千葉県立姉崎高等学校

 

平成30年度の取り組み

平成30年度「一校1キラッ!」→(1)H30 1キラ.pdf

 

アクセス


●所在地
住所:千葉県市原市姉崎2632
TEL:0436-62-0601 
FAX:0436-61-7679
●アクセス 
鉄道:JR内房線姉ヶ崎駅バス10分
バス:小湊バス『帝京大医療センター前』行 『姉崎高校前』下車徒歩1分
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校長室だより

NEWS
123
2018/10/29

校長室だより

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〇10月29日(月)
 明日から11月2日まで、3泊4日の日程で沖縄への修学旅行に行ってまいります。
 台風の影響が懸念されましたが、旅行中は沖縄本島に上陸する可能性は低く、何とか旅程をこなせそうです。
 以下に、修学旅行のしおりの巻頭言を載せました。

修学旅行のしおり 巻頭言

「沖縄の明暗を見る旅」

校長 小野 央

 「ダークツーリズム」という言葉がある。被災地、戦跡などを巡る旅をすることである。修学旅行はその代表的なものと言える。近年、修学旅行がマイルド化、あるいは思い出作り化し、戦跡などをコースから外す学校も出てきていると聞く。明るく楽しく、高校時代の思い出ができればいいと考えているのかどうかは定かではないが、私としては、修学旅行の在り方としては賛同できない。好き好んで、広島、長崎の原爆被遺跡や沖縄戦の戦跡、特攻隊の基地跡、近年では福島の津波や放射線被害跡、九州豪雨被災跡等を訪れようとはしないだろう。しかし、機会を見つけて行かなければならない場所なのである。特に10代の多感な時期にこれらの地を訪れることに意味があるのだ。

 沖縄は自然の美しさと太平洋戦争の激戦地だったこととの対比が、悲しみの記憶をより強くさせる地である。また、日本における米軍基地の7割が沖縄にあり、所謂(いわゆる)基地問題を抱えながら、今も戦争とつながっている地でもある。様々な問題を抱える地だが、その解決の糸口はなかなか見出せない。解答は見つけられなくて構わない。沖縄の自然も人情も戦跡も基地問題も、事前学習と実際の沖縄との違いや予想通りだったことも含めて、まずは現地で感じることが姉崎高校の沖縄修学旅行の目的である。天候のリスクを冒してでも行く価値はある。

 生徒の皆さんには、深く心に残ったり、受け入れられなかったりと様々な感慨が残るだろう。それらを一旦心に収め、沈殿させ、もう少し大人になったところで、また沖縄を訪れてほしい。できれば少人数で、あるいは一人で。そうすることで、高校時代とは違った印象を抱いたり、その時は見えていなかったものが見えてきたりするだろう。どの地域・土地にも光と影がある。その両面を見ることが大事である。

 最後に、修学旅ならではの楽しみも味わってほしい。クラスメートと旅することは、多くの人はこれが最後である。「また会おうね」と言って卒業して、それっきり会えない人の方が多い。姉高での3年間は奇跡の時間なのである。その中に修学旅行がある。短い旅だが、今まで気づかなかったその人の好いところに気づくかもしれない。中のよいクラスメートと体験を共有することで楽しさが倍増するかもしれない。姉崎高校の仲間だから感じることのできることである。会えなくなっても、修学旅行で一緒だったことは一生心に残る。 


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2018/08/17

校長室だより

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8月17日(金)

 7月23日(月)から3日間、就職希望者のための講座「就職セミナー」が行われました。外部講師を招聘し、本校進路部職員が、書類の書き方、面接・試験対策、服装・態度から心構え全般について懇切丁寧に指導する就職対策講座で、毎年この時期に行われているものです。

7月23日午前8時40分、就職希望の生徒たちは、本校セミナーハウス「銀杏館」食堂に集合し、開講式を行いました。面接に行くことを想定し、生徒たちはネクタイ着用で集合することになっています。制服の着こなし、髪型等々、まず開講式にどれくらいの完成度で集まることができたかがポイントです。ほとんどの生徒は、日頃の服装頭髪指導の成果で、意識も含めて問題ない状況でしたが、何人かは改善の余地がありました。しかし、軽微であり当日の指導で十分だと思われました。

引き続き、就職内定率100パーセントが達成されるように、進路指導部、3学年職員が中心となって指導してまいります。

以下に、開講式での校長挨拶の要旨を掲載しました。(前後の部分は割愛してあります。)

 

「正念場」という言葉を聞いたことあるかと思います。今が頑張り時だという時に、「〇〇の正念場だ」とか「今が〇〇の正念場である」などと遣います。今まさに、皆さんは、就職活動の正念場にあるわけです。皆さんは1・2年生の時から、進路実現を目指して、進路指導部や学年の先生方の指導に従って頑張ってきたことを私は知っています。それを集大成させるのが、これから就職試験本番までの限られた時間の中でやらなければならないことです。

さて、「正念場」は元々、歌舞伎や浄瑠璃などの舞台用語で、主役が演じる最も肝心な場面のことを言います。「正念場」の「場」は、場面の「場」に由来するのです。皆さん一人一人は、「就職活動」という舞台の主役です。その舞台の最も肝心な場面が今なのです。主役として肝心な場面をしっかり演じ切らなければなりません。今までの努力とこのセミナーで得たこと、これから本番までの追い込みで身に着けたこと、それらを総動員して「正念場」で輝き、結果を残してください。本(もと)より、これはリアルな世界でのことです。最後までくじけず、ぎりぎりまで自分を磨いてアピールしてください。


