千葉県立姉崎高等学校

 

令和元年度の取り組み

令和元年度「一校1キラッ!」→(1)R元 1キラ.pdf

 

アクセス


●所在地
住所:千葉県市原市姉崎2632
TEL:0436-62-0601 
FAX:0436-61-7679
●アクセス 
鉄道:JR内房線姉ヶ崎駅バス10分
バス:小湊バス『帝京大医療センター前』行 『姉崎高校前』下車徒歩1分
大きな地図で見る
 

携帯サイト

 
Welcome!! 2014.4~ 377252

校長室だより

NEWS
1234
2019/07/19

校長室だより

Tweet ThisSend to Facebook | by 先生
〇7月19日(金)
 今日は、1学期の終業式がありました。保護者あて配付物として、生徒を通じて「PTAだより」第107号を配付しました。
 終業式では、8月に広島、長崎の原爆記念日、終戦記念日を控え、21日には参院選投票日もあることから、広い視野で国や世界のことを考えてみるのも、たまにはしましょうという内容の式辞を述べました。
 以下に、「PTAだより」第107号の校長挨拶の原稿と、第1学期終業式での校長式辞の原稿を載せました。「PTAだより」の原稿は、配付されたものと同じです。原稿をもとに話しましたので、実際とは違いますが、おおよそそのような内容です。

姉高PTAだより 第107号原稿

『決定的瞬間は学校で起きている』

校長 小野 央

 お子様は、始業から放課の約七時間半を学校で過ごします。その後部活動をし、土日も部活動で数時間ほどを費やします。長期休業中には合宿をする部活動もあります。明るい時間帯の大半を学校で過ごしているわけです。従って、お子様の成長過程での決定的瞬間は、家庭よりも学校で起こることの方が多くなります。私たち教員はそれに立ち会える幸せを感じながら、保護者の方々とも、お子様のその瞬間の感動を共有できればよいと思っています。

 学校からは、ホームページや様々な便りなどの情報発信により、お子様の様子をお伝えしています。保護者の皆様には、PTA活動を通じて学校の教育に関わりを持っていただくことで、お子様のその瞬間を捉える、あるいは、その瞬間に立ち会えなくても、その名残や余韻を味わうことができると思います。

 今後とも保護者の皆様と連携して、お子様の成長を支えていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

令和元年7月19日

第1学期終業式式辞

校長 小野 央

 明後日21日は、参院選の投票日です。3年生の中には投票入場券が送付されている人もいるでしょう。棄権することなく政治に参加する権利を行使してもいらいたいと思います。普段は学校や勉強、部活動のことで頭がいっぱいだと思いますが、国政選挙の際には、国レベル、世界レベルで物事を考えてみてはいかがでしょうか。

 国や世界の在り様を考える上で、日本の8月は意義深い時期です。広島、長崎の原爆の日、終戦記念日があるからです。広島、長崎への原爆投下はそれぞれ、何年の8月何日か知っていますか。終戦記念日は何年の8月何日か知っていますか。原爆の日を知っている日本国民は30%弱という統計もあります。

6月23日は本校の創立記念日であると同時に、沖縄慰霊の日、沖縄戦での組織的戦闘が終結した日でもあります。70年ほど前まで、歴史の時間のスパンで言えばついこの間まで、日本は国をあげて大戦争をしていたわけです。太平洋戦争だけでも230万人の人が亡くなっています。それなのに7割の人は原爆の惨禍に関心がなくなっているのです。

 時間の経過とともに戦争体験のある人は減っています。近い将来、戦争を体験した人は日本からいなくなります。ここ何年かが、直に体験を聞く最後のチャンスです。太平洋戦争終戦当時皆さんくらいの年齢だった人達は、今90歳前後になっています。昭和一桁生まれの人たちです。その次の世代が私くらいの年齢です。因みに私、今年度中に還暦、60歳になります。退職年齢ですね。

 私の父は、昭和3年生まれで、終戦の年に17歳でした。もう亡くなって6年になります。母は昭和4年生まれ、終戦の年に16歳です。母は存命していて、今年90歳です。私は親が戦争体験者ですから、当時の話をリアルに聞いて育った世代です。また、祖父母は終戦当時40代ですから、より切実な体験を語っていました。

 戦争も末期の、昭和20年6、7月になると、爆撃を終えたアメリカ軍機は、帰りがけに、住宅街に機銃掃射していったそうです。そんな時、祖母から、子どもたちに布団をかけて屋根を貫通してくる銃弾に備えたとか、「ぼん(私の父のことをそう呼んでいたようです)が機銃掃射の時に屋根に上がって仁王立ちしていて生きた心地がしなかった」などという話を小学生の時に聞かされ、私なりに庶民における戦争とはどうだったのかを受け止めてきました。そういう祖母の話の中で、特に私の印象に残っているのは、次の話です。

 昭和20年になってのある日、当時16歳の父が部屋の片隅で何やら紙に記入しているのを、祖母は後ろから見ていました。あまりに真剣で一心不乱に書いているので、何を書いているのかと後ろから覗き込んだ祖母にも父は気づきません。その紙には、「神風特別攻撃隊入隊届」というような文言が見えたそうです。祖母は、「ぼん、何やってる!」と言って、その紙を破り捨てたそうです。いわゆる神風攻撃についての実態は、一般には詳しく知らされていなかったようですが、祖母はその実態に気づいていたのでしょう。また、父は、物心ついた時から戦争をしていた日本で、軍国少年として育ち、自分なりの問題意識で何とかしようとして行動を起こしたのでしょう。この時、何かがおかしいと敏感に察知していた祖母がいなければ、父はこの世にいなかったし、私も存在していなかったのです。祖父はと言えば、私は祖父から戦争の話を聞いたことはありません。祖父は職業軍人でした。軍人として体験したことは言えなかった、あるいは言わなかったのかもしれません。

