社会から離れた場所に、青少年を囲い込み、教員を媒介として社会に役立つ人間を育てていく機能を担ってきました。しかしながら、高校進学率が90%を超えて50年ほどが経つ社会の変化から、正解を導く力だけでなく、自分だけの最適解を多様な人々と協働して求めていく力の育成が求められつつあります。

こうした生徒を社会の中に置き、社会に育ててもらう実践を、令和4年度から始まる新しい教育課程の中でも実現していけるよう現在検討しているところです。

 

以下、終業式の式辞を紹介します。

おはようございます。今日は2学期の終わり、振り返りの日です。皆さんが期末テストをしている最中、私もテストをしました。私の手元に写真台帳があるのですが、名前の部分を隠して、写真だけで一人一人の名前が言えるが確認しました。538人中346人、100点満点で64点でした。ただ、実際今皆さんの顔を壇上からみていると、半分以下だと感じます。3学期も100点を目指して頑張ります。

 

今日は、久しぶりに昔話をします。「クマとキツネ」という、神様と人間が今よりもっと近かった時代の話です。

旅人が森の中で道に迷い、きょろきょろしながらさまよっていました。すると、ケガをしたのかキツネが、飢えて死にそうになっているのを見つけました。そこにクマが通りかかりました。クマはキツネを見つけると、自分のとった獲物を少し落として去っていきました。

旅人は、自分も腹がすいて困っていたので、このクマのように、自分も神様が助けてくれると思い、その場に寝ころんで神様を待ちました。次の日も、次の日もクマは、キツネに獲物の一部を落として去っていきました。でも旅人には何もありませんでした。旅人は、神様を恨みました。
旅人は、怒りながら、迷いながら森を抜け、街に出ることができました。街の広場に、おなかをすかしているみなしごが、横たわっていました。でも、だれもその子に食べ物を分け与えず、無視して通り過ぎて行きました。旅人は、神様に向かって叫びました。「ひどいではありませんか。あなたはこの哀れな子どもに何もしてあげないのですか。」

すると、「私は、何かをしたのだよ」と神様の声が聞こえてきました。「私は、あなたを人間として創った。だが、私はあなたに失望している。あなたはあのクマを見習うこともできたのに、キツネであり続けようとしている。」

  

というお話です。この話から、やさしいとは、自分にやさしいのではなく、人にやさしいという意味であるという教訓が導き出せると思います。でも、クマになるのは大変です。自分で獲物を捕まえられなければいけない。そして、誰かに獲物を差し出す余裕も持っている。皆さんには、稼ぐ力と余裕を学校で身につけてほしいと思います。

また、皆さんの新年の初参りでは、神様や仏様へのお願いだけでなく、「私はこうなりたい」という志を供えてきてほしい。今年一年、成長を実感できた人。来年に未来を懸ける人もいると思う。ウサギと亀では、亀が評価されます。やりぬく力は才能より評価されるのです。

1月7日、「志」を胸に秘めた皆さんと元気にお会いできることを楽しみにしています。以上、2学期終業式の式辞とします。

 

来年も、生徒一人一人が社会の中で生きていく希望(何とかなるんじゃないかという自信)が持てるような教育活動を実践してまいります。新年も佐倉南をよろしくお願いいたします。

 


13:48
2019/11/07

2学期後半を迎えて(校長室から)

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11/7(木)
〇2学期前半は、3つの台風によって本校の生徒にも少なからずの影響があり、混乱しました。被害に遭われた皆様には、心からお見舞い申し上げます。

10月25日(金)の豪雨では、生徒が登校している中、厳しい対応となりました。保護者の迎え等もあり、幸いにも事故なく全員が帰宅できましたが、今後の教訓としていきたいと思います。また、車庫が冠水した影響で駅までの路線バスが土休日ダイヤとなっていますが、バス会社によれば、もうしばらくで平常ダイヤに戻せるよう復旧作業を進めているとのことです。
2年生は、25日(金)が修学旅行初日でした。9時羽田集合でしたので、全員無事にそろうことができ、民泊を含めた4日間を過ごして、最終日には首里城を見学しました。代休明けの31日(木)未明の火事のニュースには、驚きと寂しさ、いたたまれなさを感じました。
本日の56限、1年生は、24の上級学校等から講師をお招きして卒業後の進路についてガイダンスを実施しておりました。各教室とも、真剣なまなざしとメモを取る姿勢が見られ、2年生からのコース選択や高校での学業の大切さを見つめる機会にしてほしいと思います。

 
※以下、2学期の先生方の授業観察から、本校ならではの授業を2つ紹介します。

 ○情報コース3年生「情報コンテンツ実習」

 この授業での課題は、3~5名のグループごとに選んだ家電製品に関する宣伝用のプレゼンテーションです。パワーポイントでスライドを作成するとともに、発表用の原稿を作ります。私が見たのは、中間発表で、グループごとに2名の先生方の前で、3分間のプレゼンを行っていました。例えて言うと、ジャパネットの番組です。

