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2021/03/24

令和2年度後期終業式式辞(3月24日)

Tweet ThisSend to Facebook | by joukan_01

令和2年度の終わりを迎えました。振り返ると、本当に大変な1年でした。昨年5月末までの臨時休校、そして、校外学習、文化祭、修学旅行など、多くの学校行事を中止とし、緊急事態宣言下では部活動も制限されました。そんなコロナ禍の中、印旛明誠高校では、大きなクラスターが発生することもなく、感染者発生による臨時休校を実施することもなく、ここまで来ることができました。これは、皆さん一人一人の感染防止に対する、まさに「至誠」を尽くした努力の結果です。これまで本当によく頑張ってくださいました。有難うございます。心からお礼を申し上げます。私は皆さんのことを本当に誇りに思います。引き続き、力を合わせてコロナに立ち向かい、必ず打ち勝ちましょう。

さて、先週の初め頃から桜が開花したとの声が届きはじめ、正門脇の桜の梢を毎日眺めてきましたが、その後、雨が降って、多くの花が咲き始めています。桜の開花を促すこの時期に降る雨を、催促の「催」に花、雨と書いて「催花雨(さいかう)」と言うそうです。春分を過ぎて、一気に春が深まっていきます。桜の花は入学式まで持たないかもしれません。

3月9日に行われた卒業式は、残念ながら在校生の皆さんには出席してもらうことはできませんでした。式の中で、本来であれば送辞を受けての答辞として述べられるはずの「卒業生代表の言葉」の冒頭、卒業生代表を務めた前生徒会長の 今  颯人(こん はやと) さんが春を象徴する歌として在原業平の有名な一首を紹介しました。

世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし

(もしも世の中に全く桜がなかったなら、春を過ごす人の心はどれほどのどかだろう。)

文法的には事実に反する仮定に基づいて想像する「反実仮想」という表現ですが、詳しくは国語の先生に尋ねてください。「桜がなければ、もう咲いたか、まだ散ってはいないかなどと気を遣うこともなくのんびりと過ごすことができるのに」と言ったところが真意でしょうか。平安の昔にも令和の現代に桜の梢を見上げる私と同じような思いがあったことを読み取ることができ、それだけ日本人が古くから桜を愛し、親しんでいたことが分かる歌でもあります。また一方で、ただ桜に限らず春という季節そのものが自然や生活に様々な変化が生まれる時期で、何となく心が落ち着かないものだということが前提としてあって、それを春の象徴でもある桜に焦点を当てて表現していると言うこともできるかもしれません。先輩が卒業し、後輩ができる、クラス替えがある、最後の大会やコンクール等が近づく、進路決定の時期が迫る、春という季節について皆さんにも思い当たる点が多々あると思います。

では、こうした春の落ち着かない思いを静めるにはどうしたらよいでしょうか。もちろん現実には桜を全くなくしたりなどするわけにはいきません。方法はただ一つです。前にも言ったように、この節目の時期にきちんとこれまでの取組を振り返り反省して、これからの目標や計画を立てることです。目標や計画を持つことはしっかりと見通しを持つことになるので、自ずと不安な要素が少なくなり、落ち着いた心を取り戻せるはずです。配られた通知票の数字などを確認して、きちんとした振り返りに基づく見通しを立てて、4月には素晴らしいスタートが切れるように春休み中にしっかりと準備をしてください。

最後に、先に挙げた「卒業生代表の言葉」の中で述べられた今さんの卒業生としての決意の言葉が、新しい年度を迎えようとする後輩である皆さんに対するメッセージにもなっていると思うので、ここにそれを紹介して式辞を終わりとすることとします。

「さて、私たち卒業生はこれから一人一人198通りの道を歩んで行きます。時には進む方向が分からなくなったり、不安で押しつぶされそうになったりすることもあるでしょう。ですが、成功を確信できなくてもとりあえずやってみる、チャレンジしてみるという気持ちを大切にし、新たな可能性に出会いに行こうと思います。3年次だよりのタイトル「Dreams come true」のとおり、みんなが夢をかなえ、再開できる日を楽しみにしています。最後に皆様の御健康と、印旛明誠高等学校の飛躍を心からお祈りして、卒業生代表の言葉といたします。」

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