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2018/07/20

校長室だより

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〇7月20日(金)
 本来であれば、今日の終業式では式辞を述べるところでしたが、体育館の気温、湿度が劣悪な状態でしたので、生徒は聞くことに集中できる状況にはないと判断するとともに、熱中症の予防も必要であることから、夏季休業をどう過ごすかというポイントだけを伝える非常に短い話を生徒にしました。
 1学期終業式式辞として述べる予定であった内容につきましては、別の機会に掲載したいと思います。
 本日(7月20日)に生徒を通じて配付しました「姉高PTAだより」の校長挨拶を以下に載せました。

「豊かな人生に資する学校として」
校長 小野 央

 子どもの成長は、過去から未来へ流れの中で見る必要があると思います。ともすると私たちは、今の状況が結果のすべてであるかのように評価してしまいがちですが、成長の過程での相対的評価もしていかなければ正しい見立てにつながらないでしょう。短期間に著しい成長をすることもあれば、なかなか殻を破れないで停滞することもあります。10年後、20年後に大きな結果がもたらされることもあれば、その逆もあります。 
 目先のことに一喜一憂するよりも、豊かな人生を送れるかということに重きをおくべきだと考えます。

 20年ほど前に、国立大工学部に飛び級で入学をした高校2年生がいましたが、彼は幼い頃の憧れだった大型トラックの運転手になっています。サークル活動もし、大学生活を謳歌した後、大学院も修了。研究者としての経験やその他色々経験して、本当にやりたかった仕事に就いたのです。これを残念な人生とみるべきでしょうか。私は豊かな人生を送っていると思います。

 姉崎高校は、豊かな人生を送るための材料を持って卒業する学校であってほしいと思います。今年度も御家庭からの御支援を賜れますよう、よろしくお願いいたします。


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2018/06/26

校長室だより

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〇6月26日(火)
 創立記念日
 6月23日(土)は、本校の創立記念日でした。また、「沖縄慰霊の日」でもあります。昨年は、金曜日でしたので、当日に「創立記念日にあてって」という生徒向け文書を配付できたのですが、今年は土曜日でしたので、前日の金曜日、22日に配付しました。その日はPTAの研修視察を実施した日でもあります。移動のバス内での校長挨拶でも、創立記念日とこの配付文書のことにも触れました。
 以下に、配付した文書の載せました。
* 

生徒の皆さんへ

姉崎高等学校創立記念日にあたって

校長 小野  央 

  6月23日は本校の創立記念日です。今年度で創立41年目です。(沿革については配付された別文書を参考にしてください。)昭和53年(1978年)4月13日に第1回入学式が挙行され、188名(4学級)の新入生を迎えました。最初の入学者選抜検査は京葉高校で実施され、入学式は姉崎中学校体育館で行われるなど、新校舎落成までは大変な苦労をしました。しかし、生徒たちの勉学に対する意欲は旺盛で、希望に燃えて本校の校門をくぐったと聞いています。

昭和56年3月9日に第1回卒業式を挙行し、その後は1学年8学級、そして10学級と生徒数を増やしていきます。(昨年度と同内容です。)

本校創立の特徴は、地域・地元の方々が、「姉崎地区に高校を! 地元の子どもは、地元で育てる」という強い要望によって実現したというところにあります。県への陳情や学校敷地の確保など、地域の篤志家や住民の方々の一方ならぬ尽力があってのことと聞いています。

このような創立の背景もあって、本校には同窓会の他に、後援会があります。地元町会の役員や有識者の皆様方が、役員や賛助会員として手弁当で参加してくださっており、部活動、生徒指導、職員研修など、様々な本校の活動を支援していただいています。

現在本校は、1学年4学級規模と、高校としては小規模校となりましたが、創立当時の地域・地元の期待は今も変わっていないことを、ACN(青葉台コミュニケーション・ネットワーク)の活動や地域住民の方々から寄せられる声から、うかがい知ることができます。

この期待には、本校生徒は、やはり応えていかなければなりません。

では、皆さんは何をすればよいのでしょう。ことさら構えることはありません。高校生として当たり前のことを精一杯やればよいのです。精一杯というところが大事です。

高校生としての当たり前のこととは、学校での学習と家庭での学習を含む勉学、部活動、校則に則った品位ある服装、高校生であると同時に社会の一員としての正しい行動(挨拶も含みます。)です。結構あるじゃないかと思う人もいるかもしれませんが、高校3年間に限って言えば、これだけを精一杯やっていれば、誰の前に出ても恥じることはありません。たったこれだけです。その上、これらを精一杯やった高校生は、社会人としてもすぐに通用するという特典がついてきます。

難しいことがあるとすれば、「精一杯」の線引きをどこにするかということでしょう。これは自分で決めなければいけません。人それぞれ違うレベルにはなりますが、本校の現状を見て、私は、ほとんどの皆さんはまだ精一杯ではないと見ています。まずは精一杯やることが大事で、結果は二の次です。結果はやったことに対して必ずついてきます。ただし、すぐに出るとは限りません。しかし、やったことに見合った結果が確実にもたらされます。まず、今、精一杯やらないことには何も始まりません。