プレゼン力は、企画とアイディア、準備と度胸がものをいうことがわかります。約1か月後には、2年生の前で発表会をします。2年生は、この3年生の発表を参考にして、修学旅行に関するプレゼンテーションに取り組み、東京情報大学の学生の前で大学の講堂をお借りして発表します。

 

3年生「公民」

 この日は、今年度、本校とさくら分校とで兼務してもらっているA先生が授業を行いました。A先生には、本校が高校での通級の学びの研究指定校となっていることから、特別支援の専門性を活かし、教育相談や特別支援の立場で、生徒と関わってもらっています。

 授業では、実例を示しながら、障害についての考え方の変遷をわかりやすく示していました。特に、「障害者」の英訳の変遷(handicapped person disabled person person with○○)には、なるほどとさせられました。生徒は、先生の人柄に興味を示しつつ、障害に対する見方を自分に置き換えて考えている様子で、授業後の感想に熱心に取り組んでいました。


18:08
2019/09/13

南櫻祭(文化祭)に向けて(校長室から)

| by ebihara-y

9/13(金)

台風15号の影響で、生徒や職員の約4割の家庭が、停電や断水の被害を受ける状況となりました。依然復旧が進まない地域もあり、家屋損壊等の甚大な被害を受けた家庭もあると聴いております。心より、お見舞い申し上げます。

 そんな中で、一昨日、昨日と交通機関が徐々に復旧して、大多数の生徒が登校可能となり、南櫻祭の準備を進めることができました。来週、就職や大学等のAO試験も始まり、その指導の確保等が必要なため、発表時間の終わりを少々繰り上げての実施となりましたが、本日の校内公開の様子を見て、昨年以上に生徒の生き生きとした表情をとらえることができました。

 

 以下、文化祭のパンフレットに掲載した私の挨拶です。

愛と平和 ~笑顔の花を咲かせよう~

 南櫻祭がやってきた。今年もテーマがいい。「平和」という言葉は、人々を安心させ、希望を感じさせる。オリンピック・パラリンピックも間近となった。次世代には、平和な世の中を希求してほしい。

 ユネスコ憲章前文に、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない。」とある。多文化共生社会が理想とされ、「みんなちがって、みんないい!」と言われる。でも、実社会で平和の砦を築いていくことは大変なことだ。文化祭は、学校にとって多様な力のハーモニーを表現していく機会である。来場した皆さんには、佐南の生徒たちの多種多様な人格が奏でる交響曲を楽しんでほしいと願っている。

 地域や中学生の皆様、南櫻祭に御来場いただきありがとうございます。どうぞ、太田の丘の校舎で学ぶ佐倉南高校とさくら分校の生徒が、ともに取り組んだ活動の成果をお楽しみください。そして、佐南の生徒たちの愛と落ち着いた学びを感じていただければ幸いです。


16:37
2019/09/10

台風被害続く(校長室から)

| by ebihara-y
9/10(火)

本日は、午前7時頃、佐倉駅発着のJR線が動き始めたため、11時の授業開始として、連絡を流しました。その後、成田線が動き始める一方で、千葉方面がストップするなど、交通の乱れがなかなか回復せず、8時40分の出席率が13.4%、10時40分で21.8%であったため、3、4限目をLHRとして文化祭の準備を進め、午後は放課としました。明日、明後日は当初から、文化祭の準備日としており、登校できる生徒から準備を進めていくこととします。

自宅が停電で、途中のコンビニも売り切れ。お昼の用意がない生徒も多く、調理室で、備蓄品のドライカレーやカップ麺を食べてもらいました。家に帰っても、停電という生徒もいたため、夕方まで、冷房があるレッスンルーム等を開放しました。交通手段がない生徒や自宅が被災、停電が続いている生徒については、公欠の措置をとっていきます。

職員の中にも、自宅が停電で通勤路も大渋滞という者も多く、学校が日常を取り戻すまで、あと数日かかりそうです。


12:59
2019/09/09

保護者会理事会(校長室から)

| by ebihara-y

9/9(月)
 今日は、台風15号の影響で、臨時休業としました。暴風警報は10時頃解除となりましたが、昼を過ぎても総武本線の不通(倒木のため?)が続いています。
 先週、生徒からいい質問を受けました。「校長先生、体育祭の種目にボッチャをなぜ入れたんですか?」と廊下で生徒に声をかけられたのです。担当の先生から競技の説明は受けたけど、初めての競技でメンバーが集まらないのだそうです。こんな会話で返答しました。

「来年、オリンピックとパラリンピックが東京(千葉でも)で開かれるよね。大会の成功は、パラ競技でも競技場がお客さんが埋まるかどうかと言われているんだ。」「へぇーそんなんだ。」「大会は平和やスポーツの祭典と言われているが、次の時代に価値観を伝える役割も大きい。特にパラ大会を通じて、多様性を尊重し、障害を理解する心のバリアフリーが世の中にもっと浸透していくことが望まれているんだ。」「実は、11月に人権講演会として、パラリンピックをテーマにした話を予定しており、事前に生徒に競技経験をしてもらいたいと考え、体育祭でのボッチャ競技の導入をお願いしただよ。」「わかりました。みんなに話してみます。でも、始業式の時に、そのお話をしていただきたかったです。」と言われました。翌日、先生方にも話を伝えました。
 