 その後、終戦を迎え、父の価値観は180度変わるのです。今まで正しいこと、絶対的なことがすべて誤りとされた時の17歳の少年のショックはいかばかりだったことでしょう。17歳で一つの国が壊れ、再建される様を見てきた人の話をもっと聞いておけばよかったと、今になって思います。父は、ときどきこんなことを言っていました。「戦争で犠牲になった人たちがいたからこそ、今の日本の繁栄があるというが、頑張ったのは生き残ったおれたちだ! 肝心な時に頼りになる人たちはいなかったんだ」どこにもぶつけようのない怒りのようなものを感じます。

 このように、私たちの身近な生活を維持するのにも、時には国レベル、世界レベルで物事を見る目ことができなければならないのです。

 時に、戦争や国同士のいさかいで肉親が傷ついたり、殺されたりした場合、憎しみが生まれ、復讐心が芽生えます。報復により相手を傷つけ殺し、その連鎖は何百年も続くこともあります。いつまでもやめられない状況に失望することもありますが、日本は被爆国として発言力があることも確かです。グローバル化が進む世界において、日本で生まれ育った者として大きな視野を持って行動することも必要なのではないでしょうか。

 では、紛争で犠牲になった人の肉親で、敵方の相手を憎まず許すことができるのでしょうか。

 次にそれができた二人を紹介します。

 一人目は、1955年生まれ、イスラエルのガザ地区難民キャンプ出身のパレスチナ人の医師、イゼルディン・アブエライシュさんです。彼は、2009年のイスラエル軍によるガザ地区への爆撃で、3人の娘と姪の4人を一瞬のうちに失います。その時、4人の遺体を前にしながら、大けがをした子供たちの治療にあたったのでした。「私たちの娘たちが最後の犠牲者でありますように」と訴え、イスラエルとパレスチナの停戦協定締結を実現します。彼は、「それでも、私は憎まない」という著書の中で次のようなことを言っています。

「怒りと憎しみは違う、不条理に対して怒ることは大事。それが前向きな行動を起こす。亡くなった娘たちから、『私たちがいなくなった後、お父さんは何をしたの?』と言われないために、価値のある行動をすると誓った。殺し合いであってはならないということ。憎しみは毒で、また暴力を生む。憎しみの反対は『教育』である。弾丸は弱い者たちの武器、知恵は強い者たちの武器である。弱いものに対して、憎しみに陥らないように教育し、助ける必要がある。」

二人目は、今度はイスラエル側の人。マリー・ナハミアスさん、92歳。彼女は、今年のイスラエルに貢献した12人に選ばれた一人です。式典でスピーチできる栄誉に与るのですが、例年国が用意した愛国的な原稿を読み上げる形式的なスピーチが行われていましたが、彼女はそれを拒否し、自分の言葉で語ったのです。

彼女の功績は、1973年の第4次中東戦争に端を発します。当時軍隊にいた四男が重傷を負い、生死の境をさまよった時、彼女は、「もし息子が助かれば、私は人々のために何でもします」と神に誓います。息子は助かり、翌年、親を探している病気の赤ん坊に出会った時、「神の御思し召し」と引き取ります。それから、置き去りにされた障害児や虐待を受けた子供たちの里親として52人の子供たちを育てました。植物状態でやってきたアラブ人の赤ん坊も、息を引き取るまで4年間看病しました。周囲はユダヤ教徒がなんでアラブ人なんかを育てるんだ、と非難しましたが、取り合わなかったそうです。そういうことが評価されての栄誉あるスピーチの中で、次のように語ります。

「もう戦争で、一人の兵士もなくなることがありませんように。ユダヤ人、アラブ人、キリスト教徒、ドルーズ派。私たちは一つになるのです。神よ、平和をもたらして。」

聴衆が次々と立ち上がり、拍手喝さいを送る中、普段はアラブ人を敵視知ることの多いナタニアフ首相も立って拍手を送ったとのことです。

この二人のように、大局に立ち、あるべき行動を迷いなく行いたいものです。こんな立派なことはなかなかできませんが、世の中には、こういう人も確かにいるのだということが、私たちの可能性と勇気を与えてくれるように思います。

夏休み、8月を前にして、辛い歴史の延長線上にある平和を享受する中で、ちょっと広い視野で世の中を見てみました。

 以上です。

 


12:15 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2019/06/27

校長室だより

Tweet ThisSend to Facebook | by 先生
〇6月27日(木)
 6月23日の「沖縄慰霊の日」は本校の創立記念日でもあります。今年で創立42年目を迎えました。毎年、創立記念日に当たって生徒・保護者向けに印刷物を配付しています。以下に、6月21日付で配付した印刷物の原稿を載せました。

令和元年6月21日 

生徒・保護者の皆さんへ 

姉崎高等学校創立記念日にあたって

千葉県立姉崎高等学校 

校 長  小野  央 

 

 6月23日は本校の創立記念日です。今年度で創立42年目です。「地元に是非高等学校を!」という地域住民の方々の要望によって昭和53年(1978年)に創立しました。同年4月13日に第1回入学式が挙行され、188名(4学級)の新入生を迎えました。最初の入学者選抜検査は京葉高校で実施され、入学式は姉崎中学校体育館で行われるなど、新校舎落成までには大変な苦労をしたと言います。昭和54年6月23日に「校歌・校旗披露並びに体育館落成記念式典」が、本校体育館で挙行されたことから、6月23日を創立記念日と定めています。

当時、姉高生の勉学に対する意欲は旺盛で、希望に燃えて本校の校門をくぐりました。昭和56年3月9日に第1回卒業式を挙行し、その後は1学年8学級、そして10学級へと生徒数を増やしていきます。現在、1期生は57、8歳になっており、各分野で指導者・経営者として多くの方々が活躍していらっしゃいます。

 その後、少子化の影響のため学校規模を縮小していく中で、生徒指導面で多くの問題が生じた一時期がありましたが、今はそれを想像することもできないほど、落ち着いて学習ができる学校になりました。学校を立て直そうと、当時の生徒、職員が努力したからに他なりません。(姉高の再生の取組みは、「あねさきの風」上・下 白鳥秀幸 著 学事出版 の中で詳しく知ることができます。)進学・就職両面でも着実に躍進し、実績を上げています。