私が精一杯ではないと判断する第一の理由は、家庭学習時間の短さです。勉強がすべてではないとは言え、学校で一番時間を費やしているのは学習の時間です。体育などの実技も学習です。体育の授業でできなかった種目があれば、自分で練習しなければなりません。座学の授業でも、わからないところや時間がかかり過ぎたところ、また、授業中にはできたことでも時間が経って忘れてしまったところは、自分で補わなければなりません。

では、皆さんの家庭学習時間の現状はどうでしょうか。昨年度の家庭学習時間調査によりますと、1日の家庭学習時間(定期テスト期間外)が30分以下の人は、1年生で73パーセント、2年生で89パーセント、3年生で84パーセントです。0分という人は、1年生で38パーセント、2年生で73パーセント、3年生で58パーセントでした。何ということでしょう。高校で学習する領域・量からすれば、全く通用しない状況です。勉学は積み重ねですから、この状況からは学力は定着しないし、伸びることもありません。そんな中でも2~3時間毎日家庭学習をしている人も各学年3~6パーセント程度います。復習を中心にしたものでも2~3時間程度の時間は必要です。(因みに、テスト期間外でも毎日3~4時間勉強している人も各学年1パーセント程度います。)

部活動で疲れて今すぐにでも寝たい、ワールドカップの応援をしないと日本が負けてしまう等々、家庭学習をしない言い訳はいくらでもできます。精一杯やる人は何も言わずに行動するものです。行動の結果は自分に返ってくることを知っているからです。

高校生としての当たり前のこと。何から始めますか。まず何か一つ、精一杯やってみましょう。

そういう行動を見る地元の方々は、皆さんの姿を見て、姉高を応援していてよかったと思ってくださることでしょう。社会的評価が高まり、ますます力になってくださるのではないでしょうか。また、当たり前のことを精一杯やる姿は、学校としての落ち着きと就職・進学での実績につながり、本校を目指す中学生に、より一層刺激を与えることになります。そこには切磋琢磨が生まれ、学校の実力を引き上げていきます。在校生の皆さんの行動が好循環を生むわけです。

創立記念日をきっかけに、高校生として精一杯頑張る自分に、舵を切ってみてはどうですか。

 

   6月23日は、太平洋戦争での沖縄地上戦が終結した日で、「沖縄慰霊の日」でもあります。

戦闘で命を落とされた方々の御冥福をお祈りいたします。


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2018/05/28

校長室だより

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〇5月28日(月)
 先週、本校の「進路の手引き」ができあがりました。本校の進学、就職状況が徐々に向上していることが、資料からうかがえます。特に、就職に関しては、進路指導部斡旋の企業には、6年連続、内定率100パーセントを達成しています。進学では、ここ数年にわたり、神田外語大、東海大、日大、千葉工大等、有名私立大学への進学が定着してきました。今年度も進路指導部の職員を中心に、3年生への進路指導が進行しています。
 以下に、「進路の手引き」の巻頭言を掲載しました。

平成30年度「進路の手引き」巻頭言

            校長 小野  央

  進学にしろ、就職にしろ、具体的な取組なしでは進路の実現可能性は低くなります。自分は、文学を勉強したいのか、生物学を勉強したいのか、機械工学なのか、応用工学なのか。またその学問はどういう職につながるのか。あるいは、接客中心の職に就きたいのか、事務職なのか、車や家電などのものづくりの業種なのか、ソフトウェア開発なのか等々。進路を絞り込む要素は多岐にわたっています。

 限られた時間の中で、日々の学習活動や部活動をしながら、進学先や職種・企業について研究し、様々な資料に当たって、方向を決めていかなければなりません。かなり大変なことです。いきなり膨大な資料を前にしても、何から手を着ければいいのか困ることがあります。そういう時に、道標になるのが「進路の手引き」です。手引きだけでは足りませんが、何をどのように調べればいいのかという、方向や手立てを示す冊子が「進路の手引き」です。使い込んでほしい資料です。

 さて、皆さんの希望する進路は、皆さんにとって「願い」ですか、「目標」ですか。「願い」のレベルにあるのか、「目標」のレベルにあるのかによって、進路実現は大きく違ってきます。では、「願い」と「目標」の違いは何なのでしょうか。

 「願い」のままでは、進路に向かってまだ歩み始めていないということです。ただ、ああなったらいいな、こうなれたらいいなと願うばかりで、何も実行に移していないからです。言わば憧れの状態です。それに対して、自分がやらなければならないことが具体的になり、到達点に向かって行動を起こしている状態であれば、その進む先にあるのは「目標」です。「願い」は「目標」に変化させなければなりません。本当にその気になっている人は、思い立った時に行動を開始しているものです。

 憧れはいつまでたっても憧れで、何も変わりません。自分は卒業後こうありたいと思い描くものを、できるだけ早く「目標」にし、すぐに行動を開始しましょう。そして、その行動は継続しなければなりません。そこで初めて努力したということになります。一過性のものは努力とは言いません。

 生徒の皆さんは、「進路の手引き」を有効に使い、進路指導部や担任の先生方の指導の下、努力を怠ることなく進路実現に向けて邁進してください。学校は指導を惜しみませんが、最後は皆さん自身がいかに頑張れたかが結果を左右します。高校卒業後の進路選択で一生が決まってしまうわけではありませんが、大きな影響を与えることは確かです。「あの時もっとやっておけばよかった」という後悔はしないでほしいものです。