 また、9月4日(水)に保護者会第2回理事会がありました。以下、少し長くなってしまった挨拶です。
 

 御多用の中、お疲れ様です。この夏も、梅雨の長雨の後に一転して酷暑が続く厳しいものでしたが、いつの間にか稲刈りが始まって、秋らしさも感じられ、新学期が始まりました。生徒に係る大きな事故の報告はなく、2日に始業式を迎えました。

私からは、全国大会(高P連京都大会)に参加させていただいて、その講演も引用しながら、少し所感となる話しをさせていただきます。

この本を見てください。「学習指導要領」といいます。学校の要素は、教員と校舎と、カリキュラムといわれますが、どんな教科をどんな内容で教えるかの基準を、国が10年ごとに定めているものです。10年前より、35%ほど厚くなっています。なぜかというと、学習内容でだけでなく、どのように学習させるか、何ができるようにするかまで、詳しく書かれるようになったということです。いわゆるアクティブラーニング、「対話的主体的で深い学び」というものです。これについては、「みんなみ」で少し書かせてもらいましたが、こうした授業変革は、経済界からの強い働きかけもあって進められています。

京都大会では、永守重雄という、一代で従業員14万人の世界最大のモーターメーカーを築いた方(日本電産の会長)のお話を聴きました。いわゆるカリスマ経営者です。1万人を超える学校関係者を前に、英語も挨拶もできないで入社してくるとして、今の学校教育の成果を全く評価しませんでした。これは、今、日本の企業が世界との競争に相当立ち遅れていることからくる経営者の危機感と感じました。これまで高校は、授業と部活動の成果を、どこに入学(入社)したかで評価されてきました。それが、何ができるようになったかで評価される形に変わろうとしています。一方で、若年者支援のプラットホームという位置づけもされる中、教員の仕事はブラック企業の一つとされ、教員の成り手不足から、働き方改革も叫ばれています。

人手も、時間も足りないが、改革は進めてくれと言われていますが、新学期が始まり、生徒とともに過ごす日々が始まると、教員とは、生徒のイキイキとした姿が見たくて、日々向き合って、ともに成長していく仕事だなとつくづく感じます。

今日は、そんな状況も踏まえて、緊急メールの導入であるとか、留守番電話の設置であるとかについて、後でお話しさせていただきます。よろしくお願いいたします。

 



15:09
2019/09/04

2学期始業式(校長室から)

| by ebihara-y
9/2(月)
 2学期が始まりました。それぞれ、収穫の秋です。以下、始業式の式辞です。翌日から、名前覚えがスタートしました。私に声をかけてくれる生徒もおり、校門指導や授業観察、諸行事を通して、2学期の目標としたいと思います。

 
9月2日始業式

 おはようございます。梅雨の長い雨と夏の暑さが続きましたが、いつの間にか稲刈りが始まって、秋らしさも感じられるようになりました。それぞれの夏の過ごし方をしてきた皆さんも、今日から、新学期。集団生活の再開です。

 2学期の始まりにあたり、少しアイドリングをしてもらう意味で、お話をします。6枚の漢字を持ってきました。

 はじめは、「辛」という漢字です。「からい」「つらい」今日は「つらい」と読みましょう。ただ「つらい」ままでは、苦しいので、もう一画加えて、違う字にしたい。気づいた人はいますか?

 詩人の星野富弘という人が言った言葉です。「つらい」という字は、もう少しで、「しあわせ」になれそうな字といいました。「辛」を「幸」と比べてください。一画だけで、随分変わりました。でも、つらいを幸せにするのは、そう簡単ではありません。

 次の字は、「兆」です。辛い時は、その「きざし」、兆候があるはずです。そんなときは、目を使って、「眺めてください」。そして、他人の目でも見てもらえるように、相談をしてください。

時には、「逃げる」ことも必要です。「逃」についている「しんにょう」は足を使うという意味です。遠ざかるだけでなく、うろうろする。時間稼ぎをすることも大切です。

さて、そんなことをやっていると、段々と事態が見えてきて、対処も考えられるようになってくるものです。次の漢字は、「挑」です。手を振って、「いどむ」のです。手を振るとなぜか元気が出るものです。

さて、これで漢字は終わりです。辛い兆しから、目を使って、眺め、足を使って、逃げ、手を使って挑むというお話です。人間にはまだ、使えるものがあります。口や耳もありますね。挑む前に、仲間を増やしてください。仲間を増やすためには、コミュニケーションが必要です。

私の今学期の目標は、皆さんの顔と名前を一致させることです。今550人ほど生徒がいますが、100人ほどしか自信がありません。挨拶プラスワンで、皆さんとコミュニケーションをとっていきます。2学期も、よろしくお願いします。以上、2学期の式辞とします。 


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