もう一つ忘れてならないのは、保護者の方々の思いです。子どもの居場所がある学校、安心して通える学校、学力・マナーが身につく学校、部活動に打ち込める学校。我が子が通う学校はそんな学校であってほしいという親としての思いです。これが、生徒・職員の学校改革に向かう気持ちを後押ししたのではないでしょうか。

 アフリカ大陸、大西洋に面する小国シエラレオネに、「子どもは親より高みへ」という言葉があります。(子どもには親の世代よりもよい教育、よい生活を保障してやりたいという気持ちが、この言葉の背景にあります。)本校の保護者の皆様も同様の気持ちでいらっしゃることと思います。「子どもは親より高みへ」という思いをもって、本校の教育活動への御支援・御協力をお願いできれば、ありがたいことです。

 さて、生徒の皆さんは、何か打ち込むものを持っていますか。また、好きでたまらないこと、それをしているときは、全然、苦痛を感じないようなことがありますか。「好きこそものの上手なれ」という(ことわざ)もあるように、そういう何かを持っていることは、一つの武器になります。

 好きなことに打ち込んでいるときは、特別な時間感覚を持つようになり、何時間取り組んでも平気です。ストレスも疲労も感じません。そして、知らず知らずの内にその道の達人になっています。

「1万時間の法則」と言われているものがあります。これは、どんなことでも1万時間かければ、達人、プロのレベルに達するという法則で、逆に言えば、ある分野でプロレベルに達するには1万時間かかるということでもあります。(諸説あり)1万時間は、1日約9時間かけたとして、3年かかる時間の長さです。1日約3時間かければ、10年かかります。

例えば、勉強が好き、知識がついたり、物事の仕組みがわかったりするのが楽しくてたまらないという人は、何時間勉強しても苦になりません。小中学生の頃から、1日何時間も勉強した人は、高校卒業する頃は勉強の達人になっていて、難関大学にも合格するわけです。

 これからの超情報化社会で生きていくには、高校の学力は必須です。大学に受かるだけでは通用しません。その上で、1万時間かけても苦にならない何かがあることで、自己の存在を差別化して有用な人物として世の中を渡っていくことができます。例えその何かを仕事とすることができなかったとしても、他分野でも注目されたり、評価されたりすることにつながります。なぜなら、他の人にはないスキルを身に着けていること自体、価値があるからです。そういう人は、何をやっても通用する力も知らず知らずの内に身につけているものです。また、就きたかった仕事でなくても、その仕事に1万時間費やせば、その仕事の達人になります。

 何でもいいので、1万時間かけてその分野の達人になりましょう。見える景色が違ってきます。自分を前面に押し出し、活躍できる力もついてくることでしょう。そういうエネルギーを、10年後、20年後の後輩たちにも受け継いでいってください。姉高の歴史が50年、60年と紡がれていくことを思い描きながら、今、しっかり行動してください。

 
  6月23日は、太平洋戦争での沖縄地上戦が終結した日(組織的戦闘が終結した日)で、「沖縄慰霊の日」でもあります。2年生は、10月の沖縄への修学旅行で、平和学習の一環として沖縄での地上戦について学びます。戦闘で命を落とされた方々の御冥福をお祈りいたします。


11:24 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
2019/04/12

校長室だより

Tweet ThisSend to Facebook | by 先生
〇4月12日
 「進路の手引き」巻頭言及び第1学期始業式式辞を以下に掲載しました。

平成31年度 進路の手引き 巻頭言

校長 小野 央

 

 皆さんは、社会という大海原に出ていくために、高校卒業後の進路を決めなければなりません。それは、不安と困難を伴うものです。しかし、信頼の置ける海図と羅針盤があれば、大航海も乗り切ることができます。「進路のしおり」は、進路決定という航海における海図や羅針盤に当たるものです。

 進路決定は闇雲に頑張るだけでは、結果につながりません。的確な方向を見据えて、限られた時間の中で最大の効果を得られるように行動しなければなりません。それには知識とデータが必要不可欠です。中でも、一般論としての知識やデータの他に、姉高生にとって有益な知識、データがあることで皆さん一人一人のやるべきことが具体的に絞られてきます。「進路のしおり」は、言わば、姉高生のためのオーダーメイドの進路情報資料と言えるでしょう。

 今年度の「進路のしおり」は、今まで以上に進路実現の効果を上げられるように、内容を一新しました。3年生についてはもちろんですが、早く進路選択に取り組むことが、希望の進路実現を達成できる可能性を高めることから、「2年生編」として、2年生関連のページを充実させています。「3年生編」では、就職、進学に分けて実践的な内容と、卒業生の進路実績データにより、自分の状況をイメージしやすくしてあります。

 「進路のしおり」の活用と先生方の指導を進路実現の取組みの両輪とすることで、希望の進路を実現する可能性が高まります。「進路のしおり」をぼろぼろになるまで読み込み活用すると同時に、先生方への積極的な進路相談をして、各自の進路実現を確実なものにしてください。

また、保護者の方とよく話し合うことも大事です。そのきっかけや材料としても、「進路のしおり」は有益な資料となります。友人と進路情報やり取りするときにも、拠り所となる資料です。その他にも、皆さんのアイデア次第で何とおりにも活用できると思います。

 皆さんは、よい結果が待っていることを信じて邁進してください。健闘を祈ります。


平成31年4月8日
平成31年度 第1学期始業式 式辞
    校長 小野 央

 何となく、いい形で新学期が始まっていく予感のする話です。4月当初、地元の方からこんな手紙をいただきました。抜粋を読み上げます。

 「私は市内で進められている挨拶運動の発起人の一人で、(略)運動を推進している者です。

(略)過日午前7時半ころ、路地を散歩していましたところ、野球部のユニホーム姿の生徒数名がネット越しに、私に対して防止を取って丁寧な挨拶をしてくれました。突然のことでしたが、見ず知らずの私に丁寧な挨拶をしていただき、野球部の皆さんの態度に素晴らしい感動を覚え、心地よい一日を過ごすことができました。(略)