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2018/04/09

校長室だより

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〇4月9日(月)その2
 本日挙行されました、入学式の校長式辞の抜粋を以下に載せました。前後のフォーマルな挨拶を割愛してあります。御参照ください。
 昨年同様、入学生の皆さんは、緊張感のある、整然とした態度で式に臨みました。代表の宣誓では、これから自分たちは未来を造っていくのだということを力強く述べていたことが印象に残りました。新しい風を姉崎高校に起こしていくのではないかという期待をもちました。また、当日は部活動の生徒を中心に、駐車場係、受付係、案内係などを上級生にお願いしましたが、なんと立派にその役割を果たしたことか。頼もしい存在として目に映りました。式終了後の校歌紹介では、100名を超える上級生が新入生の前でしっかりとした発声で校歌を歌いました。その場をわきまえた態度で、立派でした。これは校歌紹介のボランティアの呼びかけに生徒が応じてのことです。2,3年生の約3分の1が集まったことになります。

平成30年4月9日(月) 入学式式辞より

〈略〉

 さきほど、皆さんには御入学おめでとうございます、と申し上げましたが、皆さんが入学を許可されたのは、正にめでたいことだということを今一度心に留めておいていただきたいのです。というのは、本校を希望しながら、残念なことに入学できなかった人がいる中で、皆さんは入学者選抜という競争を勝ち抜いてここにいるからです。まずそのことを誇りに思い、自信をもって姉崎高校での高校生活をはじめてほしいと思います。

 しかし、入学したことで安心はしていられません。高校生活はたったの3年間しかないのです。その間に就職して社会人として通用する力をつけて卒業しなければなりません。あるいは、大学入試を突破し、学問に耐えられる学力をつけて卒業しなければなりません。学習、部活動、資格取得、ボランティア活動などの諸活動をし、真の実力をつけていくことを考えると、3年間はあっという間です。

 今皆さんは、これからの高校生活を思い、緊張しているでしょうが、一方ではわくわくし、希望にも燃えていることでしょう。今のその気持ちを3年間持ち続けていられるかが、進路実現の鍵となります。気持ちが緩みそうになったら、今日の気持ち、合格発表で自分の番号を見つけた時の気持ちを思い出して、奮起してほしいものです。

 さて、高校での3年間をどう過ごすかということは、限られた時間をどう使うかということです。煎じ詰めれば、命の使い方、限りある命をどう使うかということでもあります。だから、時間を無駄に使うこと、無為に過ごすことは大変もったいないことなのです。

 姉崎高校での3年間は、皆さんが、自らを更新する力、「自己更新能力」をつける3年間にしてほしいと思います。これは、今日の自分よりも明日の自分を少しでも向上させていくという、長距離を走るような弛まぬ努力をすることで、身につく力です。地道にこつこつ頑張った人には敵わないのです。材料は、日々の授業や活動の中にあります。姉崎高校の教育の中にあるのです。

基本は、学習を持続させる習慣を身につけることです。努力する習慣が身につけば、内面もそれについていきます。習慣がその人の性格を作るのです。

 姉崎高校は、皆さんを、自信をもって社会に送り出すために、一生懸命頑張ります。

「星の王子さま」の作者として有名な作家、サン=テグジュペリの言葉に「船を造りたいのなら、彼らに材木を集めさせたり、仕事を命令したりする必要はない。広大で無限の、海へのあこがれを説けばいい」というものがあります。

目の前の日々の教育活動を、丁寧に、細やかに、そして厳しく行うとともに、この言葉のように、ビジョンをもって、展望を示しながら学習意欲を喚起し、高めていきます。

〈略〉


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2018/04/09

校長室だより

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〇平成30年4月9日(月)
 4月6日の始業式での式辞で生徒に伝えたことを以下に載せました。実際には原稿どおりに話していませんが、だいたいそういう趣旨を言いました。御参照ください。

4月6日(金)始業式式辞

 

 いよいよ新学期が始まりました。年度の初めというのは、気持ちをリセットしやすい時期です。昨年度は途中でくじけてしまったなあとか、なまけてしまったなあなどと思う人は、年度が改まったことで気持ちを切り替えて、入学式当日の気持ちを思い出して、さあ、やるぞというように自分を鼓舞してほしいものです。

さて、頑張るにしても、2年生と3年生は頑張り方に違いがあります。

 2年生は、昨年度の経験を踏まえて、卒業の進路を視野に入れながら、高校生活の充実を図らなければなりません。そして、3年生での進路決定に備えて、力を蓄える時期でもあります。学力と体力、両方で実力をつけてください。

 3年生は、何といっても進路決定です。もう目の前に迫ってきています。姉崎高校での生活に常に緊張して臨んでいなければなりません。また、最高学年として部活動を牽引し、成果を残すことももちろん大事です。部活動に取り組む姿勢も進路決定に影響します。そして、最後まであきらめないという精神力が必要です。

 2年生も3年生も、就職にしろ進学にしろ、最後は世の中に出ていくのですから、人間としての総合力が問われます。思いやりや真面目さ、伝える力、聞く力等々、社会で生きていくには大事な力です。そして、周囲に好かれて、応援してもらえたり、力を貸してもらえたりすることが、自分を救うことにつながっていきます。窮地に陥った時、支えてくれる人がいるかいないか、それまでどんな生き方をしてきたのかが大きく影響します。

 いつも言うことですが、真面目にこつこつと頑張ることが基本です。頭の回転が速いとか、機転が利くとか、思考や行動に瞬発力があるとかということよりも、マラソンを走るような地道な生き方の方が強い生き方です。真面目にこつこつ頑張る習慣を付けましょう。「習慣が性格を作る」のです。そのようにして、内面を豊かに育てていきましょう。そうすると、発言する内容が豊かになり、説得力を持つようになります。「喋るな、話せ! 話すな、語れ!」です。