このことは、今後地域の方々にも伝えていきたいと思います。(略)」

このような手紙です。

 本校野球部員数名の行動が、地域活動をしていらっしゃる方から高評価を得たわけですが、この数名の素晴らしい行動で、姉崎高校は素晴らしい学校だという評価を得たことになります。また、「今後地域の皆さんにも伝えていきたい」ということから、現代の表現で言うところの、拡散をしていくことが予想されます。

この方が、何らかのSNSをやっているなら、瞬く間に、全世界に、姉高は、素晴らしい学校だ、姉高の生徒は、清々しい挨拶のできる素晴らしい生徒だ、姉高いい高校、などという情報が拡散していくことになります。

逆に、人を不快に、不愉快にさせる行動を、たった一人でもした場合、一人の行動であっても、姉高はだめだ、どんでもない、ひどい生徒がいる学校だ、ということになり、それがネットに載ろうものなら、同じように、瞬く間に負の評価が全世界に拡散することになります。

この話が象徴することは、「すべてのことは一人から始まる」ということです。私たちは前面に出ていくことを避けたがります。集団の一員でいることで安心して、なかなか行動を起こしません。でも一人の行動が、集団を引っ張り、集団の評価を決定づけ、今度は、真に集団の行動につながっていくということです。

一人の行動が集団の評価につながるのなら、よいことをした方がいいに決まっています。

数名の野球部員の行動が、その数名のみならず、姉崎高校全体への高い評価につながったわけです。あなた一人の思いやりのある行動が、あなたの周りの人の気持ちを変え、気持ちだけではなく行動も変えていきます。

やろうとさえ思えば、今すぐにでも一人から始めればよいのです。それが、姉高を変えていきます。

以上です。新学期頑張っていきましょう。

平成31年4月9日

第42回入学式式辞

校長 小野 央

(略)

 さて、高校生活のスタートを切るに当たって新入生の皆さんは、何か目標を立てたでしょうか。漠然と目標を立てていては、達成状況は思わしくなっていきません。目標には、短期目標と、中長期目標があるのです。本来は、高校での目標を立てる前に、こういう仕事で、こういう業績を上げ、こういう社会貢献をする、というように、長期目標を立て、そこから逆算していくべきです。しかし、それができるに越したことはありませんが、大変難しいことでもあります。

私の高校時代、吹奏楽部で知り合った友人に、クラリネットの演奏家になりたいので、音楽大学のクラリネット科に進学するつもりだという人がいました。彼はそのために、一年生から個人レッスンに通い、試験にピアノがあるのでピアノレッスンに通い、見事、武蔵野音大クラリネット科に現役合格しました。今では、吹奏楽の世界では知らない人がいないくらいの、指揮者、指導者になっています。このような目標の立て方と努力の仕方は模範的ですが、そこまでは具体的に考えられない場合は、姉崎高校にどっぷりと漬かってください。授業、予習復習、品位ある服装・行動、部活動、朝読書、文化祭、体育祭、修学旅行その他諸々。姉崎高校で行われるすべてのことに身を委ね、委ねるだけでなく積極的に関わる。私の趣味は、姉高です、くらいの態度で学校生活に取り組んでみましょう。

姉崎高校の様々な学習活動は、皆さんにとって損なことは一つもありません。なぜなら、すべて生徒の利益のために行われているからです。それらに一生懸命取り組んでいるうちに、漠然としていた、ぼやけていた目標のピントがあってくるようになります。こっちの分野に進んでみようとか、具体的にこの仕事で身を立てていくとか、卒業後のことを語れるようになっていきます。つまり、品位、礼儀、学力、人間関係において、どの分野、方向に向かっても、生きてくることを行っているのです。

 このように、多方面に渡って学ばなければならないのは、皆さんが未熟であるからに他なりません。未熟とは、否定的な場面で使われることの多い言葉ですが、ここでは肯定的に捉えたいと思います。未熟だから弱かったり至らなかったりするのではなく、未熟だから可能性があるという捉え方です。未完成の部分があるだけ、作り出したり、積み重ねていったりすることができます。自分の殻を破り、変わっていく可能性を持っているということです。それに、わかるようになること、できるようになることは、本来、楽しくうれしいことのはずです。学習とは、机に向かっても、体を動かしても、精一杯取り組めば楽しい活動です。

 日本映画界を支えたカメラマンに宮川一夫という人がいます。黒澤明や小津安二郎といった名監督の下で撮影監督を務めた人です。その人の言葉に、「自分の力の限りを尽くせば、心はいつも安らかである」というものがあります。力いっぱい自分の限界を知るくらいの挑戦をすれば、かえって、落ち着いて姉崎高校での生活を遅れるのではないでしょうか。

皆さんは一人ではありません。姉崎高校では、先生や先輩が、あるいは今日の仲間たちが、様々な手を差し伸べています。まずはその手の一つを握ってみてください。そこから新しい出会いと貴重な経験が始まります。

(略)



10:39 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
2019/03/27

校長室だより

Tweet ThisSend to Facebook | by 先生
〇3月27日(水)
 平成30年度 第3学期終業式での校長式辞の原稿を掲載しました。実際には付け加えたり、削除したり、アレンジしたりして話しましたので、そのとおりではありませんが、概ね同様のものです。

平成31年3月22日

平成30年度 第3学期 終業式 校長式辞

 

 先日の卒業式の式次の中で、「挑戦するには失敗がつきものだ。しかし、若いときの失敗は財産になる」という趣旨のことを話しました。今日はその挑戦と失敗の関係について少し話をしようと思います。

 皆さんは、平成30年度の姉崎高校での課程を修了し、高校生活も残すところ1年、2年ということになりました。卒業後の進路に向けて、あるいはもっと先の自己実現に向けて挑戦しなければなりません。挑戦は一時的な、一過性のとは限りませんから、挑戦し続けなければならないものでもあります。

 いずれにせよ、皆さんにとってのこれからの1、2年は大事な時期です。しかし、挑戦と失敗は密接な関係にあって、挑戦するからには失敗もするのです。

 私たちはややもすると失敗をネガティブに捉えがちですが、本当にそうでしょうか。

 挑戦している時期は、周囲からはうまくいっていないように見えます。この時期の一部分を取り出して、人は『失敗だ』と言いますが、思うようにいかないから、今できないことだから挑戦しているわけです。失敗は負けて失うのではなく、やりたいこと、成し遂げたいことに気持ちを向けている状態であるということができます。この時間は一見辛い時間でもありますが、向上に向かっている輝ける時間でもあります。それに、成し遂げたいことに真剣に向かっている人は、不思議と辛さも苦しさも感じないものです。私は10代から20代の頃、演奏家を目指して、個人レッスンに通い、バンド活動をし、1日8時間以上楽器を演奏していた時期が5,6年ありましたが、今考えると、体力的にも精神的にもやれる気がしません。ところがその時はどうってことなかったのです。演奏家にならず、あるいはなれず、ここにこうしているのには、色々なことがあったのですが、それはまたの機会に。

 このように考えると失敗が財産になるという意味が分かってくるのではないでしょうか。

 ここでひとつの問題があります。それは、高校での3年間は挑戦の結果を出すのにはあまりにも短いということです。私は、3年で結果が出ることの方が稀だと考えています。希望の大学に合格したり、希望の会社から内定をもらったりすることは、もちろん一つの目標の達成ではありますが、それが挑戦の結果ではないのです。果たすべきは、もと先に見据えていなければなりません。卒業までに思うように結果が出せなかったとしても、それがすべてではありません。また、輝かしい進路実現をしたからと言ってそこでおわりではありません。人生をどのように謳歌し、社会にどう貢献し、一生を充実の内に終えられるか。そこまでのことを考えてください。そうすると、結局一生挑戦と失敗の連続なのかもしれません。

 すくなくとも、高校で挑戦したこと、頑張ったことは、一生を支え、気づかないうちに役に立っていきます。とにかく、卒業までの1年、2年を力いっぱい頑張るしかありません。人間は、基本的に楽をしたがるなまけ者なので、なまける自分を見るのが嫌だから、まず、頑張っておこうという気持ちでやってみましょう。そうこうするうちに、知らず知らずの内に頑張っている自分に気づくことになります。「おっ、おれ、わたし、頑張っているかも!」という感じに。

 もう一つ、私のエピソードです。私は元々国語の教員ですが、教員になろうという意志をもってなったというよりは、とりあえずやってみようという、甚だけしからん気持ちでなったのです。それが、授業を何とかやれたのは、知らず知らずの内に国語、文学の素養を私に植え付けた大学教育のおかげです。また、高校時代、知らず知らずのうちに挑戦していた、頑張っていた国語の勉強だったのではないかと思います。高校時代どんな挑戦をしていたかと言いますと、出身高校の国語科では、学年ごとに古典の一作品の参考書を買わせ、古典の定期テストで範囲を決めて出題していたのです。授業では扱わず、自学自習です。1年生では、旺文社の「徒然草」、2年生では、日栄社の「枕草子」、3年生では、同じく日栄社の「源氏物語」前編・後編。源氏物語は膨大な分量ですので、主だった巻き巻きとあらすじの書かれた参考書ですが、古典の代表的な作品3つをいやでも読んでしまうというシステムでした。これに触発されて、授業で唐詩をやったら、三省堂の「唐詩」という参考書を買って勉強し、論語をやったら、角川文庫の「論語」を買って勉強し、竹取物語をやったら、角川文庫の、伊勢物語をやったら、角川文庫の、芥川を、漱石をやったら、新潮文庫の、角川文庫の、というようにその作品を全編読んで勉強したのです。これは誰かからやらされたのではなく、好きでやっていたのだと思います。また、国語以外でも、政治経済や日本史、世界史で、経済やイスラムの歴史などをやると、そのテーマを扱った講談社新書や岩波新書読み、生物や物理で遺伝やエネルギー、地学で宇宙のことをやると、講談社ブルーバックスを買って読むという風に、断片ではなく全部に当たろうとしました。では、高校の成績は良かったのかというと、ほとんどビリで、テストには全く生かされなかったのです。それもそのはず、非常に効率の悪い勉強の仕方で、テスト範囲を集中的に勉強することには全然つながらないものでした。その上、英語、数学の成績に至っては、費やす時間はこのような読書と楽器の練習に回されたので、よいわけがありません。

 ところが、教員になってから、高校時代に勉強したことが役に立ち、教材研究にさほど苦労せず、毎日の授業がこなせていったのです。それに、高校、大学時代の幅広い読書によって、評論の授業での背景説明やエピソード、作家の人柄など、幅広い話題提要も労せずできたのでした。いつどこで、挑戦の成果がもたらされるかわかりません。

 だから、高校3年間で結果を出すことに大きな意味はないのです。もちろん、良い結果がでることに越したことはありませんが、短いスパンで結果がでないからといって、嘆くことはありません。ただ、挑戦し続けているということが結果を出す条件です。「おれ、まだ本気を出していないだけ」といって何もしなければ、結果は出ません。

 まずは、挑戦しましょう。


11:07 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2019/03/13

校長室だより

Tweet ThisSend to Facebook | by 先生
〇3月13日(水)
 卒業証書授与式及び同予行日に際して、卒業生、生徒、保護者に配付された、「PTAだより」、生徒会誌「銀杏」に寄せた挨拶、巻頭言を以下に掲載しました。