 「おしゃべり」という言葉もあるように、ただ喋っているだけでは、誰も本気になって聞きません。まず話せるようになりましょう。しかし、話しているだけでは、情報が伝わるだけです。聞き手は共感したり、理解したりはしません。最終的には語れるようになりましょう。語るとは、自分の哲学や生き方を相手に伝えることです。人格が出来上がっていなければなりません。あるいは、語れるだけの生き方をしていなければなりません。少しでも自分を磨いて、語れるようになりましょう。

 気をつけてほしいのは、だらだらとやらないということです。冬季オリンピックに出場したスピードスケートの小平選手も口にしていました。ガンジーの言葉とされていますが、諸説あるようです。

「明日死ぬかのように生きよ! 永遠に生きるかのように学べ!」という姿勢で取り組みましょう。「始めようと思ったらすぐに始めよ。学び続けることに意義がある。新たなことを学んだり、今学んでいることをより深めようとしたとき、遅すぎることはない。」というような解釈がなりたつでしょうか。

 健闘を祈る! 



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2018/03/08

校長室だより

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〇平成30年3月8日
  今日は第38回卒業式でした。落ち着いた、静かな中に感動の底流が感じられる味わい深い式となりました。特に、PTA役員を中心とした、保護者の方々の温かい御支援・御協力を改めて感じられる機会にもなりました。保護者の方々には、学校をしっかり支えていただきました。
 さて、この卒業式を機に、図書館報、PTAだより、生徒会誌が発行されました。それらに、校長の挨拶文、巻頭言等を掲載しましたが、この場に再掲いたしました。
 また、卒業式の式辞で生徒に申し述べた個所を中心に、式辞の抜粋も掲載しました。
 御一読願えれば幸いです。

「PTAだより」(祝卒業号 校長挨拶)

 「姉崎高校が育むもの」

校長 小野  央

 3年生の皆さん、御卒業おめでとうございます。保護者の皆様、お子様の御卒業を心からお祝い申し上げます。

私の、障害を持つ三男が小学校に入学した頃、高校に進学すること、ましてや卒業することなど想像することもできませんでした。しかし、何とかなるものです。人間は成長するようにできているのです。

以前生徒の皆さんに話しました、「こつこつ真面目に頑張る者にはかなわない」。これが困難突破のキーワードです。人生で問題や課題を抱えないことはありません。その時、どういう生き方をしてきたかが問われます。

「こつこつ真面目に」という生き方は、「ネガティブ・ケイパビリティ」という能力を育みます。「直ちに解決できない状況に付き合える能力」です。この力がついたら肝が据わります。人生の中のたったの3年間ですが、姉崎高校で学習したことはこの力を育む要素の一つです。そして、そういうことだったのかと卒業後に気づくことがあるはずです。

皆さんが、豊かな生き方をすることを祈っています。

 ☆

生徒会誌「銀杏」第40号 巻頭言より

「生徒会だからできること」

校長  小野  央

 「生徒自治」という言葉があまり聞かれなくなって久しい。1960年代後半(以下、「19」を省略)からの学生運動の影響を受け、高校でも「自由」と「自治」の旗印の下、生徒会が中心となって、自由化に向けた様々な活動が70年代にかけて行われた。私は、75年から78年にかけて高校生活を送ったが、私の在籍した高校は71年に制服が自由化され、私服登校可能となった。その後も頭髪の自由化等、段階的に校則が廃止され、私の在学当時記憶にある校則は、車通学禁止、バイク通学は90ccまで、くらいしかない。これだけの自由が学校から認められていた背景には、生徒会が中心となって、自由には責任と義務が伴うということの研修や勉強会をしていたからだと思う。例えば、新入生には制服自由化の歴史に関するレクチャーがあった。私は、生徒会事務局員という役員で、執行部役員が他の生徒を説得したり、学校と交渉したりする様子を見ていたが、学校を納得させるのは、義務と責任を自覚した生徒の姿勢にあるということを実感した。学習、部活動、日頃の言動、過ちを犯した際の謝罪と反省等が、個人に留まらず、生徒全体としても実践されるようになったとき、学校と生徒の間に「信頼」が成立し、社会からの学校評価にもつながっていく。この例は、一つの理想だが、基本は一緒で、本校でも常に姉高生としての自覚と責任を呼びかけ、生徒の意見を吸い上げ、自分勝手な意見や振る舞いには反省を求め、学校との意思疎通を密にしていくことができるのは生徒会である。

 私にとって姉高生は自慢の子供のような存在である。たまに「まだまだだな」と落胆することもあるが、このままでは終わらないという確信も持っている。発展成長するに違いない。生徒会がその可能性を引き出していく存在になることを期待している。

☆ 

図書館報1面記事

「読書的回想」

校長 小野  央

 意識して読書するようになったのは、小学校4年生の頃からである。教員であり作家でもあった父の蔵書を読み漁った。(因みに、父は、今はもうないが、「作家賞」という文芸賞の候補に複数回名前が上がったことのある作家でもあった。)家中に本がうず高く積まれているという環境だった。父からも好きなものを読んでよいと言われていた。就寝時、寝床で腹這いになって本を読んだり、トイレで本を読んだりする習慣がついたのはこの頃からで、父の影響である。