「PTAだより」第106号 校長挨拶「高校卒業のめでたさに思う」
                               校長 小野 央

 先日、イラストレーターの益田エリ氏のエッセイを新聞紙上で読みました。氏の父上が氏に書き残した手記の一節が紹介されていました。以下引用。「手記はこんなふうにはじまっていた。『人生色々な場面で万歳との出会いが有るが、その多くはその場限りの万歳である。嬉しさの余り、感極まって万歳と叫ぶなどそう多い事ではない。この少ない幸運に私はこれまで二度、巡り合うことができた。』この『二度』が、わたしと妹が生まれた日なのである。」

 私自身は、「三度」の幸運に巡り合いましたが、時間が経つにつれてその「幸運」を恨めしく思ったり、腹立たしく思ったりしたものです。もっと褒めておけばよかった。

 さて、お子様は姉崎高校を卒業し、文字どおり巣立っていきます。万歳をして喜んだ親のことなど気にすることも、頼ることもだんだんなくなっていくことでしょう。それでいいのです。そうでなくては安心できません。お子様の頼もしい活躍を祈念して、御卒業をお祝いいたします。

生徒会誌「銀杏」巻頭言 「当事者意識をもって姉校を考えよう」

校長 小野 央

 人は組織や社会の一員でありながら、ボランティアでその一翼を担おうという姿勢は消極的なものです。政治家にみられるように、感心するくらいのエネルギーと義務感や奉仕の精神をもって、自治体や国の舵取りに当たる人たちがいる一方で、身近な生活を陰で支える行為は面倒なのです。私もその例外ではありません。地元の行政協力員やPTAのような保護者会組織の役員などは、できれば避けて通りたいものです。しかし、誰かが運営に携わらなければ、組織や社会はうまく回っていきません。誰かがやらなければならないのなら、気は進まないけれどもやる価値はあるのではないでしょうか。やらなかった場合と比べれば、見える景色は違ってくるはずです。人間的にも成長することでしょう。

 例えば、PTAの役員は、自分の子どもがその学齢にある時しかできないことです。それだけでもやる価値はあります。私は小学校のPTA副会長と会長を務めましたが、時間的な拘束や連絡調整の難しさ、人間関係の煩雑さ等々に辟易することはありましたが、やらなければ得られなかったかけがえのないものがありました。今地元の区長や神社総代をやっていますが、その立場にならなければ知り合うことのなかったいい人、立派な人、すごい人に出会うことができました。大学の父母後援会の理事もしていますが、理事をやらなければ見ることのできない大学の様子、教授の皆さんとの交流など、いい経験をしています。

 さて、生徒会も同様の経験ができる組織です。一会員でいれば、面倒なことに関わらなくて済むかもしれませんが、学校や生徒の在り方、先生方の考えや指導、学習や学校行事の意義等々について、深く考える機会を逃すかもしれません。また、不平不満のレベルで言いたいことを吐き出しやすくなり、物事が建設的な方向に進みません。これが、役員として組織運営していこうという立場になると、不満を訴えるだけではだめだということに気づくようになります。

 会長をはじめとする生徒会役員の皆さんは、日々様々な問題に直面していきますが、問題の本質を見極める力、交渉して解決する力、冷静に対応する力等々、コミュニケーション能力を養い高める場面が目白押しです。気が休まらなかったり、いわれのない批判を受けたりすることもある難しい立場ですが、傍観できない立場にいるからこそ、能力を高め成長ができるのです。姉崎高校をよろしくお願いします。役員以外の生徒の皆さんは、当事者意識をもって学校を、学習活動を考えてみましょう。もし、自分が生徒会長だったら、校長だったら・・・。ちょっと違った景色が見えるかもしれません。


15:17 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2019/03/13

校長室だより

Tweet ThisSend to Facebook | by 先生
〇3月13日(水)
 3月7日(金)は、本校第39回卒業証書授与式でした。当日の校長式辞の抜粋原稿を以下に掲載しました。
卒業証書授与式校長式辞(抜粋)
姉崎高等学校長 小野 央

〔略〕

姉崎高校は、皆さんがこれから生きていく上で必要なことは、すべて提供しました。その全部を身に着けさせたかというと、残念ながら不十分なところもありますが、道を切り開き、足りないところを補っていく力はしっかりつけています。焦らずたゆまず、未熟な部分は、これから、職場や大学などで研鑽し補ってください。

 未熟な者は何もできないのでしょうか。いえ、そんなことはありません。

作家の北村薫氏の作品の中に、「未熟な内でないと出来ないこともあると思っています」という言葉があります。北村氏は、公立高校の国語科教員から作家になった人ですが、卒業生の様子や、自身が新米教員だった頃のことを思い出して作品に反映されたのかもしれません。この言葉は、円熟や完成の域にはないかもしれないけれども、経験も浅く、未熟であるからこそできることがあるということを言っているのだと思います。経験を積むと責任も生じ、失敗を恐れるようになります。無難にまとめようと苦心することになり、挑戦したり新しいことに取組んだりする意志が弱くなりがちです。皆さんにはこれから思い切って挑戦し、力をつけていってほしいのです。若くして挑戦した上での失敗はむしろ財産となります。

 では、挑戦していくエネルギーはどうやって蓄積したらよいのでしょうか。

 私は始業式などの式辞の中で、こつこつ、真面目に、継続して努力し、物事に取り組むことの意義を、繰り返し述べてきたつもりです。それが一番強い生き方だとも言いました。昔話の「うさぎとかめ」の亀の生き方です。器用に立ち回るよりも、最後に成果を上げるのは、あるいは、生き残るのは「亀」の生き方です。一気にたくさんのことをやろうと欲張るよりも、少しずつ、とにかくなまけずに続けると、気が付いた時には大きな業績となって返ってきます。

私は、次の言葉を読んだとき、やっぱりそうだ。「亀」の生き方は強いと確信しました。

それはこんな言葉です。

 「ゆっくりでも、止まらなければ結構進む」

どうということもない言葉ですが、「はやぶさ2」計画のプロジェクト・マネージャーを務めた国中 均教授の言葉だということを知ると、その含蓄を考えないではいられません。この小惑星探査計画の探査機「はやぶさ2」は、往路で32億キロメートルを飛行して小惑星「リュウグウ」に着陸しました。