 主に小説を読んだ。漢字や語句は小学生には難しかったが、作品の持つ力が強く、引き込まれた。ヴェルヌの「海底二万里」は今でも印象深い。ネモ艇長がノーチラス号と共に渦中に消える場面は胸に迫るものがあって、寝床で読了した後、しばらく眠れなかった。

 同じヴェルヌの「二年間の休暇」、スティーブンソンの「宝島」やマークトウェインの「トムソーヤーの冒険」、デュマの「三銃士」、デフォーの「ロビンソン・クルーソー」なども小学時代に読んだ作品である。優れたストーリーテラーによる外国文学が多かった。

 小学校5・6年生では日本文学も少しずつ読むようになり、芥川龍之介の「鼻」「芋粥」「地獄変」などの短編、吉野昭の「戦艦武蔵」などは特に印象に残っている。

 中学・高校時代は、家の本も読むが、自分で本を購入するようにもなった。高校時代は下宿生で経済的にきつかったこともあり、単行本を購入することは滅多になく、文庫本と新書が主だった。高校入学のお祝いにと、父の知人から数万円分の図書券をいただいた。いつだったかはよく覚えていないが、高校1年生の夏前だったと思う。人生で初めて図書券で本を購入した。その時は、普段買えない単行本を中心に、書店を巡って数時間で使い切った。下宿に帰る道すがら、両手の紙袋に入った本の重みも心地よく、幸せな気分だったことが思い出される。

本を手元に置いておきたくて、図書館はあまり利用しなかった。石川達三の「青春の蹉跌」は高1の時に先輩に勧められて読み、その完成度の高さとストーリー性に衝撃を受け、当時文庫本で出版されていた石川作品は、高校時代にほとんど読んだ。阿部公房にも凝り、これも当時文庫本で出版されていたものは全部読んだ。また、乱読が始まったのもこの頃で、その傾向は今でも変わっていない。

 本を読むことが苦にならなかったのと父の影響で、大学は国文科に進んだ。専門課程では近代文学を専攻し、ゼミでは私小説を研究した。文科の学生は読むことが本業である。教授には「アパートの床が抜けるほど本を買って読め」と言われた。床が抜けることはなかったが、研究する作家は全集を購入し、手紙、日記の類まで読み込んだ。卒論は「伊藤永之介論」。農民文学の作家とされるが本当は違う。テーマとして取り上げたのは、未研究の分野も多い作家ということと、郷里の秋田出身で、父の師事した作家だったという理由からである。大学3年生の頃から取材を始め、2年間かけて仕上げた。評価はだった。Aの上の最高評価である。バンドに打ち込み過ぎ、講義は休みがち。評価のほとんどがBかC、あるいは単位不認定だった中、唯一のA以上の評価だった。学生としては不真面目だったが、本はよく読んだ。高校時代から、テレビも電話もない生活だったのも読書環境としてはよかった。

 不真面目だったわりには何とか4年で大学を卒業し、本県で国語科教員となり、また読むことが仕事の中心となった。当時、先輩教員には、「授業1時間につき1冊の本を読んで授業準備をしろ」と言われた。週当たり16時間の授業があったので、週16冊、月に64冊の本を読む計算である。私は、週3冊から6冊読むのがやっとだった。その先輩は偉大な人で、本当にそれくらい読んでいた。よい先輩に恵まれた。

その頃に比べれば、今の私は読書離れ状態である。資料に当たる時間がほとんどで、仕事上大事なことだが味気ない時間ではある。

 読書はリアルタイムの人生を何倍にもし、感覚や心理も疑似体験させ、時間空間も超越させる効果がある。また、知の大海原に導きもする。文字によるヴァーチャル・リアリティーである。この文章を書いたことをきっかけに今一度読書時間を持つ努力をしよう。

平成30年3月8日 卒業式式辞(抜粋)

〔略〕

皆さんは姉崎高校での学校生活を振り返り、感慨に浸っていることと思いますが、卒業後の世の中の在り様や急激な変化を考えるとき、その時間を長く取ることは難しいと言わざるを得ません。

グローバル化や価値基準の多様化、AIの進歩による経済や政策などへのビッグデータの活用、今まで想像もできなかった新たな職業の誕生など、一、二年先の状況を予想することすら困難な世の中に、皆さんは乗り出していかなければならないからです。気持ちの拠り所となるものも曖昧模糊としています。

しかし、そういう社会においても、人として、変わることなく大事にしていくべき価値観や行いというものがあるのではないか、と私は考えています。

いくつかの引用をお示ししながら、それについて申し述べようと思います。

十六世紀、ドイツの神学者ルターは、「明日世界が終わるとしても、私は今日もリンゴの木を植えるだろう」という言葉を残しています。

これには色々な解釈が成立すると思いますが、今日私が皆さんに提示したいのは、「何事が起きようとも、流されることいなく、自分の果たすべき役割を理解し、自信をもってそれを行っていくのが、あるべき生き方だ」、という解釈です。じっくりとこつこつと、ゆるぎなく迷いなく、少しずつでも確実に前進するような、地味かもしれませんが、強い生き方です。

変化の激しい世の中だからこそ、必要な生き方だと思います。

とは言え、自分の「果たすべき役割」に気づくのは簡単なことではありません。そこで目安になる行いの一つを示しましょう。

フランスの社会学者、マルセル・モースは、『贈与論』という著作の中で、「贈り物には三つの義務がある。『与える義務』、『受け取る義務』、『お返しをする義務』である」と述べています。皆さんは今まで有形無形の贈り物を様々な人、社会、組織、地域などから受けてきました。これからも受け続けるでしょう。取り分け、保護者の方々からはたくさんの贈り物があったことでしょう。もとより、お返しを期しての贈り物ではありませんが、できれば、卒業後、何年かかってもよいので、自分に贈り物をしてくださった方々や地域などに、何かお返しをすることを心がけて生きてほしいと思うのです。その心がけから、自分の果たすべき役割に気が付くことがあるはずです。

映画監督、作家など、多彩な才能を発揮している北野武氏は、浅草で大金を使ったり、多額の寄付をしたりしているそうです。下積み時代、自分を育ててくれた土地に恩返しをしているのだそうです。これも「お返し」の例のひとつです。

時代の強風を受けても揺るがない生き方をし、「果たすべき役割」に気づいてそれを担っていくことを皆さんに期待しています。

姉崎高校の校歌に「いざゆかん 試練の天地」という一節があります。まさしく、これから「試練の天地」に皆さんは踏み出していくことになりますが、姉崎高校での三年間で、「生きる基礎力」を身につけています。次は応用力にしていく段階です。

高校を卒業しても、学びに終わりはありません。学び続ける行為からしか成長は得られません。「生きる応用力」はそのようにして身についていきます。

〔略〕



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2018/01/11

校長室だより

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〇平成30年1月11日(木)
 1月9日に、始業式をもって第3学期が始まりました。生徒たちは、大きな事故や怪我もなく、落ち着いた表情で式に臨んでいました。
 以下に、始業式での校長式辞の概要を掲載しました。実際の式辞は、この概要に基づいて話し、現行のとおりではありません。

平成30年1月9日

第3学期始業式 校長式辞(概要)

 

昨年の暮れに二人目の孫が生まれました。女の子で、上の孫もどちらもとてもかわいいです。私も、おじいさんとして慣れてきました。初孫の時もそうだったのですが、孫が生まれて思い出されたのは、自分の子供が生まれた時のことです。それはかわいかったものです。そのことを思い出させるきっかけとなったもう一つの話をします。

二人目の孫が生まれる2週間ほど前に、「ギフテッド」という映画を観ました。「ギフテッド」とは、天が与えた能力・才能といった意味です。主人公は8歳の女の子で、高等数学をすらすらと解くことほどの数学の天才です。ネタバレになるので詳しくは言いませんが、この子はある事情で両親がいなく、叔父に育てられています。そのこともあって、自分の生まれについてコンプレックスを持っていて、叔父にそのことを問いただすのでした。叔父は、ある日その子を産科医院に連れていき、一日中、生まれてくる子供を案じたり、生まれた子供と対面して泣き喜んだりする、それぞれの家族の様子を見せます。何家族ものそういう様子を見るうち、主人公の女の子は、私が生まれた時もこうだったのか、と叔父に聞くのです。叔父はそうだ、お前が生まれた時、みんなこのようにみんな喜んだのだと諭すのでした。

映画の言わんとしているところは、また違うところにあるのですが、孫の誕生と関係してとてもいい場面だったので、紹介しました。

ところで、皆さんは、親を一人の男性、女性として見られる年齢になっています。自分と親を客観視できるということです。これには、親と適切なコミュニケーションをとる必要があるのですが、日頃の皆さんの親との関係はどうですか。「うるさいなあ、いちいち口出すなよ」などとコミュニケーションどころではないという人もいるかもしれません。また、親の方も、「ほんとにこの子はどうしようもないね」などと愚痴をこぼすこともあるかもしれません。そんな時、生まれた時のことを親に尋ねてみることで、穏やかな気持ちになり、その頃を回想する話題から、コミュニケーションがうまくできるかもしれません。親と対話し、客観視することが親離れのきっかけとなり、自身の成長、自立へとつながると思います。

特に、3年生の皆さんは、進学や就職を機会に親元を離れる人もいるでしょう。もしかしたら、それっきり、一生、親と暮らすことはないかもしれません。例えば、私は高校入学と同時に下宿し、それ以後実家に戻ることはありませんでした。休みに帰省することはありましたが、生活の拠点は自分の下宿、アパートの部屋で、親と同居しているということとは違います。父はすでに他界し、今思えば、話せるときにもっと話しておくべきだったかという気持ちもあります。

年も改まったところで、親子の対話から一皮むけた自分を目指してはどうでしょうか。


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2017/12/25

校長室だより

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〇12月25日
 12月22日に2学期終業式を行いました。以下に、終業式での式辞のために起こした原稿を載せました。実際の式辞は、随分違うものになってしまいましたが、おおよその骨子は原稿に沿って話しました。

平成29年12月22日

平成29年度 第2学期終業式式辞

 

平成29年も暮れようとしていますが、今年、本校にとって大きな発表がありました。11月16日に新聞等で、県教育委員会から発表された県立学校改革プランの中で、平成32年度に本校に工業系の「ものづくりコース」を設置するという発表です。

本校の属する学区に工業高校がないということ、地元の工業系企業で働く有能な人材確保したいなどの市原市の要望、そして本校が、学力を向上させ、確実に進路実績を上げてきていることなどの理由で、設置が決まったということです。