イオンエンジンという、極めて低出力のエンジンで、細々とではありますが、たゆまず、うまず、地道に確実に距離を重ねたのです。この地道さが強さ、たくましさの土台となります。この姿勢を実行することで、挑戦するエネルギーが蓄積されます。

卒業生の皆さんには、こんな、目立たないけれど強い生き方をしていってほしいのです。

この言葉は、「諦めなければ、結構叶う」とか「思い続ければ、結構通じる」あるいは「希

望を持ち続ければ、結構開ける」ということにも通じる普遍性があります。本校の校歌にある「新たなる未来を開く」「豊かなる希望に燃ゆる」という一節とも響き合います。

 しかし、希望や夢は、失ったり、破れたりもするものです。その時こそ、「ゆっくりでも止まらない」生き方をしてきた人の強さが発揮されるときです。私は、卒業生の皆さんは、そういう強さを身に着けて卒業していくことを確信しています。

 自閉症スペクトラムの障害を持つ私の息子は、小学校、中学校時代を特別支援学級に在籍し、なまけずこつこつ頑張ることで普通高校に進学し、この春大学を卒業します。低出力エンジンですが、なまけず続けるという能力を持っていました。やはりこれに勝る強さはないと思います。

〔略〕

卒業生の皆さんの御多幸と、これから御活躍をお祈り申し上げ、式辞といたします。

 前向きで豊かな人生を送られることを祈っています。

〔略〕


15:00 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2019/01/18

校長室だより

Tweet ThisSend to Facebook | by 先生
〇平成31年1月18日
 本校3年生は、今年度、卒業課題研究に取り組みました。これは、「総合的な学習の時間」と「現代社会」の教科横断的な取組で、各自が決めたテーマについて独自に研究を進め、冊子にまとめて発表するというものです。
 1月10、17、21日の3日間にわたって、校内8か所の教室に分かれて発表を行います。今日の時点で2回目を終了しています。
 3年生徒の研究をまとめた冊子(1月7日発行)の中の校長の巻頭言を以下に載せました。

「卒業課題研究」発刊に寄せて

校長 小野 央

 「卒業課題研究」の完成、おめでとうございます。これは「おめでとう」というにふさわしいことであるということを、3年生の皆さんには自覚してほしいと思います。

設定したテーマに従って、仮説・調査・取材・論証等を行い、まとまった文章に仕上げるという経験は、生涯に何回もあることではありません。将来、学者になったり、民間の機関や会社の開発室等に勤務したりする人は、より専門的な立場で仕事として研究をすることになるかも知れませんが、初歩的なものとは言え、高校段階で学術的な手法を体験するのはまれなことでありますし、意義深いことでもあります。

私も高校時代同様の経験をしました。高校1年生の時です。現在ではそんな授業は成立しないでしょうが、当時の母校には、地理Bの授業は生徒が行うという習わしがあって、担当の地理の先生は授業の終わりに評価のコメントしかしませんでした。生徒は、先生に指定されたテーマについて調べ、授業を行うのです。私は、ソビエト連邦について4時間の授業を行うことを指定されました。そのために、入学祝で父の友人からいただいた1万円の図書券でソ連についての書籍を買い、図書館で調べ、指導案を作り、掲示用の地図や配付資料を作り、板書計画を立て授業を実施したのでした。ところが、後半の2時間は、ひどい風邪にかかってしまって、鼻水を大量に垂らしながら、ぼうっとした頭で授業をすることになり、出来はひどいものでした。しかし、必死に調べたことを授業という形でプレゼンするという貴重な体験をしたのです。もしかしたら、教師の道に進んだのも、この時の影響があるかもしれません。

3年生の皆さんにとっても、課題に取り組み、プレゼンするという体験は、皆さんの血や肉となり、知らず知らずの内に影響を与え続けるでしょう。もちろん悪い影響を与えることはありません。記憶の上でも、生涯忘れえないものとなることと思います。

大学に進む人は、ゼミのレポートや卒業論文等でこの研究で学んだことを活かせるでしょう。また、様々な場面で、これで得られたノウハウを活用できると思います。

最後に、卒業を控えた生徒たちに、このような取り組みをさせてくださった学年主任 大鐘先生はじめ3学年の先生方、特に、中心となって指導・運営に携わってくださった石川先生に感謝申し上げるとともに、3年生の皆さんは、この「卒業課題研究」を、姉崎高校で学習に取り組んだことの証として、また、自己を振り返る一助として、大切に保管されることを望みます。


17:28 | 投票する | 投票数(6) | コメント(0)
2018/10/29

校長室だより

Tweet ThisSend to Facebook | by 先生
〇10月29日(月)
 明日から11月2日まで、3泊4日の日程で沖縄への修学旅行に行ってまいります。
 台風の影響が懸念されましたが、旅行中は沖縄本島に上陸する可能性は低く、何とか旅程をこなせそうです。
 以下に、修学旅行のしおりの巻頭言を載せました。

修学旅行のしおり 巻頭言

「沖縄の明暗を見る旅」

校長 小野 央

 「ダークツーリズム」という言葉がある。被災地、戦跡などを巡る旅をすることである。修学旅行はその代表的なものと言える。近年、修学旅行がマイルド化、あるいは思い出作り化し、戦跡などをコースから外す学校も出てきていると聞く。明るく楽しく、高校時代の思い出ができればいいと考えているのかどうかは定かではないが、私としては、修学旅行の在り方としては賛同できない。好き好んで、広島、長崎の原爆被遺跡や沖縄戦の戦跡、特攻隊の基地跡、近年では福島の津波や放射線被害跡、九州豪雨被災跡等を訪れようとはしないだろう。しかし、機会を見つけて行かなければならない場所なのである。特に10代の多感な時期にこれらの地を訪れることに意味があるのだ。