市原市は大規模な石油化学コンビナートを抱えていますが、本校からは毎年30名程度がその関連企業に就職しています。そういう現状も踏まえ、本校の在り方が高く評価された結果であると考えられます。姉崎高校がもう一段階上に飛躍するチャンスであると思います。このコース設置は、地元の工業系企業に就職する人材を育てるということが第一の目標です。コースで勉強したことで工業分野に興味を持ち、より専門的な勉強をしたいと大学などに進学することもよいでしょう。

コースの授業には実習を取り入れ、講師や施設には地元企業の人材・施設を有効に活用することを念頭に、企業や大学との連携協力を進めていきたいと考えています。これから2年かけて、教育課程の決定、施設の設計・工事に取り掛かっていく予定です。

今の中学1年生が1期生になります。皆さんは、このコースには直接かかわりませんが、重要な使命があります。それは、地域のボランティア活動に積極的に参加し、挨拶・行動等、生活態度を高く維持し、進学・就職の実績を今年よりも来年、来年よりも再来年と向上させ、姉崎高校の評価を高めていくということです。これは入学してくる後輩のためになるのはもちろん、皆さん一人一人のためにもなります。基本は自分のために頑張るということです。就職でも進学でも、姉高生だったら大丈夫という評判にもつながります。母校が評価されるのは、卒業生として何よりうれしいものです。自身が在学している間に間に合わないことでも、我がことのように、次の世代に引き継いでいってほしいのです。

さて、そういうことで、皆さんには一層奮起してほしいのですが、今の自分を省みてどうですか。頑張っていますか。節度や規律を、そして何よりも姉高生であるということを自覚した行動をしていますか。姉﨑高校を地に落とすのは簡単なことです。大多数の生徒が頑張っていても、少数の軽率な行動で評価はすぐ下がります。生活態度や服装や学力もそれに比例してしまいます。マイナス評価は気持ちに影響し、モチベーションが下がってしまうからです。一旦そういう状態になったら、立て直すのは至難の業です。

今、皆さんの状況はどうでしょうか。私は本校の雰囲気、生徒の気質など、とても好きなんですが、ときどき「あれっ、こんなことしちゃうんだ」とか「まだまだだなあ」と思うことがあります。日頃、真面目に取り組む姿があるだけに残念な気持ちになるわけです。

後先をよく考えない行動、自分の欲求を優先した行動、決まりを無視した行動等々、見つからなければ、ケガがなければ、ということで大事にならないことでも、積み重なると事件や事故につながります。また、世間は見ていないようでちゃんと見ていて、そういうことには小さなマイナス評価をしていきます。小さなマイナス評価でもたくさんされると、気づいた時には、マイナスの総合評価になってしまいます。

 

「情けは人のためならず」という諺があります。間違って、「情けをかけるのは人のためにならないから、人に情けをかけてはいけない」という意味ではありません。正解は、むしろ逆で、「大いに人に情けをかけなさい。かけた情けは巡り巡って、あなた自身に返ってきますよ」という意味です。皆さんは「姉高の未来を創る」立場にあります。次の姉高を作っていく後輩たちのためを思って、今皆さんがしっかりした行動を取ると、将来、自分の評価として返ってくるということになるでしょう。そして、卒業後も後輩たちにどんどん「情け」をかけてください。

私は高3の時にこんな経験をしました。大学受験の移動で長距離の列車に乗っていた時のことです。車内販売のカートが座席付近に来たとき、私の向かいに座っていた40代と見られるスーツ姿の男性が、缶コーヒーを買って、私に「どうぞ」と差し出したのです。私の知らない人です。「えっ」と私が戸惑っていると、「〇〇高校の学生さんでしょ。私は卒業生なんです。受験に行く途中ですか。」とおっしゃいます。私の母校は制服はあるのですが、服装が自由で、その時も私は私服だったのですが、ブレザーのフラワーホールに校章のラペルピンを挿していたので、わかったとのことでした。その方は、出張の途中でした。別れ際に「受験頑張ってね。もう会うことはないだろうけど、お返しは後輩に回してね。」と言って次の駅で降りていきました。こんな風に後輩に「情け」をかけるのは素敵だと思いました。皆さんもこういう対応ができるといいですね。

さて、姉高生の自覚をもって、しっかりした評価をされる行動をしようという話ですが、そこから、皆さんは、間違いやミスが許されない大変窮屈な高校生活になってしまうのではないかという感じを抱いたかもしれませんが、そんなことはありません。新しいことにチャレンジしたり、自分を向上させようとする行動には、間違いやミスはつきものです。努力や前進していく上での失敗は、して構いません。むしろ、自身を成長させるものです。

「失敗は最良の指導者である」という言葉もあります。(先日公開になった映画、「スターウォーズ ~最後のジェダイ~」の中のセリフです。)

最後に、あまり難しく考えないで、次の世代を意識して、よい循環がつながれていくようなイメージで行動していけばよいと思います。

もっと端的に言えば、私は姉高のことを、色々なところで自慢したいんですね。「姉高っていいよ」「生徒がこの前こんなことして、こんな発言をして素晴らしかったよ」「やっぱりうちの生徒はすごいわ」というような具合で。皆さんも自分が通う高校を自慢で来たら、気持ちいいはずです。卒業後も姉高のいい評判を聞いたら、気持ちいいし、誇らしく感じることでしょう。

年末年始、世の中は慌ただしく、喧騒に包まれますが、心の片隅には穏やかな落ち着いた部分をもって、1年を振り返り、年頭の決意を新たにしてください。3学期はすぐに始まります。健康に留意し、気持ちを整えておきましょう。これで式辞を終わります。


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