 沖縄は自然の美しさと太平洋戦争の激戦地だったこととの対比が、悲しみの記憶をより強くさせる地である。また、日本における米軍基地の7割が沖縄にあり、所謂(いわゆる)基地問題を抱えながら、今も戦争とつながっている地でもある。様々な問題を抱える地だが、その解決の糸口はなかなか見出せない。解答は見つけられなくて構わない。沖縄の自然も人情も戦跡も基地問題も、事前学習と実際の沖縄との違いや予想通りだったことも含めて、まずは現地で感じることが姉崎高校の沖縄修学旅行の目的である。天候のリスクを冒してでも行く価値はある。

 生徒の皆さんには、深く心に残ったり、受け入れられなかったりと様々な感慨が残るだろう。それらを一旦心に収め、沈殿させ、もう少し大人になったところで、また沖縄を訪れてほしい。できれば少人数で、あるいは一人で。そうすることで、高校時代とは違った印象を抱いたり、その時は見えていなかったものが見えてきたりするだろう。どの地域・土地にも光と影がある。その両面を見ることが大事である。

 最後に、修学旅ならではの楽しみも味わってほしい。クラスメートと旅することは、多くの人はこれが最後である。「また会おうね」と言って卒業して、それっきり会えない人の方が多い。姉高での3年間は奇跡の時間なのである。その中に修学旅行がある。短い旅だが、今まで気づかなかったその人の好いところに気づくかもしれない。中のよいクラスメートと体験を共有することで楽しさが倍増するかもしれない。姉崎高校の仲間だから感じることのできることである。会えなくなっても、修学旅行で一緒だったことは一生心に残る。 


12:00 | 投票する | 投票数(4) | コメント(0)
2018/08/17

校長室だより

Tweet ThisSend to Facebook | by 先生

8月17日(金)

 7月23日(月)から3日間、就職希望者のための講座「就職セミナー」が行われました。外部講師を招聘し、本校進路部職員が、書類の書き方、面接・試験対策、服装・態度から心構え全般について懇切丁寧に指導する就職対策講座で、毎年この時期に行われているものです。

7月23日午前8時40分、就職希望の生徒たちは、本校セミナーハウス「銀杏館」食堂に集合し、開講式を行いました。面接に行くことを想定し、生徒たちはネクタイ着用で集合することになっています。制服の着こなし、髪型等々、まず開講式にどれくらいの完成度で集まることができたかがポイントです。ほとんどの生徒は、日頃の服装頭髪指導の成果で、意識も含めて問題ない状況でしたが、何人かは改善の余地がありました。しかし、軽微であり当日の指導で十分だと思われました。

引き続き、就職内定率100パーセントが達成されるように、進路指導部、3学年職員が中心となって指導してまいります。

以下に、開講式での校長挨拶の要旨を掲載しました。(前後の部分は割愛してあります。)

 

「正念場」という言葉を聞いたことあるかと思います。今が頑張り時だという時に、「〇〇の正念場だ」とか「今が〇〇の正念場である」などと遣います。今まさに、皆さんは、就職活動の正念場にあるわけです。皆さんは1・2年生の時から、進路実現を目指して、進路指導部や学年の先生方の指導に従って頑張ってきたことを私は知っています。それを集大成させるのが、これから就職試験本番までの限られた時間の中でやらなければならないことです。

さて、「正念場」は元々、歌舞伎や浄瑠璃などの舞台用語で、主役が演じる最も肝心な場面のことを言います。「正念場」の「場」は、場面の「場」に由来するのです。皆さん一人一人は、「就職活動」という舞台の主役です。その舞台の最も肝心な場面が今なのです。主役として肝心な場面をしっかり演じ切らなければなりません。今までの努力とこのセミナーで得たこと、これから本番までの追い込みで身に着けたこと、それらを総動員して「正念場」で輝き、結果を残してください。本(もと)より、これはリアルな世界でのことです。最後までくじけず、ぎりぎりまで自分を磨いてアピールしてください。


10:28 | 投票する | 投票数(4) | コメント(0)
2018/07/20

校長室だより

Tweet ThisSend to Facebook | by 先生
〇7月20日(金)
 本来であれば、今日の終業式では式辞を述べるところでしたが、体育館の気温、湿度が劣悪な状態でしたので、生徒は聞くことに集中できる状況にはないと判断するとともに、熱中症の予防も必要であることから、夏季休業をどう過ごすかというポイントだけを伝える非常に短い話を生徒にしました。
 1学期終業式式辞として述べる予定であった内容につきましては、別の機会に掲載したいと思います。
 本日(7月20日)に生徒を通じて配付しました「姉高PTAだより」の校長挨拶を以下に載せました。

「豊かな人生に資する学校として」
校長 小野 央

 子どもの成長は、過去から未来へ流れの中で見る必要があると思います。ともすると私たちは、今の状況が結果のすべてであるかのように評価してしまいがちですが、成長の過程での相対的評価もしていかなければ正しい見立てにつながらないでしょう。短期間に著しい成長をすることもあれば、なかなか殻を破れないで停滞することもあります。10年後、20年後に大きな結果がもたらされることもあれば、その逆もあります。 
 目先のことに一喜一憂するよりも、豊かな人生を送れるかということに重きをおくべきだと考えます。

 20年ほど前に、国立大工学部に飛び級で入学をした高校2年生がいましたが、彼は幼い頃の憧れだった大型トラックの運転手になっています。サークル活動もし、大学生活を謳歌した後、大学院も修了。研究者としての経験やその他色々経験して、本当にやりたかった仕事に就いたのです。これを残念な人生とみるべきでしょうか。私は豊かな人生を送っていると思います。

 姉崎高校は、豊かな人生を送るための材料を持って卒業する学校であってほしいと思います。今年度も御家庭からの御支援を賜れますよう、よろしくお願いいたします。


11:10 | 投票する | 投票数(5) | コメント(0)
1234